第16話 前哨戦
アルーシア学園には充実した食堂がある。
寮住まい生徒が多いので彼らへの配慮のためだなのだが、お陰で俺たちみたいな『通い組』もレベルの高いランチを気軽に味わえる。
「これは美味しいな……!」
一緒に昼食をとっていたミリアが唸った。
今日のランチメニューは白いパンに山羊の乳を使ったホワイトシチュー。チーズや、デザートにライチに似た果物までついていて満足度の高いものになっている。
「ふふ。この学園を案内するならまずはやっぱりこの食堂からよね、セイシロ?」
「リーリルの言う通り。ここの料理には俺も脱帽だしな、こんなうまい料理は元の世界でも食べたことがなかったくらいだ」
シチューにパンをつけながら俺は頷いた。
昼食どきだからというのもあるが、それでなくともリーリルはまずこの食堂にミリアを案内したに違いない。なぜなら彼女はここの食堂に思い入れがあるのだ。
「学園の食事には力を入れて貰っているってお父さま言ってたの。良い食事体験は生徒の教育にも良いからって」
「面白いことを言うお父さんだよな。食事が教育になるだなんて」
元いた世界ではたまに聞いたりする言葉だったが、きっとこの世界ではまだ珍しい思想に違いない。ゲームではさして描かれていなかったが、リーリルの父はよほどの文化人なのだろう。
「食事が教育……か。なるほど言われて初めて気づく、素晴らしいことを言う父君だね」
「ありがとミリア。理解してくれる人が増えたと知ったらお父さまも喜ぶわ」
「そりゃあね、こんな美味しいもので語ってくれるなら」
ふふ、と楽しそうに笑うミリアだ。
そんな彼女を眺めながら、リーリルは満足げな表情を浮かべた。
「気に入って貰えて嬉しい。ね、セイシロ次はどこにミリアを案内したらいいと思う?」
「そうだな。昼休みだからまだ部会の見学には早いし……」
「部会? それはなにかなセイシロ」
ミリアが食いついてきた。
部会、それはわかりやすく言えば部活動だ。大きな学校がたくさんある世界ではないので、学校同士で覇権を競う類の大会などはないが、その分学園内での大会が多い。
文化系の部会から運動系の部会まで、活動は多岐に渡る。
俺は部会というものを掻い摘んでミリアに説明した。
「面白そうだ。剣術鍛錬の部会などもあるのだろうか」
「もちろんあるわ。お昼は活動してないと思うから、放課後に案内するわね!」
「助かる」
その後、俺たちは他愛のない話をしながら食事を終えた。
昼はこれから武錬場を覗きにいこうかと決まったところで、リーリルが少し席を外すと言って中座した。要はおトイレだ。
彼女が居なくなったのは丁度いい、今朝の話の続きをしようと俺はミリアを見た。同じことを考えたのだろう、彼女と目線が合う。
「アラドの奴は屋敷で元気してる?」
「キミにやられたことがショックらしくてな、元気とは言えまい」
「それで、ミリアが刺客として送られてきた?」
「端的に言えば、そうだ」
俺たちはお茶を飲みながらにこやかに話した。
周囲から見れば仲の良い同士の談笑にしか見えないだろう。ミリアが肩を竦めながら笑ってみせている。
「なぜ刺客とバレた? 私のなりすましはそんなに稚拙だったかい?」
「とんでもない、全然わからなかったさ。普通なら騙されてたよ」
「つまり、キミは普通じゃないと」
俺はスマシ顔でお茶に口をつけたまま沈黙。
ステータス表示やエンカウントコールというシステム能力は、はっきり言って強い。この強みは他者に知られたくない。
「なるほど、なんらかのスキル持ちというわけだ。一般には知られていない秘匿スキルの類……キミは王族かなにかか?」
「そう見える?」
「いや、さすがに見えないな。だが」
ミリアもスマシ顔でお茶に口を付けつつ。
「相当の事情通であることは理解したよ。王族との比較話を疑問符もなく受け入れて応えてくれるなんてね」
「ミステリアスだろ?」
「そうだな」
この世界の王族は色々と一般的ではないスキルを使えるという設定だ。とぼけてもよかったんだが、ミリアの反応が見たかった。
今俺たちは自己紹介をし合ったのだ。互いに、この世界の裏情報を知りえる身だと。
これには「自分を侮るなよ」という意図がある。雑な力技での排除を封じ合った形だ、侮れない相手に雑な手段を用いる奴もいるまい。
「私の仕事はキミを暗殺するか、キミのスキルの詳細を調べることなんだ」
「どちらも困るなぁ」
「この様子だと、リーリルもキミのスキルの詳細は……」
「もちろん知らない。彼女から情報を得ようとしても無駄さ」
「困ったな。直接知る以外ないというわけだ」
ミリアはそういうと目を細めた。
『CAUTION! ENEMYS COME!』
視界に赤字。おいおい、ここでか!?
俺はポケットの中でナイフを握りしめた。いつでもエクス・カリバーを手にできるように用意をする。
ざわざわと生徒たちが昼食をとる食堂の中、俺とミリアの間でだけ、空気が圧縮されたような緊迫した空間が生まれた。俺は思わず目を見開きながら、ミリアの一挙手一投足に神経を集中させる。
テーブルを挟んだ向こうに居るミリアが、ピクリと動く。合わせて俺の身体もピクリと反応した。テーブルを飛び越えてくるのか? いや。
またピクリと動くミリア。テーブルをひっくり返す気だろうか? 俺の身体もまたピクリと動く。なんならこちらから動いた方がいいのかもしれない、椅子から少し腰を浮かす俺。するとミリアの表情が少し動いた。あちらも俺のことを観察している。
「驚いた……。見掛けより全然強そうだ、よく反応してくる」
エンカウント表記の赤文字が消え、ミリアから緊張感が抜けた。
俺は思わず大きな息を吐いた。
「勘弁してくれこんなところで」
「はは、すまない。お遊びがすぎた。だがキミ、実戦経験は薄いな?」
言い当てられた。驚いた俺は、吐いた息を思わず飲み込む。
「……どうしてそう思った?」
「ちゃんと反応はする。だが緊張しすぎだ、私たちは先ほど自己紹介をし合っただろう? 侮れない相手にそんな急戦を申し込んだりしないよ。キミは『戦闘への緊張』で一瞬それを忘れた」
グウの音も出ない。彼女の言いざまを、俺は苦笑いで肯定する。
「ミリアさん、優秀すぎません?」
「いや。優秀なのはやはりキミなのだ」
「うん?」
「私の攻撃を凌ぐ気満々だったろう、どれだけの自信なのかと驚かされた。一見弱そうなのに、キミからは受ける圧力が凄い」
彼女もまた苦笑い。
「底が知れないな、怖い怖い。やはり、ゆっくり調べていくのがよさそうだ。キミも、私の正体を吹聴したりはしないだろう?」
「ミリアがリーリルを巻き込まない限りは要らんことは言わないつもりだ。あんたはうまくバケてるよ。俺があんたは敵だと言っても、すぐには信じて貰えそうもない」
「キミとリーリルは、主従の関係であるには仲が良すぎるんだ。本来はもう少し距離を置いて、発言に重みを持たせるのがガーディアンとして良い姿じゃないかな」
俺たちはお茶を再び手にして、口にした。
「それ、助言?」
「いや、嫌味だ」
ひと仕切りの『会話』を終えたそのとき、リーリルがお手洗いから戻ってきたのだった。
「お待たせ二人とも。それじゃ、武錬場を見に行きましょうか」
「ああ。ありがとうリーリル、それじゃ行こう。ほらセイシロ立ちたまえ」
「はいはいっと」
俺たちは平和な食堂を後にする。
こうして俺とミリアの前哨戦は終わった。
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ちなみにシチューの肉は山羊です。食生活も(少なくともこういった上流の階級では)不自由ない設定の世界。だんだんと余裕が生まれつつある時代なのでしょう。なにせJRPGの世界観でもありますので、その辺は緩いです。たぶん貧困問題なんかはまだまだ抱えてると思うのですがw
面白かった、この先も読みたい、などなど。応援の気持ちをフォローや☆で伝えて下さいますと嬉しいです!よろしくお願いします。
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