第6話 アルーシア学園
ミルヘイン家に招かれた俺は、まず当主のエイナス・ミルヘイン伯爵に礼を言われた。 翌日には、リーリルの口添えで彼女のガーディアンを請け負うことにもなる。
父君のエイナスが去った応接間で、俺はリーリルに問うた。
「ガーディアンってのは、具体的になにをすればいいんだ?」
「いわゆる『お付き』ね。買い物から学校まで、私が行くところには基本的に同行して貰うことになると思う」
「買い物はともかく……学校ってなんだよ。あんなことがあった後なんだ、危険すぎるだろ」
生前のゲーム知識だが、誘拐の依頼主であるアラドはリーリルの先輩でもある。同じ学校の生徒なのだ。そこでまた、なにを画策してくるかわからない。
「今回の件、アラドを訴えようにもセイシロの証言しか材料がないのよね」
「アラドに手が出せないってこと? 尚更ほとぼりが冷めるまで家に篭ってた方がいいじゃん。父君だってなにか方策を考えるだろうし」
リーリルが首を振る。
「相手は侯爵家だもん。証拠一つない状態だと、街の治安を預かる領主のお父さまと言えど、なにもできないと思うわ。それじゃ、いつまで家に篭ることになるかわからない」
「……オトリになるつもりなのか? 今度はちゃんと証拠を得るために」
彼女は俺の目を見て頷いた。
「危険すぎない?」
「そのための貴方。守ってくれるんでしょ? セイシロ」
ちょっとズルい言い方だ。
見つめられながらそんなこと言われたら、俺は頷くしかない。
「わかった、守る。守ります」
「ふふ、ありがと。そう言ってくれると思ってた」
バグ技でエクス・カリバーの範囲防御内にリーリルを入れてしまえば、普通の人間相手にならほぼ無敵状態なれるはず。これを咄嗟に使えるよう練習しておかないとな。
「なにか、他にも学校へ行きたい理由があるんだろう?」
「……察しがいいわね」
俺は知ってるのだ、ゲーム知識で。
彼女は学校の研究室で、とある研究をしている。それはミルヘイン家に伝わる
『知識の井戸』と呼ばれるそれは、装飾された小さな小箱。
中には古代文明の知識の粋が封じられているという。
確か多少ではあるが国からも支援を受けての解析作業だったはず。ミルヘイン家の名誉にも関わる仕事なのだろう。
そしてアラドがリーリルに執着しているもう一つの理由。
それが『知識の井戸』でもあった。
アラドの父親が、井戸からもたらされるという知識を欲しているのだ。
ゲーム本編では、色々あった末に古代の知識を得たリーリルが科学兵器と古代魔法でゲーム主人公たちに襲い掛かる。悪役ヒロインリーリルの、大きな力となるアイテムなのだった。
「お父さまは私が説得するわ。セイシロ、守りは頼むわね」
「はいはい、任せとけ」
◇◆◇◆
目の前に、大きな校舎が建っている。
校舎、つまり学校だ。俺は今、リーリルが通っているアルーシア学園の敷地内にいた。
こういう建築様式はなんというのだろう。
浅学にして言葉が出ないのだが、壁や柱に彫刻が施され、窓ガラスはそこかしこがはステンドグラス風のキラキラ模様。現実世界の高校などではありえないほどの豪華さだった。
「それではリーリルさま、セイシロさま。また夕方お迎えにあがります」
「ありがとう爺や、また夕方ね」
俺の背後で馬車が去っていく。
リーリルの親が領主をしているこの街は、大きく広く道路も整備されていた。
この世界は俺がぼんやりと抱いていた中世ヨーロッパ世界のイメージより、格段に近代的で衛生的な世界だった。
「なにぼんやりしてるのセイシロ?」
「ああ、いや。うん」
俺は校舎を指さして。
「すごい煌びやかな建物だな、と思ってさ」
「ふふ、凄いでしょう。ハイデルは学園都市なの、三つの学園が街中にあるわ。そしてここは貴族の子が多いアルーシア。周辺諸国を見渡しても、こんな立派な校舎はないわね」
正直圧倒された。ゲームの画面で見るのと、実際に見るのとでは迫力が違う。
登園してくる生徒たちも制服に身を包んで理知的に見える。
「おはようございますリーリルさま」
「ごきげんようリーリルさま」
そんな彼ら彼女らが皆、リーリルに礼をしていく。
それだけで学園でのリーリルの立ち位置がわかる。さすが領主の娘というべきか、さぞやカースト上位なのだろう。
「ごきげんよう皆さん」
笑顔で手を振るリーリルを見ながら呆然とした。
なんと俺の場違いなことか。
「なんで俺、ここに居るんだろう」
「今さらなに言ってるのよ。私のガーディアンでしょ!」
「授業料も高そうなのに……」
「妙なところで気にしぃよねぇ、セイシロは」
リーリルが腰に手を当てて、俺の顔をじっと見る。
「いい? お金で安全が買えるなら安いものなの、必要な経費。セイシロの力を信用しての登用なんだから、ちゃんと私を守ってね」
「わかったよ、わかったからそんなジトっとした目で俺を見るな」
「うふふ。それじゃ行きましょ」
彼女に続く形で校舎に入っていく。
日本の高校と違って、下駄箱というものはなかった。そりゃそうか、と頭を掻きながら教室へ。そこは生徒の席が段々になっている形の教室で、大学の教室に似ていた。
俺たちが入っていくと、教室の女の子たちがワッと湧いて寄ってくる。
「リーリル、よかった」
「無事でなによりでした、リーリルさま」
十人くらいの女の子たちに囲まれる。男子も寄ってきているが、遠くから微笑んでいるだけだ。
「賊に攫われたと聞いたときには、心配で食事も喉を通りませんでしたわ」
口々にリーリルの無事を歓迎する彼女たちだ。
俺たちが移動するのに合わせて、人垣も移動する。リーリルと俺が席に着くと、一層その輪が広がった。
「心配お掛けしましたわ。ごめんなさいね、皆さん」
皆が矢継ぎ早に投げかけてくる質問に、リーリルは順番で答えていった。
どこで攫われたのか、どうやって逃げてこられたのか、当然話は横にいる俺のことにも波及してくる。
「この方がリーリルさまをお助けに?」
「盗賊団を一つ壊滅に追い込んだと聞き及んでますが、それもこの方が?」
「リーリルさまのボディーガードさま!?」
急に尊敬の眼差しが降ってきた。
もっと胡散臭い目で見られるかと思っていたので、反応の良さに驚く。
純真な御令嬢が多いのかな?
視界の中にピコピコピコ、とステータス画面が一気に開かれていく。
職業欄に「学生」と表示されつつ、その後ろに身分が続いて表記されていた。
たとえばこんな感じだ。
名前:アンナ・ガーゼルト
種族:人間
年齢:16歳
職業:学生・子爵家令嬢
レベル:1
ステータス:良好・興奮
見れば貴族の子は半分くらいだった。ただ、他の子も大商人の娘だったり聖職者の娘であったりと、一般人とは言えない御身分のお子さんが多そうである。
うーん、便利だなぁこの機能。
相手の出自がすぐ判断できるってすごない? これあれば人間関係かなり円滑に運べちゃうと思います。
そんなウインドウの中に、なにやらピコンピコンと点滅する赤文字のステータスが紛れ込んでいた。
――ん? と注目してみれば、こんな感じ。
名前:メルティア・ハルモニア
種族:人間
年齢:16歳
職業:学生・ハルモニア商会長息女
レベル:4
ステータス:良好・怒り
怒り状態。なんで?
思わずウインドウ主の方を見てみると、人垣の外側にジトーっとした目で俺を睨む小柄な女の子が居た。黒髪で前髪パッツン、後ろをシニヨンにまとめたその子は、目が合うと輪の中にズンズン入ってくる。
「リーリル!」
「メルティア!」
二人は互いの名を呼び合うと抱き合った。
「ほんま無事でなによりや。ウチでもその筋にアンタのこと探さしてたんやで」
「ごめんね心配掛けちゃった」
リーリルの口調が砕けてる。
メルティアと呼ばれたこの子に、俺は見覚えがあった。
ゲームでよく見た顔だ。リーリルの親友、メルティア・ハルモニア。
エピソード・リーリル後の本編ではハルモニア商会を継いでおり、ゲームの主人公たちに金銭や魔法道具面での援助をする。
闇落ちリーリルとの悲しい邂逅は語り草なのだった。
「で、コイツなんなん?」
うおっ、視線が刺さるとはこのことか。メルティアのジロ目がめっちゃ痛い。
「今みんなにも説明してたんだけどね、この人が私を助けてくれたの。ほらセイシロ、挨拶して。こちらお友達のメルティア・ハルモニアさん」
「あ、ども。トードー・セイシローです」
「ふーん」
ジロジロ、ジロジロ。
様々な角度から俺を見てくる。さすがに少し失礼じゃないか? と思ってみたら、次に彼女の口から出てきた言葉はもっと失礼なものだった。
「目つき悪いなぁアンタ。盗賊みたいとか言われひん?」
ひぃっ、どういうこと!? これがステータス・怒りの効果!?
なんで怒りを向けられているのかわからぬまま俺が萎縮していると、やはり疑問に思ったらしいリーリルがメルティアに問い掛ける。
「ど、どうしたのメルティア? セイシロがなにか失礼でもしたかしら」
「ウチの集めた情報によると、リーリル助けて盗賊団を壊滅に追いやったのは元盗賊団の裏切りモノって話なんやけど? なんやアンタがそれかいな?」
ふおお、どこからそんな話を。
俺とリーリルは思わず顔を合わせた。正確だ、メルティアの情報は正確だ。
「違うのよ!? セイシロはお父さまに依頼されて盗賊団に紛れていたの!」
リーリルが俺のフォローを入れてくれる。
自ら吹聴する必要はないけど、ツッコまれたら対外的にはそうしよう、と予め決めておいた設定である。まさか本当に使うことになるとは思っていなかった。
「そうなんだ。情報をいち早く察知していてね」
「ほーん。そんなら最初から攫われへんようにすべきだったんやない?」
「それはねメルティア、盗賊団に痛い目を見せてやろうと思ったの!」
「せやんね?」
早口! 早口ですよリーリルさん。
図星を突かれると人間早口になってしまう。もっと落ち着いて喋っていきましょう。
笑顔だけど汗をダラダラ流してそうな表情でもあるリーリルさん。
メルティアはそんな彼女の顔をジトーっと半目で見ていたが、不意に小さく笑う。
「まーな? 意地悪言う気はなかったんや」
表情を優しげに崩して、俺の顔を見た。
そして手を差し出してくる。
「リーリル助けてくれてありがとな? セイシロ」
握手を求められた。
態度の軟化にホッと胸を撫でおろしながら、俺も手を伸ばす。
「いや、ホント俺も大したことはしていないので」
「謙遜するなや」
――が。
『盗賊SKILL:
唐突に表示されるシステムテキスト。メルティアの手が赤く光る。
思わずじっとその手を見つめていると、彼女は「ちっ」と舌打ちして手の平をこちらに見せてきた。
「やるやんけ、挨拶したろ思たのに」
手の平の中に、ネチョネチョしたなにかが握られていた。
『盗賊SKILL:
『スライミーバ:髪にくっつくと厄介なネチョネチョ。ノリとしてよく使われる他、女学生の悪戯でも人気。べとべとして遊ぼう』
握手したら俺の手にだけそのネチョネチョがくっつく仕組み。なるほど確かにトラップだった。
リーリルが目を丸くして俺の顔を見た。
「すご。よく見抜いたわねセイシロ」
「伊達にガーディアン名乗っとるわけやないっちゅーことか」
「ま、まあな」
美人さん二人に賞賛されて、悪い気はしない。
実際気づけたのは、たまたま判定成功したっぽいスキルのお陰なんだけど、ここは強気に乗っておくことにしよう。
「メルティア、あまりセイシロをイジメないでね?」
リーリルが上目遣いで心配そうに言う。
その言い方がちょっと非難の色を帯びていた為か、メルティアは慌て声で手を振った。
「べ、別に虐めたわけじゃないんやで? ちょっと試しただけ、そう試しただけなんや!」
「じゃあもう、セイシロの有能さはわかったよね?」
「せ、せやな……!」
「それじゃ改めて、握手握手」
俺とメルティアが握手をすると、周囲にいた生徒たちも「わぁ」と拍手した。
いい雰囲気でクラスに迎えられた感が広がっていく。
よかった。ホッとして胸を撫でおろしていると、メルティアが顔を近づけてくる。そして小声でそっと。
(いい気になるなや? ウチの目が黒いうちはリーリルに近づけさせへん。これからリーリルはウチが守るさかいな)
リーリルの親友が現れた! ちゃらっちゃ~♪(戦闘曲)
いやこれはシステム反応じゃなく、俺の脳内イメージ。
……そうかこういう展開か。
俺は頭を抱えたのだった。
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スライミーバ、学生に大人気の悪戯グッズ。普段はカプセルに入れて持ち歩きます。なかなか容器の加工技術が高い世界ですね!
ペトペトしてるけど、意外にこびりつかないのが人気の秘密!
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