第一話 その二

 あれ、水たまりって、こんなに深かったっけ?


 そんな疑問を抱きながら、なんとか水から這い上がろうと、私はもがく。

 水泳の授業で習ったように水を掻き分け、上を目指した。

 そのおかげで、ぼやけた視界が、だんだん明るくなっていく。

 手が外の空気に触れた瞬間、私は更に足をばたつかせた。


 顔が水の上に出る。

 大きく息を吸い込んだ。

 浅く呼吸を繰り返しながら、顔を拭う。


 周りを見ると、さっき見た景色とは違っていた。

 私が歩いていたのは、ときどき人が通る住宅街。

 でも今いる場所は、人気がない森の中だ。

 しかも水たまりは泉になっていた。


 私は陸地を見つけて、すぐに上陸する。

 地面は草やコケまみれで、私のよく知る黒い地面じゃなかった。


 ここは何処だろう?

 私は辺りを見渡した。

 どうして森の中にいるのか。

 色んな疑問が頭の中で、ぐるぐる回る。


 もしかして、これは夢なんじゃないかと思いながら、私は歩き始めた。

 どこを見ても緑ばかり。

 葉っぱの上に虫がいたりして、ちょっと心臓がキュッとなる。

 早く人に会えないかな。


 そんなことを考えていたおかげか、遠くから物音が聞こえた。

 私は、音の方を目指して走っていく。

 パカパカと、音もこっちに近づいていた。


 人だ。

 すぐに、そう感じた。


「すみませーん!」


 私は声を出した。

 早く気付いてもらいたかったから。


 すると木々の隙間から、大きな何かが飛び出してきた。

 私はギョッとして身体を固くする。


 出てきたのは、なんと馬だ。

 そして馬の上に人が乗っており、その人は鋭い目で私を見下ろしている。


 男の人だ。

 しかも鎧を着ている。

 鎧といっても、戦国時代の殿様が着ているようなものじゃなく、海外の騎士様が着る銀色のヤツ。

 顔も怖いせいで、なんだか近寄りがたい雰囲気を感じた。


 それにこの人、目が青い。

 髪も白っぽいし、顔立ちも日本人っぽくない気がする。

 外国の人だろうか。

 英語は話せないので、どう話しかけようか、私は頭を悩ませる。

 とりあえず、ハローと声を掛けるべき?


「おい、そこの娘」


 そう話しかけられ、私は驚いた。


 凄く普通に話しかけられた。

 しかも変な訛りもない。

 めちゃくちゃ、ペラペラな日本語なのだ。


 それに気づいた瞬間、少し気が抜ける。

 言葉の障害がないだけで、多少の緊張が解けた気がした。


「聞いているのか?」

「あ、なんでしょうか」

「貴様、何者だ? 何故この森にいる? それに、その奇妙な恰好はなんだ?」


 いろいろ質問されて、頭の中がぼうっとなる。

 順番に考えよう。


 まず何者かと聞かれたので、簡単な自己紹介から。


魔宮まみやアヤカです。日本人です」

「にほんじん?」

「気づいたらこの森にいました。この服は、セーラー服です」


 とりあえず質問された内容には全て答えた。

 けれど男の人は眉をひそめて、私を見ているだけ。

 言葉が返ってこないので、今度は私から質問してみることに。


「あなたの名前は?」

「オレか? オレはアーロンだ」

「なぜ、ここにいるんですか?」

「この森には巡回のために来た。それが仕事だからな」

「どうして鎧を着ているんですか?」

「魔物に襲われた際に、少しでも攻撃を防ぐためだ」


 アーロンさんが言ったことに、私は首を傾げた。


 まもの?

 ゲームやアニメで、よく見る、あの魔物?


 確認するべきか迷い、私はアーロンさんを凝視する。

 それにしても名前も海外の人っぽい。

 やはりアーロンさんは外国の方なんだろうか。


「オレからも質問だ」

「なんでしょう?」

「貴様の言った、ニホンジン、とは何のことだ?」

「え? 日本人は、日本人です。日本という国に住んでます」

「国……? だがニホンという国は聞いたことがない」


 嘘だ。

 こんなに日本語がペラペラなのに。

 そう言われて、私はハッと気がついた。


 もしかして……ジャパンといった方が良かったのかな?

 こんなに日本語がペラペラだから気づかなかったが、アーロンさんが外国人である以上、日本を知らない可能性だってあるし。


「アヤカといったな」

「……はい」

「ひとまず森を抜ける。ついてこい」


 アーロンさんは馬から降りて、私の前を歩いていく。

 私は少し迷った末、ただ黙って付いていくことにした。

 状況が分からない以上、知らない人についていかないという、お母さんとの約束は守れそうにはなかった。

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