[19時22分 通学路 ―高校生男子二人―]
夜の学校に忍びこむ、という行為を経験する高校生は少ない。少ない上からこそ、経験者のほとんどは「あれは楽しかったな」などという特別な思い出と共に卒業することとなる。
というわけで。
「いや、だから何度も言ってるでしょ。何回も忍びこんでいるから大丈夫だって」
などという親友の言葉に
その言葉が既に大丈夫じゃないだろう。
「心配性だよね、弘忠も」
曽我部
平均身長を回る自分は、童顔かつ中性的な顔立ちで、運動能力はそこそこで、成績はよろしくない。
一方、弘忠は背が高く、適度に筋肉があり、顔立ちは
なんでこいつ、僕を友達にしているんだろう。
「あのさ、高一から始まった一年程度の付き合いだけれども、それでも僕という人間が夜の学校から宿題のノートを回収するのに失敗するような人間じゃないっていうのは十分理解してもらっているだろ。
「俺と
「んー、ちょっと怖い人とすれ違ってさ」
和之は顔をしかめた。つい十分前のことを思い出す。思い出しただけで、背筋に冷たさが走る。
「うん、すれ違っただけなんだけれどもね。なんだろう、ライオンの皮を被った悪魔とでもすれちがったような気分だったよ」
いま思い出しても背筋に冷たいものが走る。
それよりも、と横を歩く友人より頭一つ低い和之が眉を寄せた。
「いつまで夕子のこと、宮部って呼ぶの? 理解しているかな、弘忠クン、キミは夕子の恋人なのだよ」
そんなことはわかっている、と弘忠は答えた。生まれて初めて告白して、生まれて初めてできた恋人だ。例え記憶喪失になろうが輪廻を重ねようが、宮部夕子が自分の恋人で、自分の恋人が宮部夕子であることは絶対に忘れない自信がある。
「弘忠の気持ちはわかっているけれども、世の中、態度に表さないとわからないことってあると思うよ。君は付き合っているのは『宮部家の長女』じゃなくて『夕子』ていう女の子でしょ」
「それはそうなんだがな」短く刈った髪をかく「なんというか、恥ずかしいんだよ」
「なるほどね。ちなみにデートの時に、自分から手をつなごうとしないのもその延長かな?」
「……握ったら壊してしまいそうな気がするんだよ」
はあそうですか、と和之は呆れたように息を吐いた。なんだその少女マンガに出てくる乙女のような思考回路は。思わずキュンときちゃったぞ。
きちゃった以上しかたがないので、携帯端末を取り出し、幼馴染にかける。すぐに出た。
「――やあやあ、どもども。あのね、弘忠は夕子の名前を呼ぶのが恥ずかしくて、手を握ったら壊しちゃうんじゃないかと思っているんだって」
『女の子はもっと丈夫だって言っておいて』
おーけー、りょうかーい、と電話を切ると和弘は夕子からの言葉を伝えた。聞いた弘忠の目が丸くなる。
「お、お前……」
「なんで君のカノジョの携帯番号を知っているかって? ふっふっふ、それは夕子が僕のお隣さんにして幼馴染だからさ」
「そうじゃない! どうしてわざわざそんなことを伝えるのかと聞いているんだ!」
「伝えた方が面白そうだから。というか、いいかげん夕子の
「……お前にいろいろ話しているのか」
まあ、姉弟同然の幼馴染だからね、と返すと、和之は足を止めた。
「そうだ、いいことを思いついた。これから弘忠は夕子のところにいって、二人でいちゃラブタイムを満喫するというのはどうだろう。で、その間、僕は学校に忍びこんで宿題を回収し、ついでに夜の学校の探索範囲を広げる。弘忠も夕子も楽しく、僕も楽しい。うん、全員が選択の勝利者となる道だよ、これって」
敗者がいなければ勝者は生まれないぞ、と無愛想な返答が返ってきた。
「つまり、全員が勝つという未来は存在しないと?」
「勝者が存在するということは、勝敗があったということだ。勝敗が成立するには、敗者が存在しなければならない。表裏のないコインが存在しないのと同じことだ」
うむむ、と和之は腕を組んだ。
「それなら言葉を変えるね。皆が幸せになれる素晴らしい案があるんだけれども――」
「さっさと行って宿題のノートを回収するぞ」
ほーい、といつもと同じのんきな声と共に和之はいつもと同じ足取りでまた歩き始めた。
そして二歩目でその足を止めて振り返る。
「確認」人差し指を頭一つ高い友人に向ける「弘忠は僕の大切な友達で、夕子は僕の幼馴染。そして、弘忠にとって僕は友達で、夕子は恋人。そして恋人は友人に優先する。ここ、テストに出るから、絶対に忘れないように」
ではいきますかー、と友人の返事を待たずに和之はいつもよりわずかに早い歩調で再び歩き始めた。
いつもよりわずかに遅い歩調の弘忠がそれに続いた。
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