第11話 sideアラド

 彼、アラド・デア・ハインツがベッドから跳ね起きたのは朝も早くだった。

 まだ学園への登校時間には全然間がある。むしろ薄暗い時間だ。


 寝汗が凄い。あの試合以来彼は、毎日悪夢を見ていた。

 試合で負ける夢。嘲笑うように自分を見下ろしたセイシローの顔が、頭から離れない。

 アラドはベッドから起き上がりコップに水を注ぐと、一気に飲み干した。


「~~~~ッッッ!」


 声なき怒りが身体中に満ち、コップを床に投げつける。砕けたガラスが散った。


「誰か! 誰かいないか!」


 アラドが声を上げると、ほどなくして部屋のドアが開いた。

 入ってきたのは長い金髪のメイドだった。切れ長の目を伏せがちに、ベッドに腰掛けたアラドの前に立つ。


「お呼びで、アラドさま」

「見ろ! 手が濡れてしまった!」


 コップを投げる際に零れた水が手に掛かったのだ。自分の手をメイドの前に突き出す。

メイドは無言でアラドの手を吹こうとする。が。


「違うだろミリア」


 口の片端だけで笑い、ミリアの行為を制止するアラド。


「この水は、かの霊山アレフマズラから汲まれた命の水。それを下賎に賜ろうというのだ、ありがたく頂戴しろ」

「……はい」


 ミリアは跪きアラドの右手を取ると、濡れたその指にゆっくりと舌を這わせた。

 ぬたり、とした唾液にまみれていくアラドの手。夜灯に反射して、細い指がテラテラと光る。


「霊山に集まる命が溶けだしたと言われる水、飲めば寿命が延びると言われる水だ。舐める程度でも効果があろうよ」


 はは、とミリアを一瞥。アラドは跪く彼女のスカートの中に片足を突っ込んだ。

 スカートの中で、その足がもぞもぞと動く。

 ミリアは無表情のまま、指を舐め続けた。


「どうだ、気持ちいいか?」

「はい、アラドさま」

「ふん。おまえはいつもそうだな、表情をまったく崩さない。つまらぬ女め!」


 アラドはしばらく足を動かしていた。

 ミリアに指を舐めさせながら、彼女を弄る。


 ――が。


「~~~~ッッッ!」


 突然彼は立ち上がると、ミリアを蹴り飛ばした。


「もういい! おまえを見ていると奴を思い出す!」


 自分に恭順の意を示さない、あの男を。セイシロのことを。


「くそぅ、なんなのだあいつは!」


 調べれば元は盗賊の仲間だったらしいという。

 そんな雑魚が一人でリーリルを助け、盗賊団を壊滅させた。どういうことなのだ。

 そのうえ自分を公開試合の場で打ち負かし、生徒の前で恥を掻かせた。恥ずかしくて学園に行けないアラドなのだった。


「確かにスカウターでは奴のレベルは7だった」


 なのに、アラドは強さ以外のなにかによって負けたのだ。

 いつの間にか剣を交換されていたり、目に見えぬ壁のようなもので弾かれたり。


 それは奴のスキルによるものなのだろうか。

 だとすると、どんな特殊なスキルなのだろう。

 わからぬことには手を出すこともできない。


 アラドは手にした眼鏡スカウターを掛けると、ミリアを見た。

 彼女のレベルは60、アラド自身では到底敵わない相手である。だが、彼はそんな彼女を『権力』という牙により自由に扱える。これは快感であった。


「そうか、ミリアを使う……か」


 アラドは呟いた。砕けたコップの破片を掃除していたミリアのことを見て、目を細める。


「ミリア。仕事を言い渡す」

「はい。なんでございましょうアラドさま」


 掃除を途中でやめ、ミリアはアラドに身体を向けた。


「おまえ、学園に入学しろ」

「え?」

「俺の代わりに学園に通い、奴の、セイシロのスキルの謎を解け。おまえなら顔も良い、身体も良い具合だ、いくらでも奴を誘惑できるだろう」

「私が、学園に……」

「歳的にも申し分あるまい。家柄などは適当に作っておく、どこぞの子女として振る舞え。だが――」


 アラドは顔を歪めて笑った。


「やれる、と思ったならセイシロの奴を直接害してしまってもよいぞ。おまえの『レベル』ならばいくらでもそんなチャンスを見つけられるはずだ」

「わかりました」

「そうだ、おまえは俺の言うことを聞くしかない。弟のためにもな!」


 愉快そうに笑い続けるアラドを、変わらぬ無表情で見つめながらミリアは頷いたのだった。



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まさかのsideアラドからの新キャラ登場で新章です。

学園生活をもうちょっと書ければいいなーとか思ってるのですけど、予定は未定なのでどうなるかわかりません!書き溜めもほとんどなくなったのでここから先、皆さまの応援がダイレクトに響いてくるぽっくんであります!フォローや☆で支援よろしくお願いいたします!!

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