物乞い

ある海外の有名な観光地へ旅行したときの話である。その場所は街全体が観光地として整備され、画一の外観、画一の雰囲気が保たれている貴重な遺産でもあった。

私たちは昼、ホテルから出て街のはずれにある美術館に向かい、近くにあるレストランで食事を摂ることにした。そのレストランは、最近できたばかりのように見える。中にあったどれもが新品に近い状態だっただけでなく、店員の対応も初々しく、慣れていない所作が目立った。

その日は雲一つない快晴だったため、私たちはテラス席で食事することにした。真夏ということもあって暑さに多少くたびれていたが、それでもこの気持ちのよい気候を無視することは後悔が残るだろう。それに日本の夏と違い湿度があまり高くないので、たびたびからっとした風が街の間に流れていく。暑くとも気分は晴れやかだった。

私はコーラと店の自慢だというピザを頼んだ。そのピザは半分に折り畳まれていて、まるでタコスのようである。店員によると最近流行しているらしい。確かに食べやすい形状で見た目もすっきりとしていて、私はいたくそのピザを気に入った。一緒に来ていた友人たちも各々好きなものを頼んでいた。コーラとパスタ。ソーダとハンバーガー。ビールを頼む人もいた。

料理が届いて乾杯をして、おしゃべりをしながら食事を始めた。今日行きたい名所はどこかとか、買うべきお土産は何かとか、そういうたわいのない会話である。

そんな話をしていたとき、急に横から袖を引っ張られた。何かと思って見ると、一人の少女が私の服を掴んでいる。見たところ十歳に届くか届かないかという見た目だった。ロングの金髪に青い瞳、白く細い手に白いワンピースを着ていた。少女は無言で私の顔を見ている。何事かと思っていると、私の裾を掴んでいる手と逆の手が私たちのテーブルの上に差し出された。少女は小さな汚いコップを持っていた。それをテーブルの上に置いて、また無言で私の顔を見る。なるほど、物乞いであった。実はこちらに来てから、物乞いに遭うのは初めてではなかった。旅行初日に二回ほど、二日目に一回私たちは物乞いに遭っていた。しかし、今まで少女の物乞いはいなかった。大体がホームレスのような格好をした老人であり、見るからに物乞いだと分かるような服装をしていた。この少女は違う。髪は綺麗に整えられ、肌は清潔に洗われている。服も高価ではなさそうだったが、汚れが目立たないところを見るに、ホームレスでもない。だがその瞳だけは、普通の少女ではなかった。何か媚びるような目。肉食獣によって捕らえられ息絶えそうになっている草食動物のような、潤んだ瞳をしていた。

私は財布から小銭を取り出して、そのコップに入れた。物乞いに応じるのは、それが初めてだった。こんな若い子どもが物乞いをしなければならない社会に今いるのだと思うと、虚しかった。周りは観光客で賑わっている。サングラスをかけて子どもと戯れている父親。お土産屋ではしゃいでいる若い女性。笑顔で呼び込みをしているレストランの店員。その中でこの少女の存在は完全にないものになっていた。誰も目を合わせない。誰も見向きもしない。言葉にも出さない。目の前で見ていても、何も感じていない。豊かで明るいリゾートとしての認識が一気に音を立てて崩れ落ちるようだった。友人たちも順番に財布から少し小銭を入れた。皆一様に黙り、少女の様子を窺っている。先ほどまでの楽しい食事会ではなかった。

少女はコップの中に入っている小銭を一枚一枚確認して、もう一度私を見た。まだ貰えそうだと思ったのだろう。私はまた財布を取り出そうとした。

そのとき、店の店員が私たちの方に歩いてきて、「キリがないからやめておけ」と言った。私もそう思った。だが、この少女を見て、何を言えばいいのか分からなかった。少女は店員に何か早口で言われると、私の方をまた見て、私が飲んでいたコーラを指差した。私は困惑したが、そのコーラを少女に渡すと、笑顔ともなんとも言えない歪な表情をして、コーラを小さな脇に抱えて、何も言わず走っていった。少女が去った方を見ると、少女は少女の母親だと思われる女性と話をしていた。そして、頭を撫でられながら、道の角を曲がって消えていった。

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