第7話 アイテム交換
ところで。
盗賊団のボスをエクス・カリバーでどこかに消し去って以来、俺はこの世界におけるバグ技の研究を地道にしていた。
俺の使えるバグ技は、アイテムのID番号を書き換えることで、短時間ながら同種アイテムの入れ替えを行えるというもの。
エクス・カリバーは生前たくさん利用したのでID番号を覚えていたけど、他のアイテムに入れ替えをしたかったら、対象アイテムの番号を調べないといけない。
この世界でどうやってそれを調べればいいのかな、と試行錯誤していたのだが、どうやらコマンドによるデバッグモードがあることに気がついた。
モードを発動して対象アイテムをじっと見れば、アイテムの管理ID番号がデータベースにプールされていくのである。
つまりこんな風に。
『盗賊SKILL:
『リーリルのテスト用紙:お利口さんリーリルの解答済みテスト用紙。字が綺麗』
『ID取得:EF05 17D2 0A9C BB87』
今は試験中だ。
皆テスト用紙を配られて、静かにペンを走らせている。
俺はこの世界の常識や勉強的なことはわからないので、テストでいい成績など取れるはずもない。だからこうやって、ズルをする。
(取得した管理IDを使って、もう解答し終えて裏返しにしているリーリルのテスト用紙を拝借、っと)
俺の答案用紙とリーリルの物を入れ替えて、答えを机に書き写す。
その後、時間が経つとバグ効果が切れるから、戻ってきた自分のテスト用紙にその答えを改めて書き写すのだった。
「セイシロさまは勉強もお出来になるのですね!」
「ははは」
数日が経ち、廊下に成績順位が貼り出されると、俺は女の子たちに囲まれた。
笑って誤魔化してみたけど、インチキの結果なので少し胸が痛む。
とはいえ以前の世界でこんな目に遭ったことがないので、浮かれてしまっても仕方ないよね?
廊下でワイワイキャッキャ。
女の子たちを前にデレデレしていると、リーリルに肘で脇腹を小突かれた。はうっ! 地味に痛い。
「なに鼻の下を伸ばしてるのよ」
「いや、その。……すみません」
ジトーっとした目で睨まれると何も言えない。
俺が素直に謝ったお陰か、リーリルはすぐに表情を柔らかく戻して、貼り出された順位表へと目をやった。
「でも、まさかこんなに高得点取るだなんて思ってなかったわ。成績のことは要らぬ心配だったみたい」
「勘弁してくれよなリーリル。テストで一定得点以下だと『お付き』は放校になるだなんて急に言われても困るよ」
「私も知らなかったのよ。でもこの成績なら今後も問題なさそうね」
ズルをしてでも得点を取ろうとしたのは、こういう理由からだった。
放校の憂き目に遭ったなら、ガーディアンが続けられない。ガーディアンが続けられなかったら、リーリルの元で俺の居場所はなくなってしまう。
するとミルヘイン家の庇護が受けられなくなり、俺はアラドに蹴鞠にされてしまうかもしれないという未来図が見えてきてしまうのだった。
「リーリル、ちょっとええか?」
「メルティア?」
横から現れたユル関西弁のメルティアが、リーリルの手を引く。
俺も彼女たちの後に続く。
「なに付いてきとんねん」
「俺はリーリルのガーディアンだからな」
いやそーな顔でこちらを見るメルティア。鉄の心でその視線をスルーしながら頑張って笑顔を作る。前世で社畜でもあった俺を舐めるなよー? 仕事はしっかりこなすぞ!
小さな教室に入るとメルティアは戸をしっかり閉めた。
神妙な顔でリーリルの方を向く。
「捕まってた盗賊団の残党な、あれみんな死んだわ」
「どういうこと!? 牢屋に入れられてたんじゃないの?」
「集団食中毒が発生した、って話になってる。勘弁なリーリル、アラド先輩の仕業っていう証拠を得る前に手ぇ打たれた形や」
いきなりなんの話だ? 俺はリーリルに確認した。
「メルティアの身内が牢の管理者にコネがあってね、捕まった残党からアラドに繋がる証拠を買い付けて貰おうとしていたのよ」
エクス・カリバーでどこかに消し去ったボスたち以外は、
そんな、生きた証拠でもある奴らが皆『殺された』と二人は言っているのだ。なんとも剣呑な話である。
「仕方ないわね、相手は侯爵家長男だもの、そういう工作はお手の物なのかもしれない」
「やっぱりこの世界、貴族ってのは法をモノともしないんだなぁ」
しみじみと頷いてしまった。
中世ヨーロッパを模した世界だけに、法倫理が行き届いてないに違いない。
俺が元居た世界以上に、権力が剣となるのだろう。
「なんや、引っかかる言い方するやんか。リーリルかて貴族さんやぞ?」
「あ、いや悪い。そういったつもりはなかったんだ」
「いいわよ。殺しはともかく、ウチだって多かれ少なかれ似たことしているんだろうし」
「まあ、せやなぁ」
メルティアが腕を組んだ。
目を細めながらも、当然という顔でリーリルの言葉に頷く。
「なんの為の権力か、っちゅー話でもあるやんな。チカラは使ってナンボやし」
「私たちが甘かったわね」
頷きあう二人の女の子。
カワイイ容姿でなんと物騒な話をしていることか。この世界はやっぱり怖い。
「アラド先輩、なかなか学校に出てきーひん思てたけど、後処理してたんやな」
「そういえばあいつ、この学園の先輩なんだっけ」
「せやで」
俺の方を向くメルティア。
「アラド・デア・ハインツ。侯爵家嫡男、親であるアムジア・デア・ハインツは若くして元老院の一員に選ばれた俊英やな。アラドもその血を引いているだけあって文武両道に秀でとる。女子なんかとっかえひっかえやのに、リーリルにまで手を出そうだなんて」
「許せないな!」
「オマエもやセイシロ! ウチの目が黒いうちはリーリルに手を出させへんからな!」
メルティアが俺を指さすと、リーリルが慌てた様子で両手を振った。
「そ、そーゆうのじゃないから! セイシロはただのガーディアン!」
「はーもう! はーもう!」
ズムズム、とメルティアが俺の脇腹に手の平を差し込んでくる。ちょっと痛こそばゆい。
「俺にツッコミ入れる場面じゃないだろ」
「全てセイシロに収束させてくで!」
初めて会った日からこちら、ことあるごとにメルティアは俺に突っかかってくる。
初日にはわざわざ小声で隠すように宣言してきたのに、今はもう周囲の目を憚らない。なんであのときは小声だったのかと問うてみたら、「あんな歓迎ムードの中で言い続けたらウチが悪者になるやんか」とのことだった。
俺はリーリルが闇落ちしたら命が危ないんで、必死になってるだけなんだけどな。
「ともあれ俺のことよりアラドのことだよ。粘着質なんだろ? あいつ」
「せやな」「そーね」
同時の返事。しかも即答かよ、どんだけ確信されてんだ。
「じゃあ、まだまだリーリルにちょっかい出してきても不思議ないんだよな」
「その為の貴方よ。もしなにかあったら守ってよね」
やっぱりガーディアンってのはそういう意味だったかー。
守るといってもなー、どうしたものか。確かに俺は、エクス・カリバーをいつでも使えるけど、まさかそれで侯爵家嫡男をどこかに吹き飛ばすわけにもいかないよな?
心配していると、メルティアがジト目で俺を見ていた。
「……なあリーリル、こいつホンマ強いんか?」
「盗賊たちを鮮やかにあしらう姿、メルティアにも見て欲しかったわよ」
「ほーん」
あからさまに疑わしそうな視線を受けて、あはは、と俺は頭を掻いた。
エクス・カリバー以外にも、役に立ちそうなアイテムのIDをステータスに登録しておかないとな。いざというときの為に。
そんな話をしていると、なにやら窓の外がキャーキャーとうるさくなってきた。
メルティアが窓から外の階下に目を向ける。
「お。きたで、噂のお方が」
俺も見る。
そこではアラドが、周囲の女の子と校舎に向かって手を振っていた。
手を振るごとに黄色い声が大きくなる。
「やあみんな、心配かけてしまったようだね!」
きゃー。
「家の用事で学園を留守にしてしまった、寂しい思いをさせて済まない! またしばらく皆と一緒に勉学に励めることを嬉しく思う!」
きゃー、きゃー。大歓声。
ゲームでそういう設定だったのは覚えているけど、こう目の前で見るとまた迫力が違う。学園中の女の子という女の子が、アラドに恋をしているんじゃないかと錯覚するほどだった。
「なんかムカつく」
思わず心の声が零れてしまった。
んー、許せない。なんか知らんけど許せない。嫉妬だよなこれ? おう嫉妬だとも!
ひがみなことは重々承知しながら、俺は自分の腰ベルトを懐から取り出したナイフで切った。そしてアラドの腰をじっと見る。
『盗賊SKILL:
『アラド先輩の腰ベルト:女学生に大人気アラド先輩。ベルトだからと言って侮れない、彼の物と知れれば女生徒たちが奪い合うことだろう。当然高級品』
『ID取得:BE18 22AA 05FD C66B』
バグモード発動! アイテム入れ替え!
俺は自分の切れたベルトとアラドの腰ベルトを入れ替えた。
「え?」
と外を見ていたリーリルが目を丸くする。
「わ」
メルティアも。
俺たちの視界の中で、アラドのズボンがズリ落ちた。
手を振っているアラドの下半身が、おまぬけにもパンツ丸出しになる。
キャアアアアアーッ! と黄色い歓声が一気にボルテージアップした。
「アラドさまのパンツー!」「かわいらしー!」「たべたーい!」
よくわからない声が渦を巻いて晴れた空へと昇っていく。
あれおかしいな? 恥をかかせるつもりだったのに、声援上がっちゃってない?
どんだけ女学生に人気なの。
……まずはあの人気をどうにかしないとな。そうじゃないとやりにくい。
見てろよ。あいつを人気者の座から引き摺り下ろしてやる。
俺は腕を組んで一人笑ったのだった。
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嫉妬も普通に原動力!セイシロは頑張る気満々のようです!ちなこの世界のパンツは現実のパンツに形や材質がほぼ同じです。なぜなら俺がそういうパンツが好きだからですね!
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