[19時25分  路上  ―ヤクザ三人組―]

 「確認するぞ」深みのある声が静かに響いた「『砂糖サトウ』の受け取り場所は、都立草舎そうしゃ高校の三年E組の教室で間違いないな」


 「間違いないですって! もう、堀井ほりいの兄サンは心配性ですねぇ。俺だってガキの使いじゃないんですから大丈夫ですって」


 やたら軽い口調で戻ってきた返事に、堀井は自分にだけわかるように小さく息を吐いた。


 後ろを盗み見る。軽い声に似あった、軽い容姿の男の隣では、ノーメイクでフランケンシュタイン役が務まりそうな大柄な男が所在投げに視線をうろうろさせている。


 「あれ、あれれ、どーしたかなー、藤木ふじきっちゃん。そんな挙動不審キョドーフシンな目をしちゃダメだよぉ。大丈夫、大丈夫。今日は『砂糖』を取りに行くだけなんだから。もっと堂々としていなよ。ねえ、堀井の兄サン」


 そうだな、と短く言葉を返す。このお調子者は先週も同じことを口にし、そして見事に失敗をやってのけた。その上でこれだけ明るく軽く振る舞えるのは、余程の大物か、余程のバカでしかない。


 前者である可能性がゼロであることが残念でならない。


 「藤木」振り向かずに斜め後ろの大男の名を呼ぶ「視線は前だけでいい。今日は『砂糖』だ。どこかとカチ合うことはない。目的の場所に行き、代金を置き、そして帰ってくるだけだ」


 大柄な男がコクコクとうなずいた。こちらは逆に何も言葉を発しないがための扱い難さといういものがある。B級ホラーに出演できそうな顔立ちと身体付きに反比例するような小心の持ち主であるためか、ちゃんとした言葉を聞いたのは、顔を合わせてから一カ月後のことだった。


 「そーっすよ、藤木っちゃん、緊張なんてすることは……」


 「田川たがわ」低く重く鋭い声が静かに響く「おしゃべりは無用だ、前を見て歩け」


 「は、はい」


 さすがに感じる物があったのか、田川は素直に前を向いた。それを確認してから、もう一度堀井は息を吐いた。


 ――うちは吹き溜まりだからな。


 先代の言葉を思い出す。


 ――人間、生きている以上は食わにゃあいかん。この世の中、食うためには、まっとうに自分で稼ぐか、まっとうに他人の稼ぎを奪うかだ。だが、そのどちらもできない奴というのはどうしてもでる。ここはそんな奴らの集まりだ。だが、そんな奴らでも、生きている。生きている以上は、まっとうじゃない方法で稼ぐしかないんだよ。


 まったく、と堀井は二十数年務めていた前職の癖で首元に手をやった。そこにネクタイがないことを思い出す。先代が――彼の叔父が病に倒れたのが二年前。その後、代替わりした若の補佐のためわれるままに会社を辞め、合法とは言い難い小さな組の運営に携わることになったのだが、なかなか馴れない。


 慣れないはずなのだが、妻からは「表情が明るくなった」と言われ、息子とも遊ぶ機会が多くなったことを考えると、案外、いまの仕事の方があっているのかもしれない。


 人生というのは本当にわからんな、と心の中で苦笑しながらも、堀井はわざと難しい顔を作った。


    ・


 堀井は知らなかった。


 お調子者の田川が、こともあろうに「砂糖」の交渉を密談には全く向かない喫茶店で行ったことを。


 そしてその結果「『砂糖』の受け渡しは今夜、都立草舎そうしゃ高校の三年E組ですね。え? 『特売』にしてくれる? いやぁー、ありがたい、太っ腹ですな! いよ、大統領!」などと店内に響き渡る大声を出していたことを。

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