第10話 セイシロの決意

「おはよ、セイシロくん」「おはようございますセイシロさま」「おう、早いなセイシロ!」「リーリルさまもおはようございます」


 あの試合から三日。俺は一躍学園の有名人となった。

 それはもう、朝リーリルと共に当校すれば皆に声を掛けられるほどで、なんならリーリルよりも先に挨拶をされることもある始末。

 おいおい俺はお付きの身だぞ、リーリルより前に挨拶されると反応に困るからやめてくれ。


「おはようやでリーリル」

「よ、メルティア。今日はこの時間か」

「セイシロ、おまえには挨拶しとらん」


 ジロリと俺を睨むメルティア。

 まあ、たまにこういう奴もいるが気にしない。そのままに笑い掛ける。


「あはは。なんだよ、俺のことを認めてくれたんじゃなかったのか?」

「認めてるがな。ほれ、握手しよ」


『盗賊SKILL:DETECT TRAP罠探知成功』

 メルティアの手が赤く光っていた。


「また手の中にスライミーバ仕込んでるだろ?」

「ちっ」


 リーリルが笑う。


「セイシロ、ほんと悪戯に敏感よねぇ」


 そりゃあそう。メルティアやリーリル相手ならほぼ確実にDETECT TRAP罠探知が発動するからね。悪戯に引っ掛かりようがない。メルティアは悔しそうに唇を尖らせながら、スライミーバをカプセルに入れて仕舞った。


「そいや悪戯といえば」


 メルティアが話題を変えつつ俺の顔を見た。


「あの試合、セイシロに剣を悪戯されてたってアラド先輩言うてるらしいで」

「聞いたよ」


 今のアラドがなにを言っても聞く耳持つ者は少ないだろう。

 なぜなら試合結果を受けて、アラドの評判は地に落ちたのだ。


 幸い無事だったとはいえ、教師にまで手を上げたのがよくなかったのだろう。抑えが効かない性格なのが露呈してしまった。もともとアラドのことを快く思っていなかった男子生徒を中心に、ネガティブな評価が噴き出したのだった。


「アラド、あれから学校に来てないんでしょ?」

「せやな。吹聴してるのは取り巻き連中や。せやけど周りにはあまり聞く耳持たれてないみたいやな」

「ザマがないわね」


 リーリルが呆れ顔で肩を竦めた。俺も苦笑する。

 試合でアラドの評判がここまで落ちたのは嬉しい誤算だった。

 正直、俺自身の立ち位置を確保する程度のつもりで吹っ掛けた喧嘩だったのだ。俺に負けることでアラドの評価も下げられるとは思っていたけど、まさかあそこまで暴走するとはね。


 アラドはプライド高く、際の場面では我慢が効かない性格だから、あわよくばなにかやらかしてくれるかも、と思ってはいた。でもまあ、なんというかうまく行き過ぎた。


「これで、リーリルにもちょっかい出してこなくなればええんやけどな」

「当分は出してこないだろ。俺という手強い相手がいると認識しただろうしね」

「自分でいうなや!」

「いてっ!」


 俺の背中を叩くメルティア。

 リーリルがクスクス笑った。


「ありがとね、セイシロ。確かにこれでしばらくは安心かも」

「それに今回の一件で奴のターゲットはリーリルから俺に変わったと思うんだ。次に手を出してくるなら、俺の方にじゃないかな」

「確かに! よしセイシロ、その調子でリーリルの盾になり続けるんや。矢面に立ち続けといてな?」

「正面からそう言われるとなんかヤなもんだな!」


 リーリルとメルティアが顔を見合わせて笑った。笑顔は平和の象徴だ、これを俺がもたらしたと思うと、気分は悪くない。


 本当のことを言うと、アラドから狙われることになるのはイヤだった。

 そもそもアラドから身を守るために、リーリルのガーディアンとなった俺なのだ。それなのに、ナチュラルにこの選択肢を選んでしまったのは何故だろう。


 ガラーン、ガラーン。

 時を告げる学園の鐘の音が鳴った。


「しもた。遅刻になってまうで! 教室いそごリーリル」

「うん! セイシロもほら、なにぼんやりしてるの!?」

「え? あ、ああ!」


 促され、教室へと走り出す。

 こうして今日も一日が始まったのだった。


 ◇◆◇◆


 クラスに着くと、やはりここでも挨拶の嵐に見舞われた。

 リーリルのお陰でクラスでは元々認められていた俺だったが、試合からこちらは更に注目されている。


 授業が始まった。家でリーリルにこの世界の勉強を教わっていたお陰で、やっと少しついていけるようになったところだ。

 テストの成績はどうにでもなるが、実際の知識ばかりは勉強しないと誤魔化しが利かない。この世界でやっていく以上、勉強はやるに越したことがない。

 それに勉強をしていると、スキルを覚えられるらしい。


『GET A SKILL:|mathematical thinking《数学的思考》』


 ピコン、と、ほらまた覚えた。

 確かこれは論理思考の補助スキルだ。ゲーム的な役割は、気づけなかったはずの違和感に気づく手助けをしてくれるというもの。主に会話中の認識力に補正がつく。


 午前の授業を終え、昼食を終え、一日の授業が終わると、今日もリーリルは特別研究室に足を向ける。


 知識の井戸魔法の小箱を開ける為の研究だ。

 あいかわらず何冊もの本をいっぺんに開いている。摘みながらあっちを読みこっちを読み、今日は開錠の魔法なども試みているようだった。


 彼女の集中が切れるころを見計らって、お茶の用意をする。

 茶うけに甘味のクッキーも添えた。


「ほら、そろそろ休憩しろって」

「えっ、あっ!? ……ありがと、セイシロ」


 二人でお茶を飲んでひと息つく。これも最近はルーチンと化していた。このあと他愛もない世間話をして、またリーリルは研究に没頭するのだ。


「毎日大変そうだね、リーリル。進展具合はどうなんだい?」

「この小箱が作られた年代は解明できたと思うわ。聞いて驚かないでね? 大魔法時代のもっと前、前魔法時代だと思うの」


 んー、その辺の話はゲームの知識ではあまりよくわからない。

 ここで生活を続けていてわかったのだが、ここはゲームの世界だけど、世界はゲームの範囲を超えて広がっているのだ。ちゃんと歴史があり、人々がいる。


 当然といえば当然のことだけど、最初は気がつけなかった。

 ゲームはこの世界の一部を切り取っただけに過ぎないのだった。


「そうなんだ」

「そう! つまりこれはね……」


 興奮気味にあれこれ早口になっていくリーリルだ。

 だけど俺は知っている、その箱がここで開かれることはない。アラド父の協力がない限り、その箱は開かれない。これはゲームの知識。

 それをわかってて言わない自分に嫌気がさしながら、彼女に相槌を打つ俺なのだった。


「ふふ」


 と。突然リーリルが笑った。


「なに? どうしたの?」

「セイシロってホントなんでも知ってるみたいに見える」

「この世界には詳しいよ」

「もしかして、この小箱の開け方もわかる?」

「それは、わかんない」


 嘘じゃない。アラド父の協力で開いたことは知ってるけど、細かい描写はなかったしね。


「そっか、残念」


 言葉ほど残念そうではない顔で、リーリルは大きく伸びをした。


「ごめんね、こんな話ばかりで。面白くないでしょ」

「いやいいよ。真剣な証拠じゃん」


 俺も笑ってみせる。真剣な彼女を見ているのは、心地がいい。なにかに打ち込んでいる人は輝いてると聞いたことがあるけど、ほんとにそうだとこの世界にきて俺は知ったのだった。


「やらなくちゃいけない理由があるんだろ、リーリルには」


 答えを求めた言葉じゃなかった。

 俺はゲームを通して、彼女が小箱にこだわる理由も知っている。

 言いにくい話のはずだ、だから返事など求めてなかった。だけど。


「……うん」


 リーリルは頷いた。


「聞いて貰って、いいかな」

「あ、ああ」


 今度は俺が頷く。姿勢を少し正して、彼女の言葉を待った。

 彼女はお茶で口を少し湿らせてから、ゆっくりと喋り始めた。


「私ね、死んだお母さまに謝りたいの」


 知ってる。


「狸のぬいぐるみを買ってきてくれたお母さまに、『うさぎさんが欲しかったのに』って文句を言っちゃった。ぬいぐるみを投げつけてね、お母さま、寂しそうな顔してた」


 その頃リーリルの家庭は、父が忙しくて少しうまく行ってなかった。

 そのイライラを彼女は母にぶつけたのだった。


「お母さまはその日事故に遭ったわ。新しくぬいぐるみを買いにいく途中だったって」


 悲しそうというよりは、遠くを見る顔でリーリルは一人語っていた。


「私が最後にお母さまに掛けた言葉は、罵声なの。後悔ってこういうことを言うのね、悔やんでも悔やみきれなかった」


 そう。だからリーリルは小箱を開けることに固執している。

 なぜなら小箱『知識の井戸』の中には、死者と話をする方法も眠っていると伝えられているからだ。

 彼女はそのことを俺に告げると、ギュッと拳を握りしめた。


「絶対この箱を開けてみせるわ。そしてお母さまに、謝る。ごめんなさいっていうの。ありがとうっていうの」


 きっと心の重荷だったに違いない。喋り終わった彼女は、少し穏やかな顔で一人頷いた。


「……言えるよきっと」

「うん。ありがとね、セイシロ」

「ん?」

「聞いてくれて」

「いや、話してくれて嬉しいよ。そりゃあアラドなんかに邪魔されてる暇はないよな」


 本当は少し叱りたい。急がなくてもいいじゃないか、危険を冒してまで学園に登校する必要はあったの? と。

 だけどわかってしまうのだ。彼女にはその必要があるのだ、と。

 リーリルは一刻も早く、母君に詫びたいのだ。今の彼女の行動は、全てそこに集約されている。

 だから俺は、ちょっぴり困った顔で笑ってみせるだけに留まる。


 俺はリーリルにお茶のおかわりを出すと、クッキーをひと齧りした。

 願いが叶うといい。

 そうだな、ゲームではアラド父の助けを借りないと成せなかったことだけど、探せば他のルートだってあるかもしれない。この世界は、俺が知っていることばかりじゃあないのだ。なにが起こっても不思議はない。


「異世界転生か……」


 今さら気がついた。

 俺はリーリルを守りたいと思っていたのだ。守ることにやりがいを感じていたのだ。彼女を助け悪役ヒロインへの道を断ち、一緒に平穏への道を探していくのも悪くないと思っている俺がいる。

 この世界に転生した俺は、なにかやりがいあることをしたいと思っていた。それが見つかりつつあるのかもしれない。


「ん、なにか言った?」

「いや、アラドの奴、休んでなにしてんのかなってさ」

「またロクでもないことを画策してるんじゃない? 注意しましょ、セイシロ」

「ああ」


 俄然やる気が湧いてきた。

 俺はリーリルを守る。それは誰の為でもなく、俺の為。


 この世界で俺は生きる。その覚悟が、ようやくできたような気がしたのだった。



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ようやくお話がひと区切りという感じであります。ここまでお読み頂きありがとうございました。

この先も読みたいな、面白かったな、などなど。フォローや☆で応援して下さいますと嬉しいです。やる気注入されます。みょいんみょいん。


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