第9話 『CAUTION! ENEMYS COME!』

 その日は朝から快晴だった。

 雲一つない空の中、太陽が西日になり掛かったこの放課後。アルーシア学園内にある大武錬場にて俺とアラドの公開試合が始まろうとしていた。


 大武錬場の大きさは、わかりやすく言えば高校の体育館程度か。

 二層建てで、下が芝床の武錬場、上は周囲から下を見下ろす形の見学場になっている。


 この日は上にも下にも、生徒が多く集まっていた。

 アラドの女性人気と、突然リーリルのガーディアンとして学園にきた俺への興味が、相乗効果として現れた結果だろう。

 試合を前にした生徒たちの興奮気味の声が、ざわざわと大練武場を満たしていた。


 一層。俺とリーリルが試合の準備をしていると、メルティアが顔を出す。


「ほらセイシロ、頼まれたモノ持ってきたで」

「助かるよメルティア。さすが大商家の一人娘」

「アラド先輩が持つ魔剣『フログラス』に似せた折れかけの剣に、袋入りの木剣」


 横にいたリーリルが不思議そうな顔をした。


「フログラスに似せた剣?」

「せや。しかも折れる寸前に細工してくれいうんやで? どうするつもりなんや」

「まあまあ、見てのお楽しみ」

「まーたセイシロの秘密主義」


 とリーリルがふくれっ面で練武場の向こうを見た。そこではアラドがフログラスを鞘から抜いて試し振りをしている。メルティアは溜息を一つ。


「本物はごっつい魔剣やで?」

「知ってるさ」


 袋入りの木剣の方は背負いながら俺はニッと笑う。

 この勝負は魔法やスキル技の使用もアリのフリースタイル。大抵のことは「スキルです」で誤魔化しが効く。


 どんな技を使ってもいいのだ。致命傷は武錬場全体に掛かっている保護魔法により回避できるし、魔法などの観客への暴発も魔法障壁で防いでくれる。気にせず戦え、というのがこの学園のモットーなのだった。


 剣を振ってみた。うん、片手で振れる。

 この肉体は意外に優秀だ。少なくとも体力や筋力の面で不満を感じたことは今までない。それに剣技も多少は習得しているようで、ほとんど剣を触ったことがない俺なのに軽やかな取り回しをすることができた。


 アラドがこちらを見ていた。

 目があうと、フン、と馬鹿にした顔で口元を歪める。

 まあいい、IDを取得取得。


『盗賊SKILL:IDENTIFY ITEMアイテム鑑定成功』

『魔剣フログラス:ハインツ家に伝わる魔剣、今はアラドの持ち武器。使い手の身体能力を向上させる。強きものが持てば鬼に金棒だが、この世界には鬼も金棒も存在しないので誰もそんなことは言わない』

『ID取得:DDC7 AB42 F851 693E』


「セイシロ」

「うん? なんだいリーリル」

「解ってると思うけど、聖剣でアラドを消し去ったりしちゃダメよ」

「そんなことしないよ。他の手で勝つさ」


 普通に勝つさ、とは言わないでおく。普通にやったら負けるし。


「わかった、信じる」


 信用を裏切る気はない。この戦いに持ち込んだのは一つの思惑があったからだ、その為にも、俺はアラドに屈辱を与えて勝たねばならない。


 それは誇示牽制。

 こちらの陣営に『俺』という手強いガードが居ると認識させて、リーリルに手を出しにくくさせる為。俺は今、バグ技を有効活用する為に様々なアイテムIDを集めている。ある程度、手段が揃うまでは手を出して欲しくないのだ。

 エクス・カリバーは万能だが、荒事以外では使えない。日常的な探索や情報収集ではうまく動けないのが今の俺だった。


「両者、準備はいいかね?」


 立ち合いの教師が双方に訊ねる。俺は頷くと、リーリルとメルティアを下がらせた。


「いってくる」

「リーリルのガードに足るか、見せてもらうで」

「頑張ってねセイシロ」


 背中越しに手を振りつつ、大練武場の中心まで歩いていく。

 すると大練武場の中が一層沸き立った。応援は主に女性とによるアラドへの声援だ。だが男子生徒はあまり積極的に奴の応援をしているわけではなさそうだった。


「見てろよ、男子生徒たちを沸かせてやる」


 俺は笑った。

 そのまま進んでいくと目の前にアラドが立っていた。奴は俺と目を合わせると、肩を竦めて笑う。


「まさか本気で武錬場に立つとはね、驚きだよ。なにか言い訳でも考えて逃げ回ると思っていたのだが」

「よく言い訳を使うのはおまえだろ? アラド」

「なに?」

「魔具『スカウター』、おまえが掛けてる眼鏡の正体だ。相手の強さが大雑把に『レベル』という形でわかる魔法工芸品アーティファクト


 俺は目を細めて、挑発的に笑ってみせた。


「自分より強い奴にはなんだかんだ言い訳をして立ち向かわず、確実に弱い奴しか相手にしない。それがおまえの正体だ」

「き、貴様……」


 アラドが憤怒の形相で俺を睨みつけてくる。


「それが学園無敗の秘密だろ? アラド。俺はこの世界に詳しいんだ」

「そ、それだけでこの学園で行われる武錬会の覇者になれるわけなかろう!」

「あんたが勝てるツワモノは、侯爵家の息子さまだからとあんたに忖度してくれる奴だけさ。わかってるんだろ? 負かしてオギャられたら親に迷惑を掛ける奴には勝てる」

「お、オギャ……!?」


 頬をヒクつかせて、俺を睨んでくるアラド。


「赤ん坊のようにパパに泣きつかれたら困るからな。ばぶばぶ、パパー、あいつボクのことを叩いたよー! どうにかしてー! ってよ」

「ぶ、無礼者が!」


 ぜーんぶ知っている。おまえの事にだって俺は詳しい。

 傲慢でプライドが高く見栄っ張り。

 だからこれだけ挑発すれば。


「許さんセイシロ! 先生、開幕の合図を!」

「あ、ああ。そうだなアラド君。……両者、離れて!」


 俺たちは十メートルの距離を取った。

 魔法アリ、スキルアリの戦いだ。人によっては開幕距離がある程度ないと話にならないこともある。公平を期すための開幕十メートルだった。


「試合、開始!」

「スキル『影縛り』!」


 開始直後、アラドが叫ぶ。俺はジャンプして影縛りを避けた。


「なっ!?」


 驚きの表情を浮かべるアラド。


「なぜわかった!」


 驚愕を隠せない声だった。

 それはそうだろう、その技はこれまで学園で使ったことがないはずだ。

 奴が本気で怒ったときにだけ使う初見殺し技、それが影縛りなのだ。

 相手の影で相手の足を縛り、動けなくするスキル。簡単な対処方法は、タイミングを合わせたジャンプだった。


 俺はテストプレイで本気アラドと何度も戦っている。だからわかった。そして怒らせれば、きっと攻撃パターンが同じになると思っていたのだ。

 そういう意味で次に来るのはファイヤーボール。

 ほら飛んできた。予想していた俺は余裕を持って避ける。


「次、おまえは自分にフログラスから身体強化を受ける」

「『身体強化』っ! ――はっ!?」


 言い当てられたアラドが怒りに燃えた目で俺を見た。


「き、貴様……!」

「俺はなんでも知っているぞ」

「吠え面かかせてやるっ!」


 剣を構えたアラドが猛突進、フログラスからの強化を受けた奴は風よりも速くこちらに走ってくる。――よし、ここだ!


 バグモード発動、アイテム入れ替え!

 俺はアラドの剣と俺の剣を入れ替えた。


「うあっ!?」


 走っていたアラドが転ぶ。

 フログラスの持ち主が変わったことで、身体強化が切れたのだ。突然の能力ダウンに走りのバランスが崩れた結果である。

 ゲームでは、アラドの手からフログラスを弾き飛ばして拾うことが攻略法だった。

 俺はアイテム交換のバグ技を使えるから、その点は造作ない。


 奴が態勢を整える前に、本物のフログラスを振り下ろす。

 アラドが剣で俺の攻撃を受けとめた。


「くっ」


 だがその剣は。

 ――ガキイィィィン!


 強烈な金属音と共に、アラドが持つ剣が折れた。そのまま俺は、アラドの首筋向けてフログラスを振り抜く。


 ビビー! 会場全体にブザー音が鳴り響いた。これは今、アラドが致命傷を負ったであろうことを示すブザーだ。俺の剣は奴の首元で止まった。致命傷を与えないよう、武錬場の保護機能が機能した結果だった。

 あっという間の出来事に、武錬場内が静まる。


「……しょ、勝者、セイシロ!」


 先生のコールが静かな武錬場内に木霊したのだった。


「バカな……、フログラスが折れるだなんて」


 手にした剣を見つめ、呆然と膝をつくアラド。

 しかしその間に、交換時間が切れた。奴の手の中に、本物のフログラスが戻る。


「な、なんだ!? 折れたんじゃなかったのか!?」


 俺の手には折れた偽フログラスが戻ってきた。それを見たアラドが目を見張る。


「き、貴様いったいなにをした!」

「秘密。わざわざ明かしてやる義理はないね」

「ひ、卑怯だぞ!」

「卑怯もなにも。スキルも魔法もアリのルールだったろう? 先生、もう一度勝利のコールをお願いします」


 俺がそう促すと、先生はアラドのことを気にしつつも、勝利コールをしてくれた。


「勝者、セイシロ!」


 静かだった大武錬場内が、ざわざわと騒がしさを取り戻しつつあった。


「なにしたんだ、あいつ」「スキル技なのか? それにしても、どんな?」「アラドに勝ったのか、あのアラドに?」「一瞬だったな」


 パチ、パチ、と。

 最初はまばらだった拍手が、次第に大きくなっていく。俺が手を上げると、拍手と声は絶頂に達した。


「すげえー!」「やるじゃん転入生!」「アラドに勝つなんて!」


 主に男の声ばかりだったが、その声は武錬場を揺るがすほどだった。

 リーリルとメルティアが走ってきた。


「やったわねセイシロ!」

「どういう手品や、種明かしせーや己!」


 二人とも笑顔だ。メルティアが俺の背中をバンバン叩く。

 嬉しさがやっとこみ上げてきて、俺も笑う。


「秘密、職業上の秘密ってやつだな」

「ちょっとだけでいいから、な? おしえてーな!」

「質問はマネージャーを通してでお願いシマース」


 拍手が巻き起こる中、俺たちはふざけあい、笑いあった。そのとき。


『CAUTION! ENEMYS COME!』


 赤い文字が視界に浮かび上がった。


「納得できるかーっ!」


 アラドが叫んで立ち上がる。剣を振り上げながら、こちらに向かってきた。


「アラド君!」


 審判の先生が止めようとするが、振るわれた剣を腹に受け、うずくまってしまう。

 見学の女学生たちが、「キャー!」と悲鳴を上げた。


「大丈夫! 武錬場の保護機能が働いてるはずだ!」


 突然の凶行にパニックとなりかけた会場の客に、俺は声を上げた。

 傷は深くないはず。打撃で気絶しただけだろう。


「教師に手を出すなんて、やりすぎだアラド」

「許さないぞ、卑劣な手で僕をコケにして……!」

「だからなんでもアリだったはずだって」

「うるさい!」


 走ってくるアラド。

 俺はリーリルとメルティアから離れた。巻き添えにするわけにはいかない。


「死ね、セイシロー!」

「最悪だな、おまえ」


 俺は背負っていた木剣を、袋に入れたまま手に取った。

 バグモード発動、アイテム入れ替え!


 アラドが振り下ろしたフログラスが、弾かれる。

 袋の中の木剣をエクス・カリバーと入れ替えたのだ。防御+5000のフィールド効果で、アラドごと弾いたのだった。


「もう、勝負は!」


 フィールド効果の光で、アラドを押す。


「ついただろ! 往生際の悪い!」


 俺がアラドに向かって歩くと、アラドがフィールドにドンと押される。


「わ、わわわっ!?」


 情けない声を上げながら、バランスを崩して芝の上に転がるアラド。

 俺はさらに前へと歩いた。


「はい、そこ退いて、前にいる人、どいてー」


 道を開けてもらいながら、前へと歩く。ドン、ゴロゴロ、ドン、ゴロゴロ。弾かれたアラドが床を転がり続ける。


「うわあぁぁあーっ!?」

「おとーさんに教わらなかったの? ルールは守れって。なに教わらなかった!? それはお父さんの教育が悪いね!」

「ああぁぁああぁぁあーっ!」


 パニックになったアラドを転がしながら、やがて壁際に追いやる。

 壁と防御フィールドに挟まれて、アラドが苦しげな声を上げた。


「ぐぎゅうぅぅう!」

「俺が教育しなおしてやるよ!」

「ぐええぇぇえーっ!」


 一定以上アラドを押し潰すことはできなかった。武錬場の保護効果なのだろう。それでもカエルを潰すように(潰したことないけど)俺がアラドを圧迫していると、やがてアラドの首がカクン、と垂れた。


 同時にエクス・カリバーの効果が切れる。袋の中で木剣に戻ったのだろう。

 バタンと床にうつぶせるアラド。俺は倒れたその背に声を掛けた。


「リーリルを危険な目に遭わせやがって! おまえの負けだ、アラド」


 再び、歓声と拍手が武錬場に巻き起こった。

 今度はその中に、女生徒の声も混ざっている。俺は今度こそ勝利を手にしたのだった。



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聖剣無双。

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