[19時40分  南門  ―狂犬―]

 ほぼ同時刻。


 裏門に一人の小柄な少年がいた。


 年齢的にも、肉体的にも少年ではあるが、身にまとっている空気だけは大きく異なっている。鋭い瞳。褐色かっしょくの肌。身長は平均を下回っているものの、それはむしろ少年の敏捷性を高める方向に働いている。


 青山あおやま騎士きしという名を持つこの少年は、一つの愛称兼蔑称を持っている。


 即ち「狂犬きょうけん」。


 魔術士協会の中で最も好戦的と呼ばれる第八部隊の中でも暴れ馬の集団と言われる第四班に身を置く少年はこの数週間、この辺りをとりとめなく歩き回っていた。


 もちろん、目的があってのことである。


 「夜の灯火ともしび」を回収せよ。


 それが少年に与えられた任務であった。もちろん、本来ならば戦闘の為に組織されている第八部隊の人員に与えられる任務ではない。


 任務ではないが、それなりの理由はある。二か月前の武力行使に伴い動員された少年の働きぶりは、勇猛ではあったが、ただそれだけであり、組織の一員としての戦力とはとても言い難いものであった。仲間が力ずくで押しとどめなければ、確実に命令違反者として処罰されていただろう。


 集団戦に求められる戦力と、個人戦において必要とされる武力が異なることを熟知している上層部は、彼を第一線から外すことを決定した。


 もちろん、外されただけで大人しくしているような青山騎士ではない。


 それを見越した上層部は、彼に十数年前に起きた「夜の灯火」の探索を命じた。

当然ながら、見つかることを期待してのものではない。一つは彼の今後をどうするかということのための検討する時間を稼ぐため。もう一つは彼に戦闘以外の適性がないかを確認するためである。


 「ちっ」


 下品に舌をうつと、青山騎士きしは裏門に手を掛けた。手当たり次第の探索は、現在のところ空振り続きである。


 見つかる可能性がいちじるしく低いものであることはわかってはいるが、だからといってその事実を淡々と受け入れられるような人間であれば、狂犬などという二つ名を受けたりはしない。


 そういや、この学校は誰かの管轄かんかつだったな、確か……


 近くにある神社の名前が浮かんだ。浮かんだが、無視する。挨拶の必要があるような事態が発生すれば、終わった後に行けば良いし、それで文句を言われるようであれば――


 「文句、言わねえかな」


 獣のように笑う。


 狂犬と呼ばれる少年は地を蹴った。


 裏門を飛び越える瞬間、その脇に隠されていたものを視線が捕らえた。面白い、と呟きその方向に向け牙をむくように笑う。


 両親が「ファンタジー小説に登場する騎士のように誇り高く自制的な強さを持つ子になりますように」という願いを込めた名を持つ少年は、その言葉を裏切るような光を瞳に宿らせながら校舎へと歩を進めた。

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