第21話 呪い剥がし
「勝負あり!」
審判を務めていた剣錬会の生徒が声を上げた。一瞬静かになる武錬場。しかし次の瞬間。
大歓声が巻き起こった。
「すげえっ! アンドーブ先生に勝った!」「初めてだろ、先生が負けたのっ!」
万雷の拍手が、俺とミリアを称えている。
洪水のように声援が溢れる中、ミリアは肩で息をしていた。
「勝った……のか?」
俺はまだ立ち上がれない。声だけでミリアに応えた。
「勝ったぞ。俺たちの勝ちだ」
「……そうか。勝ったのか」
ミリアが手にしていた長い木刀が、折れた短い物に戻る。
「キミのスキルなのだな、これは。なにかしらの条件で、武器……いや、物を入れ替えることができる」
バレてしまった。だがまあ、いいか。
俺は笑っていたと思う。気持ちよくて笑っていた。
「セイシロッ!」
リーリルが俺の元へと走ってくる。
「大丈夫!? セイシロ!」
「ああ大丈夫。倒れて動けないのは、武錬場のセーフティシステムのせいだから。俺にはなんのダメージもないよ」
「よかった、私、ビックリして……!」
抱きついてくるリーリル。抱き起こされて、彼女の胸に頭を抱えられた。むにゅ。
そんな俺たちを見て、ミリアはクスリと笑ったようだ。
「仲がいいな、キミたちは」
「はー、ムカつくねんけどな。まあ今日のところは許したるわ」
「キミはセイシロに抱きつかないのかい? メルティア」
「ウチはリーリル派。なんでこいつに抱きつかなアカンねん」
「ふふ、そうか」
穏やかにミリアは笑う。それを見つつ、メルティアもニマニマ笑い。
「良い顔するやん。楽しかったんか?」
「……ああ、そうだな。楽しかった。剣を振るうことが、こんなに楽しめるなんて」
「そっか。じゃあ、ほれ、これ」
「ん?」
「スカート。いつまでもパンツのままでおるなや」
わああ、わああ、と歓声の渦が途切れる気配のない中、ミリアは慌ててスカートを穿き直したのだった。
◇◆◇◆
後日、アンドーブ先生は『呪い剥がし』の
「でもアンドーブ先生、本当は勝敗に関わらず貸して下さるつもりだったみたい」
リーリルが小箱を開こうとして放課後に活動していることは、教員の中では有名だった。
「頑張っている子に意地悪するような私ではないよ。はっはっは」とのことらしいが、それなら試合とか言い出さずに素直に貸して欲しい気もする。
「で、この布が『呪い剥がし』とやらなのか?」
まるで絹のハンカチにも見える『布』を摘まんだミリアが、不思議そうにそれを見ていた。小さいし、ただの布に見える。
「うん。特殊な糸で呪術を織り込みながら作られているものなんだって」
「どっとこう、物々しいアイテムを想像していたよ」
はい俺もです。
なんとなく、もっと、ルーンでも刻まれた道具道具したものをイメージしておりましたとも。
いつもの特別研究室だった。
これから、小箱に掛かった呪いをこの布で剥がしていくのだ。
俺も聞いていく。
「どうやって使うものなの?」
「使い方は簡単よ。こうやって……」
ミリアから布を受け取ったリーリルが、片手に手に持った小箱『知識の井戸』を布で丹念に拭いていく。
「呪いをこそげ落とすの」
「キュッキュと磨いてるだけに見えるぞ。なんか簡単そうだな」
「いまね、手に魔力を集中させてるわ。結構難しいのよ? これ」
「へー」
気のない返事をしながら眺める。ミリアも興味深げに見ていた。
しばしの時間が流れ、リーリルが「ふう」と息をついた。
「うまく行かないわね」
小箱と布をテーブルに置いて、汗を拭う。ただ拭いていただけに見えるのに、消耗の度合いが高い。これが魔力を集中させている、という結果か。
「私にもやらせてもらっていいか?」
「手伝ってくれる? やり方はね、こう、手の平に魔力を集めるようにして――」
魔力。それは魔法やある種のスキルを使う際に必要なエネルギーだ。マナとも呼ばれている。この世界の住民なら誰でも潜在的に持つ物で、使い方を極めると様々に奇蹟を起こせるとも言われているチカラだった。
ミリアも戦いで色々なスキルを使っていた。たぶん魔力の扱い方を学んだ身なのだろう。
この学園でも教えてくれるが、俺はまだ習っていない。
「……難しいものだな。なんとも手応えがない」
「ね。押しても引いても、反応がないというか。呪いが高度なのかもしれないわね」
困り顔で小首を傾げるリーリルだ。俺は訊ねた。
「こういう場合、どうすればいいんだ?
「呪い剥がしが得意な先生に頼むしかないかも」
ふむ。実はただの布ということはないよな? 俺はこっそりアイテム鑑定をしてみたが、ちゃんとこれは
そういや俺も、肉体はこの世界の住民なんだよな。
魔力とやらはあるはずだ。
「なあリーリル、俺もやってみていい?」
「もちろん構わないわよ。セイシロも試してみて」
手渡された小箱と布をそれぞれの手に持って、俺は集中してみる。
魔力、魔力、っと。……いやわからん。
「どうやって魔力って感じればいいんだ?」
「そこから!?」
呆れ声のリーリルだったが、丁寧にレクチャーしてくれた。基本的にリーリルという女の子は、面倒見がよいのだ。
まずは目を瞑って深呼吸。自分の内を意識する。
次に、手の平という自分の外を意識。内から、外へ。外から、内へ。呼吸と共に、二つの世界に糸を張る。繋げていく。すると、瞑った目の奥に光が見えてくる。
……と、リーリルは言っている。のだが。
「リーリルせんせー。見えてきません」
「落ち着いて。ゆっくりと、ゆっくりとでいいから」
「呼吸を深くだ、セイシロ。深く深く、潜っていけ」
深く、深く。
二人の声がどこか遠い。
光はどこだ? 瞼の裏に映るのは闇ばかり、そこに光などない。滴るような闇だけが、そこにある。ズズズ、ズズズ、内からなにかが込み上げてくる。真っ暗ななにかが、内から、外へ。
「なに、これ」
リーリルの声が遠くに聞こえた。
「闇属性の、魔力……だと?」
ミリアの声もまた遠くに。
俺はゆっくりと目を開ける。手の平に、闇が
光は見えなかったが、闇なら見える。
闇を手に滴らせて、小箱を布で拭いてみた。
なんだ? わかるぞ? 『呪い』が拭きとられていくのがわかる。俺はキュッキュと小箱を布で拭った。ひと擦りごとに、呪いがどこかに消えていく。
「見てミリア、小箱が……!」
小箱が動いた。
手の平の上で、勝手に形を変えていく。細工箱さながらに、カシャカシャと回り、スライドし、表面の模様が変わっていく。
「呪いが解けたのか?」
「すごい、すごいわセイシロッ!」
突然、横からリーリルが抱きついてきて、俺は我に返った。
「えっ!? あっ!?」
「貴方、魔法の才能がきっとあるわ! 闇属性の魔力なんて初めて見た! 特殊体質よ!」
「んっ。ああ、うん、そうなのかな?」
「そうなのかな? じゃないわよ、特別カリキュラムを組んで貰うべき!」
「箱はどうなった?」
俺は手の平の上の小箱を見た。表面の模様が整って、文字になっている。リーリルが小箱を手に取った。
「古代魔法文字ね。えっと、『知識は記憶の奥で開かれる』だって!」
興奮した声を上げながら、リーリルは再び俺に抱きつく。
「すごいわ大進歩! ありがとセイシロ、貴方のお陰よ!」
「や、やめろよリーリル。ほら、ミリアが目を丸くして見てる」
「えっ!? きゃあ!」
リーリルは飛びのいた。
「そういうのじゃないから! そういうのじゃないから!」
ミリアに向かって両手を振りながら、顔を真っ赤にする。
ミリアは笑った。
「くくく。いや、取り繕うな。羨ましいなキミたち、仲が良くて」
「だからそういうのじゃないから!」
「照れるなリーリル。一緒に喜べる相手が居るということは、素晴らしいことだよ」
ミリアの目が優しい。俺はつい、聞いてしまった。
「ミリアにも、そういう相手は居るのか?」
「……ああ、いる。弟だ」
そういったミリアの顔が、一瞬曇る。
「私は弟と、もっともっと一緒に喜びを分かち合いたい」
「弟か。いいな、仲のいい姉弟。俺は一人っ子だったから、羨ましい」
生前の話だ。俺には兄弟がいなかった。少し憧れがある。
「弟さんが居るのね! 私も一人っ子だから、ちょっと羨ましいかも!」
「今度紹介してくれよ。ミリアの弟なんだ、さぞや美形なんだろうなぁ」
「私にも! 皆でピクニック行ったりとかどうかな!? ちょっと街の外に出ちゃって!」
ミリアは笑った。
「ああ」
嬉しそうに笑った。
「いいな。行きたいな。皆で、弟と一緒にピクニック。お弁当を作って、湖のほとりで食事を広げて。皆でパンを交換して。走って、寝転んで、日が暮れるまで遊んで」
「楽しそう!」
「弟も喜ぶよ」
「行きましょ、絶対! メルティアも呼んで、皆で。すごい楽しみ!」
ミリアは、だがそれには答えず。
「いいな、キミたちは。羨ましい、本当に羨ましい」
少し悲しそうな顔をする。
俺は思わず声を上げた。
「ミリア。俺たちは一緒に戦った仲間だ。おまえはいくらでも俺たちを頼っていいんだ。それを覚えておいてくれ」
「セイシロ……」
「忘れるなよ? 俺たちは仲間だ」
ミリアは微笑んだ。
「バカだな、おまえは」
そう言って嬉しそうに、もう一度微笑んだのだった。
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小箱の開封に一歩前進!ミリアとの関係も、前進?
この後どうなっていくのか。次回をお楽しみに!
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