第05話 一つ屋根の下の片想い
「鍵あった~?」
「いや、ないかも……」
捨て猫騒動のあと家に帰ってきたは良いものの、玄関の扉を開けようとして初めて家の鍵がないことに気付いた。カバンの中身をいくら漁っても、ないものはない。恐らく、今朝家を出る際に、自室かリビングどちらかのテーブルの上にでも忘れてきたのだろう。
「しまったなぁ。今日は夜まで家に誰もいないんだよ――ぅわっくしゅん!」
全身ずぶ濡れ。気温は低くないがこのままの状態では風邪を引いてしまうだろう。明日も学校があるのにそれはマズイ。
……いや、待て。風邪を引いたら碧の看病イベントが発生するのでは? 風邪を引くのも悪くない……どころか、アリ寄りのアリだな!?
「……ユウがそういう顔してるときって、大抵ロクでもないこと考えてるんだよねぇ~」
ボク知ってるよ、と呆れたような半目をこちらに向けてくる碧。
流石は長い付き合いの幼馴染。俺のことをよくわかってらっしゃる。
「はぁ……仕方ないなぁ。
「なるほど、そっちのイベントも悪くない」
「何のイベントも起こらないからね?」
風邪を引いたら看病イベント。そうでなくてもお風呂を貸してもらうイベント。どちらを取っても俺的には問題なし。やはり雨は最高だったな。もう永遠に晴れなくて良いぞ。
そんなことを考えながら、俺はお隣の碧の家に来て玄関を跨ぐ。間違いなく、俺の家の玄関の次に見慣れているのがこの玄関だ。次というか、もはや同率と言っても過言ではない気もする。
「お邪魔しまぁす」
「あぁ。家も今日夜まで誰もいないから、そういうの良いよ~」
「いや、人がいようがいまいがこういう礼儀作法は大、切……って――」
――えぇぇえええええええッ!? という叫びが出そうになるのを何とか喉元で押し止め、心の叫びに変えておく。
いや、誰もいないの!? つまり、今この家には俺と碧の二人きり。男女が二人きり。加えて俺はこれからお風呂を貸してもらうワケで…………
「着替えはこっちで適当に用意しておくから、さっさと入っちゃって。ボクも入りたいんだから早く出てよ?」
「なっ……!?」
マジかコイツ。一つ屋根の下に男女で二人きりのこの状況で、俺がお風呂入ったあとに碧も入る……それはつまり、そのあとの展開に期待しても良いってことですよね!?
俺は早速浴室へと通じる洗面所の扉を開けながら、フッとニヒルな笑みを浮かべた。そして、出来うる限りのイケメンボイスで言う。
「――わかった。手早く支度を済ませるよ」
「いや何の支度だよ」
馬鹿なこと言ってないでとっとと入れ、と碧にここ最近で一番冷たい目をされた。風邪引くぞマジで。
碧は早々に自分の部屋のある二階へ上がっていってしまった。なので、俺が入浴している最中に「やっぱりボクも一緒に入る。幼馴染だし良いよね」などと言って碧が途中参加してくる望みに懸けて、大人しくお風呂を借りることにした――――
◇◆◇
結果。まぁ、都合良くそんな恋愛ゲームのようなイベントが起こるわけもなく、俺が温まり終わったあと、代わるように碧がお風呂へ。そして、今に至る。
ガチャ。
「――ふぅ、やっぱりお風呂は気持ちいよねぇ~」
俺が碧の部屋で一人スマホゲームをしながら待っていると、扉が開いて風呂上がりの碧が戻ってきた。
まだ若干湿り気があるのか、腰辺りまで伸ばされたロングの黒髪がいつも以上に艶やかで、白い肌は血色がよくなっており、少し色っぽくも感じてしまう。
しかし、本人はそんなこと一切気にしていないのか、恰好は物凄く無防備だ。上には裾が股下辺りまで来るようなぶかぶかの白Tシャツで、下はしなやかなおみ足を惜しげもなく晒し出したショートパンツ。
ちなみに、今俺が碧に貸してもらって着ているTシャツも同じものだ。碧のぶかぶかサイズが、俺には丁度良かった。下はスウェットを貸してもらっている。これは少し小さいな。
「ペアルック……もはやこれは付き合っていると言っても過言ではない!?」
「いや、過言だから」
スッと半目で見詰めてくる碧が部屋の扉を閉めて入ってくる。
「待ってる間、変なことしなかっただろうね~?」
「……おい、流石にそんなことを疑われるのは俺でも傷付くぞ」
いくら碧のことが好きだからと言って、人の部屋を勝手に物色したり、何か悪戯を仕掛けたりはしない。幼馴染として、親友として……これまで築き上げてきた信頼関係を壊すような真似は、絶対にしない。
「あはは、そうだよね。ごめんごめん」
碧はちょっぴり申し訳なさそうな笑みを浮かべながらそう言って、ボフッとベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。俺がベッドを背に預けるようにして床に座っているので、丁度俺の斜め後ろに碧の顔が来る。
……コイツ。一切俺の理性のことなんて気にしちゃいないな?
けどまぁ、この程度なら全然日常茶飯事。俺の理性はそう易々と崩れたりしないのだ。
俺は思考を切り替えるように、再び両手で横向きに持っているスマホの画面へと意識を向ける。今プレイしているゲームは、三年ほど前にリリースされたファンタジーチックな世界観が魅力のオープンワールドRPGだ。碧と一緒にリリース直後からやっており、かなりハマっている。
「あっ! ユウいつの間にそのキャラゲットしてたの!?」
「ふっふっふ。やっと気が付いたか。お前が爆死報告のLINEを送ってきている間に、ひっそりと俺はピックアップガチャで当てたのさ」
「いぃ~なぁ~!!」
俺の肩越しに碧がスマホの画面を覗き込んでくる。俺は得意げな笑みを浮かべながら、そちらへ振り向き――――
「……っ!?」
一瞬呼吸が止まった。
別に、間近で見た碧の顔が想像以上に可愛かったから驚いたわけではない。いや、もちろんそれも要因の一つなのだろうが、それ以上に衝撃的な光景だった。
ベッドに寝ころんだまま上半身を反るようにして身を乗り出してきているため、碧の着ているぶかぶかのTシャツの襟首が大きく開いていたのだ。細い首筋はもちろん、その根元の鎖骨もバッチリ見える。そして何より――――
――谷、間……と、ブラ……っ!?
口が裂けても声には出せないが、碧の胸は決して大きくはない。
別に大して気にしていなかったから正確なところはわからないが、中学二年までで成長は止まり、中三辺りからほとんど変化がないように思う。まぁ、気にしてないから性格じゃないかもしれないがっ!
しかし、ないわけではない。同世代の同性と比べればやはり慎ましやかではあるが、それでも普通に立っていれば服の上から少し膨らみを感じられる程度にはある。
そんな碧の胸が、まるで上から覗き込んでいるかのような角度で俺の視界に入る。
一際大きく俺の心臓が跳ねた。一気に顔が熱くなる。鏡がないからわからないが、間違いなく俺の顔は今真っ赤になっているだろう。
俺は慌てて顔をスマホの画面に戻した。
この程度のことで動揺するだなんて思われたくない。童貞臭いったらありゃしない。
しかし、そんな俺の願いなど無慈悲に砕け散る――――
「ねぇねぇ、スマホ貸して? ボクも一回そのキャラ使ってみたいんだよ――って、ユウ? なんか顔赤いよ? やっぱり風邪引いたんじゃ、ない……? あ…………」
あ、って何だよ!?
その何かを察したみたいな「あ」が俺の心臓を再び跳ねさせた。今度はドキッじゃない。ニュアンス的にはビクッの方が近い。
「あっはは。ユウはえっちだなぁ~。これくらい、幼馴染なんだからいちいち気にしてちゃダメだよ~」
「……うっせ」
俺が恥ずかしがっているのを見て、碧は一層笑い声を大きくした。
……まったく。本当にコイツは何もわかってないな。
俺もまだ碧のことをただの幼馴染として見れていたなら、特に何も思わなかっただろう。精々年頃の女子があまりにも無防備で呆れるくらいだろう。けど、実際そうじゃない。俺は碧を一人の異性として見ている。
……こちとら、いちいち気にしちゃうんだよ。馬鹿。
【作者からメッセージ】
第05話まで読んでくださりありがとうございます!
ここで過去編は終了ということで、次話から本編に入っていきます。是非今後ともお付き合いいただければ幸いです!
また、この作品を面白いと思ってくださっている方は、是非作品のフォローと☆☆☆評価をしていただけると、作者のモチベーション向上に繋がりますのでよろしくお願いします!
ではっ!
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