第一話 その三

 アーロンさんと歩いて、ほとんど無言のまま数時間。

 短い会話のなかで、森を抜けた先に小さな村があること、今はそこに向かっていることを知った。


 無言の方が落ち着くのかな?

 話しかけづらいし、それでもいいけど。


 辺りを見ていると、遠くに目立つ塔があることに気づく。

 とても古い見た目だが、鮮やかな模様は見惚れるほどに綺麗だ。

 私の様子に、遅れて気づいたアーロンさんが、同じ方向を見て眉をひそめた。


「魔塔なんぞ眺めて、なにが楽しい?」

「まとうって言うんですか」

「知らずに見ていたのか。アレは凶暴な生物を閉じ込めて餓死させる、監獄のようなものだ」


 監獄? あれが?


 私はアーロンさんから聞いた言葉に驚き、さらに魔塔へ注目した。

 だって監獄というには綺麗すぎるし、あんな模様を付ける必要なんてない。

 それに餓死させるって言葉も引っかかる。


「あの模様はなんですか?」

「あれは魔法陣だ。賢者と呼ばれる魔法使いが、殺すことの難しい生物を軟禁する為に作った」


 魔法使い? 童話とかに出てくる?

 魔物が単語として登場するくらいだし、あまり気にする必要は無い気もするが、さらっと言われると少し戸惑ってしまう。


 ここまで来ると今、私がいる場所は、どこか遠い場所なのだということを、嫌でも察してしまった。

 自分は無事に、家に帰れるのだろうか。

 とりあえず魔法以外のことを尋ねよう。


「なんきんって、なんですか?」

「閉じ込めるって意味だ。だが、いつの間にか使われ方が変わり、殺すことが難しい罪人の処刑場に変わっている。あんなところ、よほどの物好きでなければ近づきもしない」


 なるほど。

 もしかして誰も近づきたがらないせいで、捕まった人は餓死させられているのかな。

 それは、さすがに悪いことをした人でも、可哀想だと思うけど。


「まあ流石に、今は誰もいないだろうがな。最後に罪人が魔塔へ入れられたのは、20年も前のことだ」

「それ以来、使われていないんですか?」

「そもそも殺すことが難しい罪人なんて、そう多くない。使われないに越したことは無いしな」


 そう言われると、あれだけ綺麗な塔なのに、もったいない気もしてくる。

 別に罰を与える以外でも、使い道はありそうなのに。


「村が見えてきた」


 考え事をしていると、アーロンさんに声を掛けられ、私は顔を上げた。

 小さな家が、いくつか建っているのが見えて来る。

 遠目からでも分かるが、あまり背の高い建物はなさそうだ。

 マンションに目が慣れているせいで、少し新鮮な気持ちになる。


「ひとまず教会に行き、そこで貴様の身元を調べる。何か話があるのなら、そこで聞こう」

「……どうして教会なんですか?」


 尋ねると、アーロンさんは唖然とした様子で、私を見てくる。

 何か変なことを言ってしまったらしい。


「…………教会で、騎士団本部と、連絡を取る必要があるからだ」

「あぁ、スマホはないんですね」

「なんだ、それは」


 かくいう私も、今はスマホを持っていない。

 学校に持っていくことは出来ないので、家で充電中。


「教会で、どのように連絡を?」

「貴様かなり世間知らずだな」

「ちょっと疎いだけですよ」


 するとアーロンさんから、重い溜息が聞こえて来る。

 かなり困らせてしまったようだ。


「……教会に置いてある、スピックを使って連絡する」

「すぴっくとは?」

「遠く離れた人間と、会話することの出来る魔道具だ」


 電話のことだ。と私は思った。

 でも聞いた感じ、置き電話らしい。

 少し不便だな。


「とにかく教会では、大人しくしておくんだ。いいな?」

「……分かりました」


 すぐに頷けば、それでアーロンさんは満足した様子だった。

 私たちは村に入る。


 村人たちは、アーロンさんと一緒にいる私のことが、とても気になっているようだ。

 たくさんの視線を向けられて、少しソワソワする。


 教会は、村の中で一番大きい建物だった。

 初めて教会を訪れたので、全てが新鮮に感じる。

 それでも外観は私の知る教会よりも小さく、素朴な印象を抱いた。

 村自体が大きくないから、教会も大きくないのかもしれない。


 中に入って知ったのは、この教会に、ステンドグラスはないってこと。

 教会といえばステンドグラス、ってイメージしていた為、とても残念に思う。

 広い空間に、長椅子が左右に四つずつ用意されており、アーロンさんは、そのうちの一つに私を座らせた。


「少し待っていろ。神父に挨拶を済ませてくる」


 アーロンさんは教会の奥へ入っていく。

 待つことになった私は、ようやく一人になったことで、肩の力を抜いた。

 アーロンさんがいない間に、頭の整理をする必要がある。


 まずは、ここがどこなのか、については既に答えが出ていた。

 ここは私が暮らしていた世界とは、似て非なる世界。つまり異世界なのだろう。

 不思議なことに言葉が通じるようで、まるで漫画の世界みたいだ。


 しかも、この世界には魔法が存在する。

 それ以外にも魔物や騎士がいる。賢者もいた。

 魔法陣の施された塔もある。

 魔道具も。


 夢みたいな話だが、現実であることは間違いない。

 問題は、どうやって帰るのか。


 大人しくアーロンさんへ付いてきたが、本当は先ほどの泉にいた方が、良かった可能性もある。

 もしかしたら私の世界にある水たまりと、あの泉が、まだ繋がていたかもしれなかったのに。

 惜しいことをした。


 さらに気になるのは元の世界で私が、どうなってしまったのか。

 私はいなくなって行方不明になっているはずだ。

 入学式もすっぽかしてしまったし、気づかれるのは早かったはず。


 確認する術がないため、一刻も早く帰りたい気持ちがあった。

 家族に会いたい。

 お腹も空いた。

 だからといって知らない土地を、一人で歩き回るのは勇気がいる。


 知り合いが一人もいないのは、こんなにも心細いのかと、今初めて知ることが出来た。

 お留守番をしながら迷子になったみたいだ。


 自分の現状を把握し、少し落ち込んだ気分になる。

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