第04話 雨音の中の出逢い②

《氷室碧 視点》


 突然カバンを押し付けてきたユウが、傘も差さずに白い子猫を抱えて走って行った。


「ちょっとユウ~! 待ってってば~!!」


 声を大きくして言ってみるも、よく降る雨音にボクの声は掻き消されて、ユウの耳には届かなかったようだ。みるみる背中が小さくなっていき、公園を出て行ったところで姿が見えなくなってしまった。


 もう、一体何だって言うんだよ……。


「え、えっと……」


 ボクがユウの走って言った方向を呆然と見詰めていると、背中からどこか遠慮気味な声が聞こえてくる。耳に優しい、可愛らしい声だった。ちょっと憧れる。


「ああ、ごめんごめん。ボクは氷室碧。よろしく」


 別に今後何か絡みがあるワケでもないだろうに、ボクは何となくよろしくと言ってしまった。まぁ、良いか。この女の子――結城楓香って言ったっけ? も、「よろしくお願いします」って返してきてくれたし。


「それで、あはは……今どういう状況……?」


「ああ、えっとですね――」


 曖昧な笑みを浮かべながら尋ねると、結城さんは手短に説明してくれた。


 どうやら、結城さんの学校からの帰り道であるこの公園を通りかかったところ、怪我をして弱っていた捨て猫を見付けたのだそうだ。どうしたものかと困っていると、そこへユウがやって来て、今まさに動物病院へ走って行った、と。


 事情を聞きながら、ボクと結城さんは、ユウの向かった動物病院の方へ歩いて行っていた。

 歩道に並ぶ赤と青の傘。歩道を埋め尽くしてしまっているため邪魔になってしまっていないかと前後を確認してみたが、今のところ通行人はいない。


 ……それにしても、可愛いな。この子。


 ボクはチラリと横目で結城さんを盗み見てそう思った。

 何と言うか、女の子らしい。ボクも女子だけど、やっぱりこの子とはタイプが違うというか……それに、年下の結城さんの方がボクより胸あるし。


 ユウもこういう子を好きになればいいのに。どうしてボクなんだか。ホント、青春の無駄遣いだよ。


 いつの間にか、ボクと結城さんとの間に沈黙が流れていた。まぁ、初対面で特に話すこともないし、当然と言えば当然か。けど、こういうのってちょっと気まずい。


 目的の動物病院は、目の前を通る片側二車線の道路を渡った先。横断歩道の信号が赤なのを見て、二人して並んで止まる。


 雨がアスファルトを叩く音とボクらの傘を打ち付ける音が重なって聞こえる。そんなものに耳を傾けていると、結城さんが口を開いた。


「……あの宮前優斗さんは、いつもこんな感じなんですか?」


「こんな感じ?」


「見知らぬ困っている人を助けたり、子猫一匹のために雨に濡れながら動物病院まで走って言ったり……」


「あぁ、どうだろう……」


 ボクは改めてユウについて考えてみる。


 幼馴染で、昔からいつも一緒。家も隣同士だから家族ぐるみで付き合いがある。アニメや漫画、ラノベ、ゲームなんかが好きで、ボクと趣味が同じで話も合う。最高の親友……とボクは思っているけど、向こうは違うみたい。ボクのことを異性として好きなんだそうだ。小学四年に初めて告白されたあの日から、毎日「好きだ」と言われ続けている。


 まったく。ボクがこんなに相手にしていないのにずっと告り続けてくるなんて馬鹿だよ。ま、そう言う諦めの悪いところもユウの魅力だと思うけどね。


 ボクはなんだか少し可笑しく思えて、僅かに口許を綻ばせながら答えた。


「アイツは……ユウは、別に困ってる人がいたら何としてでも助ける、みたいなヒーローじゃないよ。多分、皆と同じ。目に映る大半の困っている人は気にしてない」


 でも――とボクは、信号が青に変わった横断歩道へ一歩踏み出しながら続けた。


「一度助けるって決めたら最後まで手を貸し続けるんだと思う、ユウは。だってアイツ、すっごく諦めの悪い馬鹿だからね」


「……ふふっ、何ですかそれ」


「さぁ、何なんだろうね。ユウって」


 少し、ボクと結城さんの距離が近くなった気がした。

 先に歩き出したボクの隣に、結城さんが少し早足で追いついことで縮まる物理的な距離。そして、ユウという共通の話題が懸け橋となって行き来可能になった、心理的距離。


「そう言えば結城さん、何年生なの?」


「私ですか? 中学三年生です」


「わぁ~。ということは受験勉強大変だね……」


「あはは……そうなんですよ……」


「ボクも去年のこれくらいの時期は、毎日ユウと一緒に勉強してたなぁ――」


 ――そんな他愛のない話に花を咲かせながら、ボクと結城さんは動物病院へと入って行った。



◇◆◇



《宮前優斗 視点》


「――ってか、何か仲良くなってる?」


「えぇ~、そんなことないよ?」

「そんなことないですよ?」

「「ね~?」」


「いや、台詞と動きのギャップすご」


 捨てられた子猫を動物病院で見てもらったあと、俺達は警察に届けた。三か月間、遺失物として預かられることになるらしい。


 何だか、動物が物と同じように扱われることに首を傾けたくなった。第一、どう見ても故意的に捨てられた子猫をわざわざ引き取りに来るわけないだろうと言いたい。


 まぁ、ともかく、今はその帰り道。先程から碧と結城さんが仲良さそうに話している。


 気付けば、子猫を見つけた四季公園まで戻ってきていた。


「では、私はこっちなので」


 公園の入り口の前で立ち止まった結城さんが、そう言って微笑む。俺と碧は公園の前の通りを真っ直ぐ、結城さんは公園の中の道を抜けていくらしい。


「ああ。気をつけてな」

「受験勉強頑張ってね」


「はい、ありがとうございます!」


 では、と軽く頭を下げてから、結城さんは公園の中の道へと歩いていった。俺と碧は少しの間、見送るように結城さんの背中へと視線を注いでいた。


「さ、帰ろう。諦めの悪いお馬鹿さん」


「何だそりゃ」


 少し弱まったものの、まだ雨は降っている。そんな中、一つの傘に二人並んで入りながら帰路についた。


「ってか、ユウ。もうびしょ濡れなんだから傘要らなくない?」


「お前、存外酷いな」

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