第17話 魔法工芸品

 ミリアと俺の間で、一定のラインが引かれた。

 俺がミリアの正体を明かさない代わりに、彼女は無為にリーリルを巻き込まない。これらはなんの保証もない協定だが、互いの損得に裏付けられた縛りなのである程度信頼してもいいはずだ。

 あれから一週間、俺たちは友達をしながら毎日を暮らしていた。


「ようミリア、今日も部会か?」

「ああ。毎日身体を動かせる機会があるのはいいな、良いトレーニングだよ」


 彼女は剣練部に入った。

 学園の中では大きな部会で、顧問の教師も剣の達人だという。

 そのせいもあるのか、ミリアは実力を隠しているにも関わらず顧問に大きく評価されているらしい。あっという間に剣練部の中でツワモノという地位を築き、見学者が出るくらいファンを集めているのだった。


「トレーニングがメインなのか、情報収集がメインなのか」

「どちらも、さ。剣練部は学生の中でも粒よりの強さが揃っている、彼らはキミとアラドさまの戦いも良く見ているからね。色々と聞けて満足してるよ」

「お手柔らかに頼む」


 放課後。武錬場へと向かうミリアの後ろ姿を眺めながら、俺は廊下でリーリルを待っていた。教師になにか相談事があるとのことで、彼女はまだ教室で話をしている。


「セイシロ」


 と声を掛けてきたのはメルティアだ。


「ん、ああ。どうだリーリルは。相談とやらは終わったのか?」

「長引いとるぽい、あたしは部会があるから先に抜けてきてもーた」

「廊下で待っててとか言うから、すぐ終わる話だと思ったのに。なに話してんだ?」

「学園管理の魔法工芸品アーティファクト『呪い剥がし』を使いたいらしいで。例の小箱の多重プロテクトに『呪い』の類も見受けられるそうや」

「なるほどね」


 俺は頷いた。そうか『知識の井戸』絡みの話だったか。


「ほいじゃ、もう行かなあかんから」

「おう、頑張ってこい」


 メルティアは文化系の部会だと聞いた覚えがあるが、なんだったか。確か新聞部的な、調べものをしてレポートを校内に発表する的な活動をする部会だった気がする。


 しばらく窓の外を見ながら待っていると、難しい顔をしたリーリルがやってきた。


「おつかれ。なにか借り物をしようと思ったんだって? 首尾の方は――」


 と声を掛けるなり、彼女が溜息をつく。俺は苦笑いをした。


「芳しくなかったようだね」

「……そうね。メルティアから聞いたの?」

「うん。呪いを剥がす魔法工芸品アーティファクトを借りたかったとかなんとか」

「そうなの。だけど今、他所に貸し出し中らしくて」


 しかも他にも使いたい人がいるらしく、当分順番が回ってこないらしい。


 ガッカリしているリーリルと共に特別研究室へと向かい、今日も研究している彼女を見守る時間がやってきた。


「はぁー」


 しかしリーリルは、いつもの集中力はどこへやら。溜息ばかりついている。


「そんなに魔法工芸品アーティファクトを借りれなかったのがショックなのか?」

「それはそうよ。せっかくまた一枚、この箱の皮を剥けると思ったのに」

「順番を待てばそのうち借りれるんだろ? 他の解析をしてたらいいじゃん」

「わかってるわよそれくらい」


 ムスッとした顔で小箱に顔を向けるも、やっぱり「はぁー」。

 また溜息をついて、彼女は手のひらの上で小箱を回し始めた。


「どうにもならないか」


 俺が苦笑していると、研究室の戸が開いた。

 入ってきたのはメルティアだ。


「あーな、やっぱりヘコんどる」

「メルティア。部会じゃなかったのか?」

「部会やで」


 ニンマリと、どこか悪戯な顔で笑うメルティア。なんだろう?


「なーなーリーリル、良い話を掴んだんやけど」

「んー? どうしたのメルティア。そんな嬉しそうな顔して」

「呪いを剥がす魔法工芸品アーティファクトな? 個人で所有しとる人がおるで」

「えっ!?」


 けだるそうに小箱を弄っていたリーリルの顔が、パッと明るくなる。


「だ、誰!? 是非とも貸して欲しいんだけど!」

「おっとっと、急に詰め寄るなや。そんな近づかんでも教えるがな」

「はやく、はやく教えて!」


 メルティアは、リーリルの勢いに押されて苦笑しつつ。


「アンドーブ先生や、アンドーブ先生! ほら、剣練部顧問の!」

「え、剣練部顧問って、あの?」

「そう、あの『アンドーブ先生』や」

「えええええー!」


 なんだろう、ニマニマ笑ってるメルティアに困り顔のリーリルだ。

 どういう事態なのだろう。俺は横から問い掛けた。


「なんだい、その、『あのアンドーブ先生』、って」

「ははは。セイシロはこの学園に来たばかりやから知らんやろ、『変わり者』のアンドーブ先生」

「変わり者?」


 言われてハタっと思い出した。アンドーブ先生、そうか『あの』アンドーブ先生か。

 俺が思い出したことを、リーリルたちが声に出す。


「剣練部顧問、『変わり者』のアンドーブ先生。先生はね、なんでもかんでも剣の試合に結びつけるの」

「せやせや。先生なのに、学校の成績評価を剣の試合結果だけで決めちゃったりな」

「今の奥さんとの結婚も試合で決めたって言ってなかったっけ」

「言うとった言うとった。奥さんが先生から五時間掛けて一本取ったから結婚に至ったとかなんとか。あはは」


 メルティアが面白そうに笑った。

 そう、アンドーブ先生はこの学園の名物先生。ゲームにも登場したキャラで、物事を自分との試合結果で決めていく体育教師。


「笑いごとじゃないわよ! アンドーブ先生に『魔法工芸品アーティファクトを貸してください』なんて言ったら、絶対に『俺との試合に勝ったらな』とか言うに決まってるじゃない!」

「せやろなー」


 なるほどこれは面倒くさい。

 しかもアンドーブ先生って剣の達人じゃなかったか? 奥さん良く勝ったな、と言われそうだが、確か奥さんは策を練っていた。休憩時間にアンドーブ先生にお手製下剤入り弁当を食べさせて、ヘロヘロになった先生に勝ったのだと記憶している。


 俺がそんなことを思い出していると、なんとなく二人の視線を感じて我に返った。


「な、なんだよ二人とも。俺の顔になにか付いてるか?」


 リーリルが、パンと手を合わせて俺を拝む。


「ね、セイシロ! お願い!」

「な、なにを!?」

「私の代わりに、先生と戦って!」

「ええっ!?」


 いや待ってくれ。剣の試合だろ、剣の!?

 エクス・カリバーで強引に勝てるような勝利条件じゃない。ちょっとそれは、俺にも難しい。


「なに難しい顔しとんねん。こんなのセイシロが戦う他ないやん、頑張ったり?」

「いや無理。剣の勝負だろ? なんでもアリならともかく剣の勝負じゃ、俺勝てないよ!」

「なーんかあるやろ、いけるいける。この間の試合、あんたの底は知れんかった。為せば成るや!」

「なんでおまえ、そんなに俺を戦わさせたがるの!?」

「部会のテーマにしようと思うねん。セイシロ、こないだから人気あるやん? アンドーブ先生対セイシロ、これはウケる!」


 そういやこいつ、新聞部的なナニカだっけ。俺を新聞のネタにしようってか。


「断固断る! てか勝てなーい!」

「じゃあセイシロ、勝つ算段をせなな?」

「え?」


 メルティアが笑顔で人差し指を立てた。


「助っ人を呼ぶ」

「……助っ人?」


 俺は訝しげな顔を作ってメルティアの顔を見た。


「せや。セイシロが剣の素人っていうなら、達人の先生と一騎打ちじゃ勝ち目がない。なら、応援を頼む形で二対一のルールを飲んで貰えばいい」


 メルティアは、にんまり笑い、


「丁度ええでー。あっちも人気急上昇中、今度の部会紙はウケる!」

「いったいなんの話だよ」


 と俺が眉を潜めた、そのとき。研究室の戸が、また開いた。


「なるほど。そういう話で私を呼んだのか」

「ミリア!? どうしてここに?」

「そこのメルティアに呼ばれてたんだ、あとでここに顔を出してくれって」


 俺とリーリルがメルティアの方を向くと、ドヤ顔メルティアがそこに居た。


「どうやろか、ミリア。注文も満たしてると思うんやけど」

「ああ、問題ない。もちろん受けさせてもらう」


 頷くミリア。注文ってなんだ? 俺はメルティアに問うた。


「セイシロの戦い方を知りたいって相談されてたんや。アラド戦の噂を聞いて気になっとるんやて。これなら、特等席でセイシロの戦いを知れるやろ?」

「んが」


 俺は思わず仰け反ってしまった。

 ミリアの奴、まさかメルティアにそんなことを聞いていたなんて。

 良くないな、俺のバグ技が見切られてしまうんじゃないだろか。


 俺はこの話に反対の意を示そうとしたのだが。


「ありがとうセイシロ! 頑張ってね!」

「お、……おう」


 リーリルの向けてくる顔があまりにも嬉しそうだったので、つい頷いてしまったのだった。



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女の子の笑顔には……勝てない!


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