第20話 試合③

「ミリア、剣を交換しよう。半分に折れたその剣じゃ戦えないだろ?」

「いや」


 ミリアは俺の提案を断った。


「剣メインではアンドーブ顧問に絶対勝てない。ここからは体術を主としていくつもりだ、短い方が勝手がいい」

「短剣の感覚か」


 頷くミリア。その辺は彼女に任せよう。切り替えて、俺は俺の仕事を考える。


「俺は先生の行動をアレコレ妨害するつもりだ。その隙をついてくれ」

「さっきの、あの技も使うのか?」


 ミリアがクスリと笑う。先生のズボンをズリ下げたことを言ってるようだ。頷くと、彼女の笑顔が悪戯味を帯びる。


「キミに似合いの下品な技だセイシロ。だが――」

「だが?」

「効果的で、実戦向きさ」


 ミリアが拳を突き出してくる。俺は拳をコツン、と合わせた。


「いくぞミリア、第二幕だ」

「ああ」


 俺たちはバラけながら、アンドーブ先生に近づいていく。

 今度は最初から二人で斬り掛かる。木剣を振りながら、バグ技を使っていこう。


「二人同時かい?」


 先生は動かない。位置取りを俺たちに任せるままにしているのは、全て受けきってやる、という強者の矜持だろう。胸を貸す、それが今の先生の立場だ。

 ならば、甘えさせて貰う。最終的に俺たちが勝つために。


「行きます、アンドーブ顧問!」


 ミリアが最初に繰り出したのは、側転からの身体捻りカカト落としだった。


「ケリ技、だと!?」

「ご無礼! 最後は剣で決めますので!」


 遠距離から突然踏み込んでの蹴り技は意表を付いたようだ。先生は避けずに腕をクロスしてガードした。

 ミリアはガードされたカカトを支点に小さく跳ぶ、身を捻って蹴り、そして蹴り。円運動の二段蹴りを出していく。


 生前の世界で言う、カポエラを思い出す動きだった。

 大きく身体を動かしながらも、円の動きでスムーズに蹴りを繰り出していく。


「こっちにも居ますよ先生!」


 側面から俺も木剣を打ち込んでいく。


「あうちっ!」


 苦悶の声を上げる先生。これまで攻撃を全て防がれていたのはなんだったのか、と思うくらいにあっさりと俺の攻撃がヒットした。


「や、やるな二人とも……うおっ!?」

「セイシロを見ていていいんですか!? 私の攻撃は止まりませんとも!」


 蹴り技から今度はスムーズに、拳と折れ木剣での攻撃にシフト。

 直線的で短いモーション、ちょっと中国武術ぽい動きか? 拳だけでなく肘や背中も使って打撃を打ち込んでいく。


「ちょ、ちょ、ちょっ! がふっ!」


 先生の懐に入ったミリアは連続的に繋がっていく攻撃を繰り出した。

 一瞬俺に意識が向いてた為だろう、一発攻撃が入った。


 なるほど。

 ミリアの攻撃は、きっと一般にはあまり知られていない類の体術なのだ。しかも幻惑するような動きの体術。

 つまり初見殺し。暗殺のための技なのだろう。


 俺の攻撃が最初に入ったのも、ミリアのお陰だ。ミリアの攻撃が、アンドーブ先生の意表を付いたからなのだった。


「フリートゥムーブ!」


 たまらず防御を光の盾に任せる先生。

 盾は俺の攻撃に対して張られている。これは一つの情報を示していた。


「先生、フリートゥムーブはご自分で意識しないと、攻撃を受けられないようですね」

「…………」


 黙る先生。攻撃をしながら、ミリアが聞いてきた。


「どういうことだセイシロ?」

「言葉通りだよ。あの盾は、先生がしっかり『操作』して攻撃を止めているんだ、別に自動的に攻撃を受け止めてくれるわけじゃないってことさ。つまり」


 繰り出した俺の剣はフリートゥムーブに止められるが、ミリアの打撃が入った。


「ぐうっ!」

「つまり、初見で読めないミリアの攻撃は、フリートゥムーブで防ぎにくい」


 たまらず、といった顔でアンドーブ先生が一歩下がった。


「お、驚いたな二人とも……。ミリアくんの体術、セイシロくんの慧眼、どちらも素晴らしい」

「逃がしませんよ!」


 ここぞとばかりに、俺はバグ技を使った。アイテム交換!

 切れたベルトと先生のズボンベルトを再び交換、先生のズボンがズリ落ちた。――が。


「うおおおおおお!」


 アンドーブ先生が雄叫びを上げる。その途端、先生の衣服がバツン! と破れて吹き飛んだ。筋肉が異常に増大して、パンツ以外を残してどこかに消え飛んでしまったのだ。


「スキル! アクセルワールド!」


 目の前から、先生の姿が消えた。「えっ!?」


「なっ!?」


 ミリアもまた、先生の姿を見失ったに違いない。声を漏らしていた。


「まさか教え子に、このスキルを使わせられるまで追い詰められるとは!」


 声は、俺の背後から聞こえた。振り向くと、そこにパンツ一丁の先生が居る。

 ――いつの間に移動したんだ!?


「あっぱれなり二人とも! なればこそ、しっかりと倒していこう!」


 モリモリマッチョになった先生が、丸太のように太い腕を組んでいた。


「アクセルワールド!」


 えっ!?

 視界が反転した。ぐるり、と武錬場の壁が目に移る。天井が見えた。ぐるり、と視界が回転している。なにがあったんだ? あ、床が見えて……。


 ガゴン! と。

 身体に衝撃が走った。気がつくと俺は、床に倒されていた。


「セイシロくん、君は筋がいい! だがまだまだ未熟、修練を積みたまえ!」


 腕を組んだアンドーブ先生に見下ろされていた。

 倒された身体がまた、不自由だ。いつの間にか、俺はオーバーダメージを食らっていた。


「ミリアくん、君は……」


 アンドーブ先生が、ミリアの方を向く。


「恐ろしい技を使う。その理由は問うまい。しかし、なにか悩みがあるならば」


 優しく微笑み、先生。


「いつでも構わない、相談にきなさい。君は教え子で、私は教師なのだから!」

「痛み入ります、アンドーブ顧問」


 ミリアが頭を下げる。


「それはそれとして、この戦い、まだ負けたわけではありません」

「うむ! もちろん!」

「そのスキル、自己加速の術式を肉体言語にまで昇華した技とお見受けしました」


 そうか、自己加速。ヘイストと呼ばれる、自分の時間だけを加速させる魔法がある。それをスキルに応用した技だったのだ。ヘイスト自体高位の魔法なのに、それをスキルに落とし込むだなんて、どれほど高度なスキルなのだろうか。


「悲しいことだ、その歳でその見識。君はどれほどの地獄を見てきたのか」


 ……アンドーブ先生は、ミリアの素性に気づいているのかもしれない。

 この世界にきて知ったことがある。

 それは、真剣な戦いは、己の情報をさらけ出してしまうということだった。


 今の俺には、ミリアのことが以前よりもよくわかる。

 アラドのことだって、ゲームでの知識だけだった最初よりも、今の方が理解しているつもりだ。いやあいつは、より邪悪だと認定することになったわけだけど。


 ミリアは違う。

 闇の中でもがいてる少女、それが彼女の本当の姿のような気がする。

 俺は思うのだ、本当は彼女が光を求めているのではないかと。でなければ、なぜこの戦いを喜んだのか。戦唄で高揚したのか。説明が付かない。

 絶対に、俺の秘密を探れるという理由だけで、この試合を喜んだのではないはずだった。


「行きますよ、アンドーブ顧問!」

「来たまえ! アクセルワールド!」


 二人の戦いがまた始まった。

 さっきはミリアの体術に惑わされて攻撃を受けていた先生が、今度はミリとも言えるギリギリで彼女の攻撃を全て避けている。


「見えるよミリアくん、君の動きが全て。加速した時間な上に、初見ではなくなった君の動き、全て見切ってみせよう!」

「くっ!」


 加速した時間の中で見る彼女の技は見切りやすいのだろう。ギリギリで避けているのは、むしろ余裕の表れだ。

 くそう、これでは最初の戦いと同じ、俺は戦力外だ。なにか、なにかないか。


 俺は武錬場見渡した。

 周囲は人垣、剣練会の人たちが変わらず戦唄を奏でている。

 その間に、見学者たち。リーリルとメルティアが俺たちを応援してくれていた。


 芝の上には、弾け飛んだアンドーブ先生の衣服。

 まさか自ら破っていくとは。ベルトの入れ替えはもう通じない。……ベルト、ベルト?

 俺はふと、床に落ちているアンドーブ先生のベルトをもう一度サーチし直した。


『盗賊SKILL:IDENTIFY ITEMアイテム鑑定成功』

『アンドーブ先生の腰ベルト:マッチョ角刈り、眉毛が長いアンドーブ先生。ある種の人好きされる容姿だが、ちゃんと既婚者。むしろ女性に弱めでお色気攻撃が有効なことは知られていない。そんな先生の、革製腰ベルト』

『ID取得:BE17 28AB 165D 6CC9』


 ああそうか、その手があった。

 だけど今の俺に、いけるか? いや。

 いけるか、じゃない、いくんだ。戦うんだ、誠志郎!


「ミリア! 一度距離を取れ!」

「――――!?」


 俺の声に気づいたミリアが、指示通り距離を取る。


「なんだセイシロ、良い策があるのか」

「あるとも!」


 アイテム交換! ミリアのベルト!


 ミリアのベルトが切れたベルトと交換され、スカートが落ちた。

 パンツが丸見えになる。薄黄色の布地に水色リボン。


「ぬぬっ!」


 アンドーブ先生が、目を見開いた。


「いいいい、いかん! いかんぞミリアくん、それは破廉恥だっ!」

「えっ、あっ!? なんだっ!?」


 ミリアが手でパンツを隠そうとする。

 先生、だけどそんな程度じゃ終わらせませんよ!?


「アイテム交換! アイテム交換! アイテム交換!」


 思わず口から声が漏れた。切れたベルトを回収し、リーリルとメルティアのベルトとそれぞれ交換する。


「きゃっ!」「なんやっ!?」


 水色パンツに桃色パンツ。スカートが落ちて露わになる。


「むおおっ! なんだ、なにが起こっておる!?」


 まだまだだ、アンドーブ先生!


「アイテム交換! アイテム交換! アイテム交換!」


 見学の女生徒たちのスカートを端から落としていく。みんな、パンツを見せろ!


「イヤッ!」「えっ!?」「きゃーっ!?」「はわわ!」「もーなにこれ!?」


 色とりどりの、布たち!

 アンドーブ先生が鼻血を出した。先生はお色気攻撃に弱い、ならば徹底的にやってやる!


「ふぬうううううううーっ!」


 顔を真っ赤にする先生。

 俺もまた、鼻血が出てる。だがこれは、一気にバグ技を使おうとし過ぎたからだ。だが俺は続ける。処理能力の限界を超えて、武錬場中の女の子のパンツを!


「どうだ先生、この攻撃はっ!」

「君が、君がこれを……!? セイシロ君!」

「ミリア、今だ! やってしまえ!」

「あ、ああ!」


 ミリアが走った。蹴りから入り、打拳に繋ぐ。

 よし先生はガードしている。効いているんだ、お色気攻撃が。


「アクセル……ワールド!」

「ミリア、木剣で叩けっ!」

「わかったっ!」


 先生は、後ろに飛んで避けようとした。余裕がない先生は、ギリギリでなく大きめに木剣を避けようとした。だがそこに!


「アイテム交換ッッッ!」


 ミリアと俺の木刀を入れ替える。折れていたはずの木刀が、長い木刀に変わる。つまり。


「リーチも、伸びる!」


 ビビビー! と、武錬場のブザーが鳴った。それは、本来なら試合者の誰かが致命傷を受けたという証。セーフティ機能が働いた証。

 伸びたミリアの一撃が、逃げようとしたアンドーブ先生の頭を捉えていたのであった。



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決着ッッッ!

バトルに三話も使ってしまってフォローが外れまくらないか心配な作者をフォローや☆で安心させてください!うおお!

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