第12話 ある朝の出会い

 ガタン、と大きく車体が揺れたと思ったら、馬車はその場で止まった。

 朝、俺とリーリルが学校に送られているときの話だ。


「どうしたんですか?」


 キャビンの小窓を開けて、前部に居る御者に確認をする。

 どうやら道のワダチに嵌まった際に、車輪が破損したようだ。リーリルにそれを告げると、少し肩を竦めて腕を組んだ。


「ついてないわね。直るのかしら」

「修理が終わるまで待つかい? 御者さん、時間は掛かるけど直せそうって言ってるよ」

「いいわ、ここから歩きましょ。今日の一時限目は魔法概論、遅刻してでも授業には出たいの」

「了解」


 思いがけず徒歩での登校となった俺たちは、林といえるくらいには道の両側に木々の生えた街中の一角を二人で進み始めた。


「道がぐちゃぐちゃね」


 昨日の大雨のせいだろう、土が柔らかかった。

 歩いていると、靴に泥がついて重くなる。


「歩きにくい歩きにくい、歩きにくーい!」

「おんぶしてやろうか? リーリル」

「それもイヤ」


 ピシャリと言い切られてしまい、俺は思わず口を一文字に閉じた。

 まあいいか、遅刻はもう確定だろう、ゆっくり行けばいい。


 今日はリーリルの都合で家を出るのも遅かった。

 馬車で急げば間に合う算段だったのだが、トラブルでこの有様だ。通学路だというのに、周囲には生徒が誰一人歩いていない。それだけ遅い時間だった。


「歩くのも大変だし、面倒事って重なるものねぇ」

「あるあるだな」

「これは、まだまだ面倒なことが起こる予兆かも」


 ふざけた調子で笑いながらのリーリル。だけど俺は笑えなかった。何故なら。


「リーリルには予言者の才能があったのか」

「え?」


 何故なら視界の中に、赤い文字で表示されていたからだ。


『CAUTION! ENEMYS COME!』


 お馴染み、敵が近づいているという注意報だ。

 どこから来る? 俺はマップを開き確認する。すると俺たちの後ろから、馬車が近づいてきていることがわかった。こいつか。


「ちょ、ちょっとなによ!?」

「いいから。敵だ、注意してくれ」


 リーリルを俺の後ろに隠す形で、馬車を待つ。

 逃げるよりは待ち受けた方が戦闘の開幕状態がいい。いつでもエクス・カリバーを手にできる準備をしながら、道の向こうを見つめた。馬車が見えてくる。


 ――おや?

 てっきり馬車が凄い勢いで強襲してくると思っていた。しかしそんなことはなく、ゆっくりと近づいてくるだけだ。


 ゴトゴトと、わだちに車輪を取られながら近づいてくる馬車。

 近づいてきてみれば、どうみても戦闘に耐えられるものじゃない。御者をステータスサーチしてみたが、別に悪者が偽装しているとかでもなく『職業:御者』の偽りなき者であるようだ。


 俺たちが軽く身構えながら立っていると、近づいてきた馬車が止まった。

 後ろのキャビンから降りてきたのは――、


「その制服、アルーシア学園の方々ですよね?」


 長い金髪でお淑やかそうな、制服に身を包んだ女の子だった。

 よく見れば馬車も気品がある。良いところの子女という感じだ。


 意表を突かれてしまい、目を丸くしてしまう俺。敵というから、荒くれ者が飛び出してくるのを想像してしまっていた。

 それでも気持ちを立て直し、返事をしていく。


「はい。そうですが、貴女は?」

「これは失礼しました。わたくし、今日付けでこちらの学園に入学するミリア・ツェーレンと申します」


 胸に手を当てて、礼をするミリア。俺たちも頭を下げた。


「よろしければ学園までご一緒にどうですか?」

「え?」

「あ、いえ。この道の手前で馬車が故障しておりましたもので……。あそこから歩いてきたのでしたら、お二方が遅刻しそうで困っているのではないかと思いまして」


 丁寧な説明には気品を感じさせるものがあった。

 この女の子が敵? 俺はステータスサーチを試みる。


名前:ミリア・ツェーレン

種族:人間

年齢:17歳

職業:学生

レベル:60

ステータス:良好


 普通に学生さんで……って、え! レベル60!?

 はい確定、これは普通じゃないです。どう見ても怪しい。敵だね敵。だって確か、盗賊団の頭がレベル50と少しだったよ!? 学生でこれは異常すぎでしょ!


 断ろう、と俺が口を開こうとしたとき、俺の背後から明るい声が発せられた。


「助かりますわ、ミリアさん。私はリーリル・ミルヘインと申します、こっちは付き人のセイシロ・トウドウ。申し出のほど、ありがたくお受けさせて頂きます」

「まあ! 貴女があのミルヘイン伯爵家の? これは光栄なこと、どうぞこちらへ。狭い馬車ですが」

「お邪魔いたします」


 笑顔で馬車に向かって歩き出したリーリルに、俺は小声で囁いた。


(お、おいリーリル)

(こんなお嬢さんが刺客なわけないじゃない。セイシロたら考えすぎ!)

「どうなさいました?」

「いえ、なんでもありませんわ。ほら、ご厄介になるわよセイシロ」


 言いつつ俺の制止も聞かずに馬車に乗り込んでしまうので、俺も慌てて乗り込んだ。リーリルだけを乗っけて走り出されたら困る……と思ったのだが、特にそんな気配もなく、緩やかに御者が言った。


「それじゃお嬢さま、出発してもよろしいでしょうか」

「はい、お願いします」


 こうして俺たち三人は、馬車に揺られ始めたのだった。



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ステータスサーチ便利すぎひん!?物語作るの大変なんやが!!(吐血

冗談ですわかってました。この世界でセイシロを騙すのは難しそうですねぇ。騙されにくいって、大きなアドバンテージですよね。

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