02



オサラギの案内でくだんの女性の家に訪ねると、彼女は三人を喜んで招き入れた。


「今日はにぎやかで嬉しいわ。息子たちもめった来ないものだから」


息子家族は遠方にいて、お盆や年始にくればいい方らしい。それでも、居間にあるタブレットでビデオ通話をし、定期的に孫と話したりはしているそうだ。


「夫人、そのときの着信音は鳴るのだろうか」


「ええ。もちろんスマホの着信音もちゃんとするわよ」


急に訪ねたにもかかわらず、年配の女性はツクモの問いにもにこやかに答える。孫に近い歳の子供が、心配してきてくれた事実が嬉しいのかもしれなかった。

実際に本人と話してみて、みちるも彼女が認知症などで妄言を言うような様子がないと解る。温和ではあるが、自分たちを家に入れた理由は、交番の巡査の紹介があったからだ。見ず知らずの相手を不用意に信じる訳でもなく、思考がしっかりしている。

女性がお茶の仕度をしている間に、オサラギは声を潜めて、ツクモへ問う。


におうか?」


「住んでいる人間がそこそこ歳をとっているからな。ナリカケになりそうなものは割とある」


周囲を見回すと、思い出の品とおぼしき置物や、年季の入った家具などが目に入る。長年人が暮らしている空気が、この家にはあった。

ツクモはテレビのうえの置時計に眼を止める。時を刻んではいるが、それなりの年期を感じるものだった。ブラウン管テレビほどの奥行はないが、型落ちの液晶にはある程度の幅があった。そのため、軽いものならおけるスペースがあり置時計や、孫が作ったであろう紙粘土の人形が置かれていた。


「夫人、これは?」


緑茶の湯飲みを盆に載せた女性が戻ってきたので、ツクモが置時計について訊いた。


「ああ、それね。旦那が買ってくれたものなんだけど、目覚ましの機能だけ壊れてしまったから、寝室から居間に移したのよ」


時計の機能自体は失われていないから、もったいないので利用しているという。寝室には別の目覚まし時計が巡査が贈ったもの含め二つあるとのことだった。孫からの贈り物とともに飾られている様子から、何かしらの思い入れがあると感じられた。


「何か思い出が?」


「大したことじゃないのよ。私が早く起きて旦那を起こすより、目覚ましで一緒に起きようって買ってくれたのが嬉しくて……、だから、なるべく長く使いたいの」


ともに寝るのだから、ともに起きよう。そうして長年、今は置時計となった目覚ましの音で二人で起きていた。彼女の夫が亡くなってしばらくして、目覚ましの調子が悪くなり、修理できないか試みたそうなのだが、ベルの部分の部品を製造していた工場はもう廃業していたらしい。その際、時計の方も一度壊れたらもう直せないと知らされた。だからこそ、彼女はせめてこの置時計が刻む時間を視界に多くいれていようと、居間に置くことにした。


「なんか、分かるかも」


女性の話を聞いて、みちるは共感を覚えた。


「アタシも子供の頃から使っているお茶碗があってさ。一度割ったとき、父さんが漆で直してくれて大事にしてんの」


「優しいお父さんね」


「自分で割ったクセに、アタシがぎゃん泣きしたせいかもだけど」


年配の女性に、みちるは苦笑を返す。

自分用の茶碗を、自分で選んで買ってもらった。小花の散った愛らしい茶碗を気に入っていたが、その分はしゃいでしまい一週間足らずで割ってしまったのだ。気に入っていた分その日は泣き喚き、他の茶碗では嫌だとみちるは数日ごねていた。そんなみちるのために、父親は漆で金継ぎを依頼してくれた。完全に元通りにはならなかったが、ステンドグラスみたいでいいだろうと言われ、みちるは直った茶碗がさらにお気に入りになったのだ。

ちょっと壊れただけでは捨てられないものもある。その気持ちが、みちるにはよく解った。


「目覚ましのたぐいが鳴らなくなったのは、この時計を移してからでは?」


「そういえば、その頃からかもしれないわね」


不便な事象が確認された頃と、置時計を移動した時期を照らし合わせて、女性は肯定した。ツクモは、彼女の肯定を受け、あらためて置時計を見つめる。その視線には威圧的なものがあった。

その視線に耐えかねたように、置時計がカタカタと震えだす。


「やだ、地震かしら……!?」


置時計だけ動いていると思わなかった女性が身をかがめる。そんな年配の女性を庇うように、オサラギは傍につく。


「おい、ポルターガイストもどきになったりしねぇだろうな」


「ナリカケにそこまでの力はない」


置時計と対峙するツクモは冷静に返す。彼が視線を外さずにいると、置時計からゆらりと湯気のようなもやがにじみ出た。しかし、それはツクモにしかえないもので、みちるたちにはただ置時計が振動していることしか分からない。


「お前なんかしてんの??」


「鈍感もそこまでくると才能だな」


状況が分からないみちるは呑気に緑茶を飲んでいる。オサラギですら空気が張り詰めたことに勘付いて、女性を気にかけているというのに。ツクモは、嘆息をひとつ零して、彼女に指示をした。


「目を貸してやるから、準備しろ」


「はいよ」


ツクモの目にはにじみ出た靄が形をもちはじめているのが確認できた。みちるは、ペンダントを首から外し、ペンダントトップの牙をぐっと握り込む。

あおい双眸がすぅっと金色へと変わると、みちるの右目に消えた色が移ったかのように、蒼い炎が宿る。それも普通の人間には視えないものだ。だが、みちるの右目の視界だけは一変する。

先ほどまでは視えなかった置時計に湧いた靄が、みちるの右目にも映る。その靄は、置時計のうえに立ち上り、ぬいぐるみか獣のような何かになろうとしていた。


「コレがおばあちゃんを困らせてるってコトでいいのか!?」


「そうだ」


「見えりゃ、コッチのもん!!」


みちるは、牙を握り込んだこぶしで力いっぱいその靄のかたまりを殴った。

常ならざるものは、認識できればある程度干渉できるようになるが、みちるのように視えれば殴れるものでもない。認識と干渉に関して、手助けをしているツクモは、彼女の愚鈍なまでの素直さに呆れる。父親が、干渉のための道具を彼女に託したのは正解ではあるが、こんな用途のためにツクモは道具を彼女の父親に渡したのではない。

彼女の父親ゆうは、渡した道具を常ならざるものへ声を届けるために使った。みちるの父親は、亡くなる前まではガラクタ課に所属していた。みちると違い、ツクモの手助けがなくとも常ならざるものを認識できたので、彼の助手を務めていた。彼が亡くなったあと、まさか遺言で常ならざるものが視えもしない娘を寄越すとは、ツクモも思っていなかった。

仕方がないので、こうしてツクモの視界を貸すことで助手をさせている。

殴られた靄は、ぶっ飛ぶようなことはなかったが、その衝撃でぽんとヒヨコのような小動物へと姿が固定された。普通のヒヨコと違うところは羽も使わずに浮遊していることだろう。


「っく、殴られたくないからって卑怯だぞ!」


「単に僕の妖力チカラで姿を得ただけだ」


古来より百年の年を経た物は付喪神つくもがみになるという。しかし、家一軒が百年もつのも難しい現代で付喪神になるほどの年月を経験する物は少ない。それでも、人の想いとともに時間が経過したものは、時に常ならざるものへと変異することがある。それが付喪神になるよりも未熟なナリカケだ。

ナリカケは、物に込められた想いに応じて特性をもち、一定条件下で事象へ干渉できる。それが場合によって、今回のように持ち主を煩わせることとなる。ガラクタ課はそんなナリカケの起こす事件にもならない事件を解決する課だ。

ツクモが事象の原因を特定し、問題がある場合はみちるが対処する。みちるに殴られたことで置時計とは別のからだを得たヒヨコもどきは、ピィピィとツクモに向かって鳴いた。


「ふむ。時をしらせるのは自分がしたくて、他の目覚ましの類いを妨害していたらしい」


「スマホまで音止めるなんて、最近の妖怪はハイテクだな」


ヒヨコもどきの主張を、ツクモが通訳すると、オサラギが妙なところで感心した。ツクモからすれば、電子機器であろうと道具モノであることでは変わらないが、人間からすると別の種類に思えるようだ。オサラギは妖怪と一括りにするが、ナリカケは付喪神ともいえない存在のためツクモとしては妖怪に区分できない。きっとそれと同じことなのだろう。


「んで、このピヨ助どうすんの?」


正体を特定したあとの処遇について、みちるはツクモに訊ねる。このままこの家にいると、ヒヨコもどきはきっとまたアラームの妨害をする。ナリカケは、ただ自身のもつ特性を発揮することに忠実なだけだ。善悪の概念を持たない対象に、それをさとすことは困難である。夫人の発作のことを考えると、アラームが鳴らないことで問題が悪化する恐れがあった。

ツクモは、みちるの父親を思い出す。ゆうは、善悪で説得をせず、ナリカケの特性をそのままに役割を与えることで解決を手伝っていた。


「よし、お前にまた役目を果たさせてやろう」


「……あら? もう地震は収まったの?」


「夫人、この置時計を譲っていただけないだろうか。そうすれば、アラームは直る」


置時計の振動が収まったことで、怯えていた女性が顔をあげる。ツクモは、事態の把握ができないでいる彼女に置時計の譲渡を提案した。

年配の女性は、主人との思い出のつまった品を譲ることにためらいを覚える。しかし、アラームが鳴らないことで困っているのは事実。目の前の少年がいう通り、置時計を手放すことで改善するなら助かることだ。


「大事にしてくれるかしら……?」


譲る条件はそのひとつだった。機能の欠けたガラクタであっても、彼女にとっては大切な品だ。ツクモは泰然と笑む。


「もちろん。夫人の寿命よりも長く使ってやろう」


確信をもった言葉に納得し、女性はツクモに置時計を譲ることを決意した。

その数日後、交番の巡査を通じて、困りごとが解決したという朗報がガラクタ課にもたらされたのだった。




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