交錯
[20時07分 北校舎・二年B組]
都立
学年と階数は原則として連動しており、一年生は一階を使用し、学年があがるごとに階数もあがっていく。
つまり。
二年生である曽我部
・
「は、はーい、そこのボクぅ、お……お姉さんと、い、いいこと……しない?」
「はい! します!」
即答と共に声の主の元へと突進しかけた親友の
わかりやすくいうと、なにも考えずに歩き出した瞬間ここを掴まれると、服で首を絞められ、同時にバランスを崩して見事にのけぞることとなる。
ちょうど、いまの和之のように。
風邪をひいたカエルのような声と共に一瞬の窒息を味わった
「バカかお前は」
という言葉と共に。
「バカとはひどいなぁ。僕に対してバカっていうのは、ハゲている人に対してハゲって言い放つようなものだよ。本人が目をそらしている事実を指摘してなにが楽しいわけ?」
「指摘しないと自覚しないからだろ、お前は」
「自覚? どういうこと?」
「いまの状況を言葉にしてみろ」
いやそんなこと言われてもなぁ、と和之は頭の中で言葉を整理した。忘れ物を取りに夜の学校に来て、教室に入ったところ、なぜか露出度高めでぴっちぴちの服を着たぷりんぷりんなお姉さんが、窓際の自分の机に座っていて、脳天を蕩かせるような声で誘惑してきたのでそれに乗ったところ、親友に邪魔をされた。
つまり。
「なにがあっても前進あるのみ」
無言のまま弘忠は両手に拳を作り、それを親友のこめかみに当てた。
「いたっっ! いたいっ! 痛いってば弘忠ぁ! ごめん、謝る! なにが悪いのか全くわかっていないけれども、とりあえずこの場を取り繕うためだけに謝るからぁっっっ!」
あ、あの……と声がかかった。見ると先程誘惑してきてくれたむちむちぼんぼんなお姉さんが、困ったようにもじもじしている。
実際、ランは困っていた。とりあえずあのちょろそうな少年が言葉一つで誘惑されてくれたのはよかったのだが、問題はその横にいる手ごわそうな少年。職歴がそのまま自堕落期間とはなっているが、それでも淫魔。ただでさえ欲望を抑えかねている高校生ごとき、簡単に理性を奪えると思っていたのに。
どうしよう。
「あ、あの、き、君たち」とりあえず言葉をかけると、背の高い少年の拳骨グリグリが止まった。二人の目がこっちに向く。えー、こほん、と一つ咳払い。よし、いくぞ。「わ、わたしが用があるのは、そっちのちょろそうな子なんだけれども、えと、その、背の高い方の君は、少し席をはずしてくれないかな」
「ほら、弘忠。お姉さんは僕をご指名だよ。さあさあ、君はさっさと帰ってカノジョとちゅっちゅラブラブしていたまえ」
「よく『ちょろそう』という言葉で自分を特定してきた相手の話を聞く気になれるな。それに――」窓際の机で足を組んだり、髪をかき上げてみたりと一生懸命セクシーアピールをするランを指さす「あれを見て、何も思わないのか」
いやそう言われても、と和之は親友の指さす先にいるお姉さんを見る。年は少し上といったところだが、顔のつくりは童顔で、可愛らしい感じ。特筆すべきはそのスタイルで、胸がバインバインで、腰がきゅっとなっていて、お尻がばばーん。これを包むのが男の夢を形にしたようなぴっちぴちの服なのである。
とりあえず両手の親指を力強く突き出す。いい、いいですよ、最高です。
正直なところ、こめかみから山羊を思わせる小さな角が生えていたり、耳が尖っていたり、背中にコウモリのような羽根があったり、あとどうみても尻尾にしか思えないものが生えていることは少しだけ気になるが、それはあくまでも少しだけ。
「むしろ、その程度でお姉さんへの情欲が消えるような奴がいたら、それでも貴様は青少年かと説教をしたい」
弘忠が溜息をついた。
「どう見ても危険だろう、あれは。尋常な存在じゃないぞ」
「コスプレかもしれないよ」
「だとしたら、今度はあれの頭の中身を疑うべきだな。夜の学校であのコスプレをする人間と言うのは、相当残念だぞ」
ち、違うよ! 本物だよ! 本物だよ、わたし! とランが必至な声を上げた。勤務実績ゼロの淫魔とはいえプライドというものはある。偽物扱いされた上に残念認定までされるのはたまらない。
「えと、お姉さん。本物っていうのは……」
「あ、あのね、だからね、わたし、ほ、本物の淫魔なの? 淫魔ってわかる? こう人間にいけないことをして精気を吸い取ったりする魔物のことなんだけれども……」
帰るぞ、和之、と背の高い少年は親友の手を引いた。
え、ちょっと待って、お願い、最後までわたしの話を聞いて、という声が背中を追いかけてきたがそれは無視する。その言葉から続く話を最後まで聞いて良かった例がない。
教室の出口まできた時に弘忠は振りかえった。初めての捕獲に失敗し、泣きそうな顔になっているランに冷たい目を向ける。
「あんたが何を考え、なにをしていようとしたかは知らん。だが、これ以上、こいつに関わるな」
「……弘忠、まるでお父さんみたいだね」
のんきな感想をこぼした和之の身体に突然緊張が走った。自らに緊張をもたらしたものの正体を認識する前に、瞳が淫魔の座る机の後ろにある窓ガラスに向かう。
「お姉さん、危ない!」
言葉と同時に、和之は親友の手を振り払った。走る。机に腰掛けたランに向かって飛ぶ。
直後。
淫魔の背後の窓ガラスが割れ、一人と一幽霊と一犬幽霊が飛び込んできた。
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