第4話



 ラクアが最初やってきてから1週間が過ぎ、涼風すずかぜがラクアのことを忘れかけ始めた頃、ラクアがまた朝、窓から涼風の部屋にやって来た。


 いきなり肩を揺すられ起こされる。


「すず! 起きろ!」


「んー……こんな朝早くからなに!」


 今日は日曜日だ。日曜日は昼までゆっくり寝るつもりでいた涼風は不機嫌な声音で応える。

 弟が起こしに来たのかと目を開けて見れば、そこにはラクアの姿があったため驚き飛び起きる。


「ラクア? 惑星に戻ったんじゃないの?」

「戻ったよ。で、引っ越してきた」

「はあ?」


 引っ越してきたとはどういうことだ。


「色々な手続きに手間取ってしまって、すずに報告が遅れちまった。すまない」


 ――いやいや別に報告待ってないけど。


「一応お世話になる家も決まったからすずに見てもらおうかと思って」

「私に?」

「ああ」


 ――別に見せてもらわなくていいけど。


「だから早く着替えろ」

「今から?」

「そうだ」


 行きたくないと言っても無理なんだろうなとあきらめ、ラクアには着替えるからと家の外で待っていてもらう。両親は朝からお弁当作りなので、店に顔を出し、図書館に行って勉強してくると告げて外に出た。


 外にでると、ラクアが腕組みをしてまだかと待っていた。高すぎず低すぎない身長、端整な顔立ち、そして余分な肉もなくスラッと伸びた足。モデルとしか思えないその姿に涼風は目が離せず立ち止まって見入ってしまった。そんな涼風に気付いたラクアが話しかける。


「? どうした?」

「え? あ、いや、べつに……」

「じゃあ行くぞ」



 そして向かった先は、想像を遙かに超えた豪邸だった。門構えからしてすごい。


「……」


 涼風はぽかんと口を開ける。これはどう見てもラクアがからかっているとしか考えられない。


「ラクア、これって冗談よね?」

「なに言ってるんだ? 行くぞ」


 ラクアはアンティーク調の鉄格子を開けると中にずかずかと入って行く。


「え? ちょっと! だめだよ勝手に人様の家に入っちゃ!」


 涼風もラクアの後を追う。


 中に入ると、そこには色とりどりの花が咲き誇り、海外を思わせる赤いバラで作ったガーデンアーチや、白いガーデンテーブルとチェアがセンスよく置かれていた。


「素敵……」


 ラクアを止めるのも忘れ、異世界に来たような気分になりながら涼風はラクアの後ろをついて行く。気付けば玄関の前まで来ていた。


 ラクアが躊躇いもなく玄関の扉を開ける。


「え? ラクア?」

「ただいま」


 ラクアの言葉に涼風は「え?」となる。


「あ、おかえりー! ラクア」


 家の中から1人の顎髭を生やした外国人の男性が現れた。


「え、本当にラクアの家なんだ……」


 涼風が驚いていると、ラクアは涼風の方を向き男性に紹介する。


「すず、連れてきたぜ」


 すると男性は涼風に笑顔を見せる。


「こんにちは、すずちゃん。お話は伺ってるよ」

「あ、初めまして。海藤涼風かいとうすずかぜです」


 慌てて頭を下げ挨拶をする。


「玄関で立ち話もなんだから入って」


 男性が中の応接室に案内する。

 応接室に入ると、そこは海外にきたような部屋だった。アンティークの家具や食器が落ち着いた雰囲気を醸し出し、南側はさっき通ってきた庭が一望出来るガラス張りの大きな窓が、部屋と外の境界線を感じさせず、森の中にいる錯覚を起こさせる。


「素敵……」


 つい声が漏れる。


「そこに座って」


 男性が真ん中に置かれた長椅子のソファーにラクアと涼風に座るように促す。すると1人の日本人の女性が紅茶のセットをトレーに乗せて運んできた。そして涼風達に紅茶とお菓子を振る舞う。


「私の女房の絵里子だ」

「こんにちは」


 そう言うと絵里子は男性の隣りに座った。


「まだ名乗ってなかったね。僕の名前は、エリジラバルガ・マギュバルザ。地球では、エリック・柏原。エリックと呼んでくれればいい。柏原は絵里子の苗字だね。僕が養子に入った形だ」


「ってことは、エリックさんも?」


「ああ。ラクアと一緒の惑星から来た宇宙人で、ラクアの親戚にあたる」


 笑顔でエリックは応える。

 もう2人目ともなると、宇宙人と聞いても驚くこともなくなり、素直に認めてしまう。そんな涼風にエリックは笑う。


「すずちゃんは僕が宇宙人と言っても驚かないんだね」

「あ、まあ……2人目だからでしょうか。普通に受け入れてますね」


 すると絵里子が笑う。


「ふふふ。私と一緒ね。もう驚きを通りこして、どうでもいいって感じになってるんですよね」

「あ、はい。その通りです」


 涼風は身を乗り出して頷く。そんな涼風に絵里子は一段と笑顔を深くする。


「でもそのぐらいじゃないと、宇宙人の妻は務まらないわね」


 そんな絵里子に涼風は疑問をぶつける。


「絵里子さんは地球人なんですか?」


 聞き方が変だなと思うが、気にせずにそのまま尋ねた。


「ええ。そうよ。でも結婚は3年前かしら?」


 そういってエリックを見ると、エリックは笑顔で応える。


「そうだね。もう3年になるかな」


 もう長年寄り添った夫婦に見えたのだが違ったようだ。


「実は僕は再婚なんだよ」

「え?」

「1回目は同じ惑星の人と結婚したんだけど、結婚して5年目で病気で亡くなったんだよ。そして4年前に地球に1人で旅行に来た時、絵里子と知り合って1年後に結婚したんだ」

「そうだったんですね」

「私も一度若い時に離婚してるの。もう2度と結婚することはないと思ってたんだけど、エリックの押しが凄くてね。結局押しに負けて結婚してしまったわ」


 そう言う絵里子はとても幸せそうだ。


「おっと僕達の話になってしまったね。すずちゃんの希望はラクアから聞いたよ」

「え?」


 希望になるのだろうかと疑問は残るが、そこは触れないでおく。


「まさかラクアも地球に住むと言い出すとは思わなかったけどね。でもそれがすずちゃんの願いなら仕方ないね」


 ――いや。別に私の願いじゃないです。断る口実でした。


 笑顔を見せながら、心では反論する。


「だから親戚の僕がラクアの地球での身元引受人になり、ラクアを僕の養子にしたから。だから今日からラクアは柏原ラクアで、僕達の子供になったので、すずちゃんよろしくね」


 なんか凄いことになってきたと涼風は額に汗をかいた。




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