第03話 雨音の中の出逢い①
「雨ってやだなぁ……」
「は? バカ言え。雨最高だろ」
高校一年生。梅雨の時期。ただいま学校からの帰宅途中。
俺はすぐ隣を同じペースで歩いている碧とは逆の意見を言った。足を進めて身体が微かに揺れるたびに、互いの肩が触れ合う距離感。どうしてこんなに密着して歩いているのかと言うと――――
「はぁ、どうして傘持ってこなかったのさぁ。天気予報で午後から雨って言ってたのに……」
碧が隣からジト目を向けてくる。
そう、俺は傘を忘れたのだ。だから、今こうして碧の傘に入れてもらって帰っている。まったく、雨って最高だぜ。永遠に降ってろ。
「朝も言ったよね? 『傘持っていった方が良いよ』って」
「だって、雨が降らない方に賭けたんだから仕方ないだろ」
嘘だ。俺はきちんと朝に天気予報を確認していた。午後から――つまり、下校する頃には雨が降るだろうことは想定していたのだ。もちろん傘を持ってこなかったのは、こうして碧と相合傘で帰りたかったからだ。
その代わり、傘は俺が持っている。碧の腕を疲れさせるわけにはいかないからな。まぁ、碧も多分俺がそんなことを考えているだろうと、何となく察してはいるようだが。
「はぁ……そこまでして相合傘したかったの?」
「やっぱバレてるか」
案の定だった。碧の視線が一層冷たいものに変わった気がするが、多分気のせい。ということにしておく。
「好きな人とこうして相合傘するのは人類の夢だろ?」
「少なくともユウの夢であったことには違いなさそうだね」
無駄にスケールを広げるな、と碧が俺の脇腹を肘で軽く突いてくる。やはり、相変わらず碧は揺らがない。俺が向ける好意を受け止めるでも拒絶するでもなく、サラッと流す。歩道の脇を流れて排水溝に呑まれていく雨水に、俺は少し同情した。
交差点を曲がった左手には公園がある。名前は四季公園。文字通り四季折々の木々や草花が植えられており、どの季節に来ても素晴らしい景観だ。
いつも休日なんかは、小さい子供達が設置されている遊具ではしゃいでいたり、それをベンチに座る老人が温かく見守ったりしている。公園は年齢層が極端だなと常々思う。
けどまぁ、流石にこんな雨の中公園に人がいるわけもない――と、そう決めつけようとした瞬間、何気なく向けた視線の先に、一人の少女が赤色の傘を差したまま木の根元でしゃがみ込んでいる姿があった。
「あ、ちょ、急に止まらないでよ。濡れちゃったじゃんか――って、どしたのユウ?」
俺が傘を持ったまま足を止めたため、そのまま歩いていた碧の制服の端が僅かに濡れる。俺は文句を受け止めつつ、その少女の方へ視線を向けたまま「あれ」と碧の視線を誘導する。すると、碧も少女を視界に捉えたようで、小首を傾げる。
「他校の制服……あんなところで何してるんだろう?」
「俺、ちょっと行ってくる」
「え? ちょ――」
傘持ってて、と短く言って碧に傘を押し付けた俺は、雨に濡れることに構わずその少女の傍まで駆け寄った。幸い木に茂った葉っぱが屋根代わりとなって、多少の雨を防いでくれた。
「……どうかしたのか?」
そう尋ねると、少女はしゃがみ込んだまま傘を傾けてこちらを見上げてくる。俺は不覚にも心臓を跳ねさせてしまった。碧のことが好きなのに、こうして他の女子にドキッとさせられる自分が少し情けなく感じてしまうが、同時に無理もないだろうと納得してしまった。
色素が薄いのか、セミロングに伸ばされた髪は小麦色で、クリッとしていて愛らしい瞳は琥珀色。楚々と整た顔にはシミなど一つも見当たらず、綺麗な白色をしている。端的に言えば、そうそう見ない美少女だった。
恐らく俺より一つか二つほど年下。それは、身に付けている制服を見ればわかる。俺や碧が通っていた公立の中学のものではないが、私立中学の制服が今まさに少女が来ているものと同じだったはずだ。
そんな少女が二、三度瞬きを繰り返してから、再び視線を落とす。そこには湿気でふやけた段ボールが置かれてあり、中には一匹の白い子猫の姿があった。見るからに捨て猫。
「この子、怪我してるみたいで……」
少女が言う通り、確かに子猫の右前足に血が滲んでいた。カラスにでも悪戯されたのだろうか。
加えてこの雨。体力が時間と共に奪われていくのは明らかだった。実際、既に子猫にあまり元気がない。
「このままじゃマズいな」
「ですよね……でも、どうしたらいいんでしょう……」
「まずは近くの動物病院だ。それから、捨て猫は落とし物と一緒の扱いになるから、警察に届けるしかない」
俺はそう説明しながら子猫を抱き抱える。身体が冷え切っていて、このままでは命の危険がありそうだった。
俺の記憶が正しければ、この公園の通りからそう遠くない場所に一つ動物病院があったはずだ。向かうならそこしかない。
「んもう、ユウってば。一人で先に行かないでよ~」
遅れて碧がやって来る。既に雨に打たれてびしょ濡れになってしまった俺の身体に、自分の傘を傾けてくる。しかし、今は一刻を争う。傘を差していては走る邪魔になる。
「すまん碧。事情はこの……えっと……」
ここで初めてまだ少女の名を聞いていなかったことを思い出す。俺が視線を向けたまま戸惑っていると、少女はスッと立ち上がり、傘の中で小さく頭を下げた。
「
「俺は優斗、宮前優斗だ。ってわけで碧、俺は先に動物病院まで行ってるから、このカバン頼んだ。事情は結城さんから聞いてくれ」
「え? え?」
何が何だかよくわかっていない碧に、俺は学校のカバンを押し付ける。そして、すぐに猫を抱えたまま走り出した。背中に碧の文句の声が聞こえた気がしたが、雨の音で具体的に何を言われたのかまでは聞き取れない。
まさか、碧に振り向いてもらえる男になるために、自分磨きの一環として運動を欠かしてこなかったのが、ここに来て役に立つことになるとはなぁ……っと、そんなこと考えてる場合じゃないな。
俺は雨に濡れた地面で滑らない程度に加速した――――
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