[20時31分 北校舎・三階踊り場]
東京都立
というわけで、校舎内でプリンがある場所を目指すのであれば通常は食料品を扱っている南校舎の一階の購買へと向かうはずなのだが、
「……どこに行くの? カズちゃん」
「屋上階にある地学準備室。あそこの冷蔵庫、有志による内緒の甘いもの置き場になっているんだ。購買にあればそっちに行ったんだけれども、今日は昼で売り切れていたからね」
「いいの? 黙って人のものを取るのは泥棒だよ」
「共有の分があるからね。食べたことの申告と代金を置いてくれば大丈夫だよ。私物も一緒に置いてあるから、なにか手違いが起きる可能性はあるけれども、その時は、校舎裏に呼び出されるくらいでどうにかなるし」
「……呼び出された時点で、既にどうにもなっていないような気がするけれども」
そうかなぁ、と和之は階段を上り始めた。上っていくうちに、なにやら凄い音が聞こえ始める。
「あ、あのカズちゃん、そ、そういえば三階ってなにかたいへんなことになっているんじゃなかったっけ……」
たしかに、
「よし、ついでに
「あ、危ないよ!」
「うん、わかってる。わかってるからちょっとだけ。ちょっとだけならいいでしょ? いいよね、ちょっとだけ。本当にちょっとだけだからさ」
う、うん、ちょっとだけならいいけれども、と勢いに押されたランがうなずくのを見て、この淫魔の今後が少し気になる。
だいじょうぶかな、この子。本当にちょっとだけだからおっぱい触らせて、と拝みこんだら本当に触らせてくれそうな気がするぞ。
淫魔なのだからそれはそれでいいのかもしれないけれども。
とりあえず踊り場に出て、そして少しずつ移動。そっと上半身を半分出して廊下の様子をうかがおうとした時だった。
横合いから衝撃波が和之を襲った。
不意打ちでの強制後転をさせられた少年の身体が床に転がる。
「だ、だいじょうぶ? カズちゃん!」
ランが走り寄る。同時に、廊下から小柄な少女が駆け寄ってきた。手違いで吹っ飛ばしてしまった少年の横で膝をつく。
「生きてる?」
「生きてない。というわけで、人工呼吸を要求します。できれば舌をこう……」
無言のままひざ蹴りが入った。心配して損した、というまことにもっともな言葉と共に小柄な少女が立ち上がる。
剣を片手にさきほどから戦闘を楽しんでいる少年は、まだまだ元気いっぱいのご様子。
対して、一時的に共闘している黒いボディースーツの女性と自分だが、あちらほどの戦闘意欲がないことがマイナスになってきている。負けるとは思わないが、勝つまでの段取りを考えると、気持ちがなえる。そもそも、この戦闘への意味とか意義を見出せないでいるし。
自分の横にいる新規参入の二人組に目をやる。
角とコウモリの羽根と尻尾を持つ淫魔らしき少女と、転がっているバカ。二人とも戦闘力は自分よりも格段に低い。この狂犬との喧嘩を継続したら先程のように巻き込んでしまう可能性がある。逃がしたいところだが、あの戦闘狂が淫魔とその同伴者という変数を素直に見逃すだろうか。
「
足元に転がるバカを指さす。さすがに初対面の人物に対しこれ扱いは失礼かな、と思ったところで、少年が唇を小さく開いた。続いて、もうちょっとずれてくれればパンツが見えるのに、という言葉が聞こえてくる。
「このゴミ
メイドが少年を担ぎあげた。執事が盾となる位置に立つ。
「おいおい、まさかそいつらを連れて逃げ出すんじゃねえだろうな」
戦闘をただひたすら楽しむ
「ええ、そうよ。自分の喧嘩に他人を巻き込むな、と教育されているの」
「つまらねえな。大人の言いつけを破るのが若者の義務ってやつだぜ」
「わたしはお嬢様なの」少女は唇の端を歪めた「それに、そんなことしたら、あなたが喜ぶじゃない。嫌いな奴を楽しませるほど、わたしの感性は狂っていないわ」
少年が動くよりも、少女が結界を完成させる方が早かった。青山騎士の身体が見えない壁に弾かれる。
「一応、解説をしておくと、その結界はそう簡単には破れない……」
少年が狂ったように連撃を見えない壁に向かって浴びせかけ始めた。執事が主の娘に問いかける。
「お嬢様。そう簡単に破れはしないかもしれませんが、それは絶対に破れないということではありませんよね」
「…………うん」
「あの頭の線が残念な方向につながっている少年の攻撃に一晩持ちますでしょうか?」
「絶対に無理ね。十五分持つかも怪しいわ」
「ではいかがなされますか」
しかたないわね、と二条桜子は
「堤。彼の相手をしなさい」
「お言葉ではございますが、お嬢様」執事は静かに答えた「面倒です」
「そのやりとりは、さっき早乙女としたわよ! いいから給料分、きっちり働きなさい!」
やれやれ、そう言われると逆らえませんな、と執事は主の娘の前に出た。結界破りを図る青山騎士に、姿勢よく立つ。
その立ち姿は美しい。あまりに美しいが故に敵意を増幅させられる。
「お嬢様、この結界はあとどれほど持ちますか?」
「確実に、ということなら一〇分は持つと思うけれども」
「では、もう一重、この階全てを囲む結界をお張りください。戦いとなることはないかと思いますが、それでも万一の事態が起こり得る可能性はございますので」
「わかったわ」
執事は一歩踏み出した。
「二条家桜子お嬢様付き執事の堤永太郎と申します」恭しく、挑発のための一礼をする「給料分、青山騎士様のお相手を務めさせていただきます」
「言うじゃねえか。あんたは俺の相手が務まる程の給料をもらっているのか」
「はい。充分に。まずはその結界から出てきてください。その後、体力を充分に回復させるだけの休憩時間を経た後に教えてさしあげますよ」執事は静かに笑った「給料をもらって働く者の強さというものを」
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