[19時50分  小さな公園  ―閉じこもり系女子大生―]

 先程まで坂上が座っていた公園のブランコに一人の女性がうつむいたまま腰掛けた。なんだ、また不幸な自殺志願者か、と思う人もいるかもしれないが、まさにその通り。


 近所のアパートに住む江藤えとう菜々美ななみというその女性は下を向いたままため息をついた。


 大学進学のために田舎から出て一年と少し。


 細かいことは省くが、大学デビューというやつに見事に失敗し、東京の生活にも適応することができず、田舎から送られてくる米と味噌と野菜と仕送りと、あと地元にいる時にバイトで貯めた貯金を切り崩しながらの生活は順調に継続し、本日、めでたく閉じこもり一周年を迎えるに至った。


 「一年かぁ。どうやって祝おうかな……なんてね」


 えへへ、とものすごく暗く笑う。もうなんというか、聞いている方が土下座して許しを請いたくなるような陰鬱な笑いが菜々美からこぼれる。


 菜々美ななみは視線を上げた。


 月がすぐそばにある学校の屋上と重なった。

 そしてそこに苦い現状がもたらした苦い現実が重なる。


 あそこに行こうかな、と菜々美は立ち上がった。幽霊の方がまだしっかりしているのではないか、と思う足取りで学校方向へと進む。前を横切った猫が恐怖の声を上げて逃げて行った。


 田舎では「菜々美ちゃん、東京にいったらモデルさんのスカウトをうけるんでないかい?」とおばちゃんたちに言われるようなそこそこ整った顔立ちであったため、現在の表情の暗さがより一層映える。


 なお、「そこそこ整っている」というだけで、ものすごい美形というわけではない。実際、東京に来た翌々日から、可能な限りのおしゃれをして一週間連続で新宿と渋谷と青山を無駄に歩きまわったものの、声を掛けてきたのは怪しい販売員と怪しいスカウトと怪しい宗教の勧誘員だけだったし。


 思い返すとため息がまだこぼれる。


 心が下方向へと向うと、もはやそれを止めることができなくなる。公園を出て、学校へと向かう住宅街に入った。家々からこぼれるあたたかい光が、みじめな気持に拍車をかける。


 あそこに行って、そして――


 まったくおかしくないのに、笑みが浮かんだ。暗い笑みが顔を覆い、気持ちを埋め尽くしていく。


 というわけで、中途半端に顔が良い女子大生もまた屋上を目指し、失業目前サラリーマンに続いて都立草舎そうしゃ高校の北通用口をくぐった。

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