第8話 アラド・デア・ハインツ
授業も終わり、放課後になった。
この時間になるとリーリルは、毎日『特別研究室』に入り浸る。
さして広くもない部屋に、本が散乱していた。
机の上、椅子の上、床の上。開きっぱなしの本が所狭しと並んでいる。
「いつも熱心だなぁ、リーリル」
「んー」
聞いてない。本を開きだすと、周りのことが気にならなくなるタイプなのだ。
彼女は今、
「どーせ開くわけないよ?」
「んー」
ゲーム本編をプレイして知ってるからね。
知識の井戸が開くのは、リーリルが攫われた先でアラドの父親に会ってからだ。そいつの力を借りて、ようやく開けることができるアイテムなのである。
彼女だけでは開けることができないのだ。
「暇だよリーリル」
「……」
ついに返事すらしなくなった。
集中力が極み状態なのだろう、ステータスが物語っている。
名前:リーリル・ミルヘイン
種族:人間
年齢:16歳
職業:学生(ハイデル領主の娘)
レベル:4
ステータス:良好・無我
すっご。なんだよ「無我」って。どこかの達人か? 集中力ありすぎぃ。
この状態になると頬っぺた引っ張っても気づかれないのは先日試し済みな俺である。
エッチな悪戯もできちゃいそうだが、やらない。
なにせ彼女は俺の雇い主、ご機嫌損ねたら解雇されちゃう。こう見えて紳士な俺なのだ。おっとペンを落としてしまった。拾わないと。
屈んでペンを取ろうとテーブルの下に潜った俺の目に、淡い水色の布が映った。
「うお」
リリリ、リーリルのパンツ。
無我状態の彼女は軽く足を開いて椅子に座っているので、この視点だとモロに見えてしまう。こ、これはイケナイ、見るな俺、紳士な俺。視線を逸らしていけ。
『盗賊SKILL:
『リーリルの水色パンツ:乙女の秘密。リボンが可愛くてフローラルの香り。このテキストを見ているあなたはエッチマン』
『ID取得:AFED 1DCA B00B 89C5』
うおおお、なんで鑑定しているんだ。冷静になれ冷静に。深呼吸。まずは汗を吹け。このハンカチで。
バグモード発動、アイテム入れ替え!
ふう、落ち着け落ち着け。……って! なんで俺、リーリルのパンツで汗吹いてるの!?
広げたパンツはホカホカで、まだ彼女のぬくもりが残っていた。
いやあああ! 俺の中のエッチマンが怖い、無意識に行動しちゃってるぅぅぅっ!
俺のこの肉体は生前の俺と比べてまだ若いから、肉欲に従順なのかもしれない。本来の俺は、もっと紳士で!
「テーブルの下でなにしてるの、セイシロ?」
「なにって、……え?」
リーリルがこちらを覗き込んでいた。集中が切れたのだろうか。
目が合う。その後リーリルの目は、俺が広げていた水色の布に向かっていく。
「…………」
「…………」
バッと、勢いよくリーリルがスカートを抑えつけた。
「なにしてんのよセイシロ!」
「なにって、え、なんだろ?」
俺にも自分のしたことが理解不能。俺こんな奴だったっけー!?
「それ、わわわ私の……!」
リーリルの顔が真っ赤っか。さもありなん仕方なし。
「きゃああああーっ!」
本が飛んでくる。たくさん飛んでくる。俺はテーブル下から飛び出した。逃げようとするが追い打ちされてしまう。ゴツン! あ、本のカドが当たるとかなり痛い。やめてくださいリーリルさん、投げないでそれ凶器だから!
「よく見て! 誤解だよリーリル、よく見てこれハンカチ!」
「えっ!?」
よし時間切れ、アイテムが元に戻った。今俺の手の中にあるのはパンツではなくハンカチだ。
リーリルが俺の手にあるハンカチを凝視した。よし追い打ちだ。
「なにと勘違いしたんだ」
ちょっとわざとらしくとぼけてみせた。赤かったリーリルの顔がさらに真っ赤になっていく。
「いや、そのあのっ!」
「このハンカチ水色じゃないだろ? 白だ、白。よく見ろって」
「う、うん。ごめんなさい」
リーリルがしょんぼりうつむいた。ふう、どうやら『誤解』は解けたようだな。
「まったく。本を投げるなんてはしたないぞ、ガーディアンの身として嘆かわしい」
「…………」
「反省したなら、これからはもっとお淑やかに――」
「水色?」
目を細めるリーリル。
「なんで知ってるの?」
俺は汗をダラダラ掻く。
「テーブルの下でなにをしてるかと思えばーっ!」
「誤解だ、誤解! 見えてしまっただけなんだ!」
「エッチエッチ! このー!」
また本が飛んでくる。痛いカドが痛い、たすけてー!
ガチャリ。そのとき教室の戸が開いて誰かが入ってきた。
「賑やかだね、リーリル嬢――うっ!」
入ってきたのは亜麻色ショート髪のくせっ毛美男子、アラドだった。
その腹に重そうな本がストライク、押さえてうずくまる。
「きゃあ、アラド様」
投げかけの本をテーブルに置き、驚き顔のリーリルがアラドに駆け寄った。
「大丈夫ですか、申し訳ありません」
「は、はは。お転婆だね、リーリル嬢。でも元気そうでなによりだよ」
お腹をさすりながら立ち上がるアラド。
リーリルが済まなそうな顔をしてるのも芝居ではあるまい。
「座ってもいいかな?」
「え……、あ、はい。もちろんです」
二人はテーブルを挟んで対面で椅子に座った。
俺は人数分のコップを用意して、水筒からお茶を用意することにした。
「研究は、進んでいるのかい?」
「それがなかなか」
「そうか……。先日実家に戻ったのだが、父もリーリル嬢の研究を耳にしてたようでね」
「あら、これはお耳汚しを」
二人にお茶を出して、俺はリーリルの斜め後ろに立つ。
同じ学生といえど相手は侯爵家嫡男、お付きの身で席を同じくするわけにもいかないだろう。
「いやいや。むしろ逆でね、父は大いに興味を持ったようでしたよ。ミルヘイン家に伝わる
「古代文明に一家言ある侯爵さまに注目して頂けるなんて光栄です」
「いつか、是非ともお会いして話を聞かせて欲しい、とのことでした」
「機会があれば、ぜひ」
「ありがとう。父も喜ぶよ」
二人は同時にお茶に手を伸ばし、口を湿らせた。
お茶を置くとき、眼鏡に手を掛けたアラドが俺の方をチラと見る。
「……彼をガーディアンにしたんだね」
「はい。偶然ではありますが、良い出会いをしたものだと思っております」
「少々迂闊ではないかな、伯爵家令嬢ともあろう方が」
アラドはわざとらしく首を振った。
「どういうことでしょう」
「セイシロ君、だったかな。彼、出自が不詳らしいね。そんな怪しい者をガーディアンに任命し、この学園にまで登校させる……。治安を重んじるべき領主の令嬢として、あるまじき行動なのではないかと少し心配になってね」
「我がミルヘイン家が身元引受しておりますが、それでは不服だと?」
「申し訳ないが……」
目を細めて頷くアラド。
「何件か匿名の投書が自治会宛に届いてるようでね。歴史あるアルーシア学園に相応しくない者が居る、と。僕も自治会に所属する者、無視するわけにもいかなくて」
「それは……」
とリーリルの言葉も詰まる。
彼女のお陰でクラスにはすぐ馴染めた俺だが、全員が全員俺を認めているわけではないだろう。一部不満が漏れてても仕方はない。
「だいたい、本当に強いのかい? 正直、僕の目にはそう映らないのだが」
名前:アラド・デア・ハインツ
種族:人間
年齢:18歳
職業:学生・自治会所属(侯爵家嫡男)
レベル:15
ステータス:良好
ピッとアラドのステータスを開いてみると、レベルは15だった。
俺が今レベル7なので、倍以上の開きがある。奴の目から見て俺が弱く映るのも仕方があるまい。
「彼はガーディアンに相応しくない。リーリル嬢、キミを守るのは僕が適役だ」
誘拐の首謀者がなにを言ってんだ。
思わず呆れてしまう。こいつに舐められるのはイヤだな。こちとらレベルが低くても戦う術を持っているんだ。
ちょっとわからせてやりたい。ムズムズしてしまった。
なので俺は、無礼を承知で肩を竦めてみせた。
「試してみますか?」
「なに?」
「俺と力試しの試合をしませんか、と言っています。もし俺が負けたら学園を去りますよ」
「ちょっ、セイシロ!?」
驚いたのか、俺の方を振り向いて椅子から立ち上がり掛けるリーリルを、俺は制する。
「大丈夫だから」
「でも……!」
アラドは学園の武錬大会の覇者だ。奴に勝てば、俺のことを『学園に相応しくない』などと言う者も居なくなるに違いない。
「確かアルーシア学園では名誉を掛けた個人試合を推奨していたはずですね」
「……この僕に、試合の申し込みだと?」
アラドが俺を睨みつけてくる。
表向きは社交的で人当たりも良いが、本当の性格は違う。
傲慢でプライドが高い。
ゲーム通りなら、この手の挑発を無視できないはずだ。
「よかろう引導を渡してやる、負けた吠え面を見せてもらうとしようか」
こうして俺とアラドの公開試合が決まったのだった。
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次回!対アラド戦!
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