50.戦闘民族

 空ちゃんが二人の俺への接し方に困惑した様子で言う。


「よくわからないですけど、当時の写真見ます?」


 差し出されたスマホには、中学の俺と空ちゃんのツーショットが映し出される。


 画面にいる小さく笑顔を浮かべたユニフォーム姿のサッカー少年。


 見間違うこともなく、俺だ。


 この頃の自分をこうして客観的に見るのは随分と久しぶりだ。強く意識していたつもりもないのだけど、避けていたんだろうな。


 過去の己を見て、難しい顔になる。


 端から見れば普通の中学生が映っているだけだろう。


 だけど、俺には見てられない。


 口元はかろうじて笑みを浮かべていても、目はこんなにもつまらなさそうな目をしている。


 笑わなければいけないから無理やり笑って見せた、仮面を張り付けたような表情。


 息苦しさを覚えていながらも、考えることをせずただ周囲に合わせているだけ、つまらない人間が映っている。


 今も生きることの退屈さは感じているけども、この頃は特にみんなと同じように生きることへの苦悩を感じていた。


 周りと合わせて喋って遊んでいることが、自分の中で合わないと気付きかけていた頃。


 だけど正しいとされているその道を外れることを恐れていて、その自分の抱える感情に気付かない振りをして生きていた。


 現状に向き合わずに、何もしようとしなかった醜い様だ。


 その苦悩の証とも言える自分の姿は、目を逸らしたくなる。


 俺の苦い思い出なんて露知らず、珍しいものを見るように女子陣が反応している。


「この頃から雰囲気あるね」


「そうね……目は今よりも死んでいるけれど」


「そうかな。わたしの日郷さんの去年の印象ってこんな感じだけど……確かに今と比べるとちょっと違うかも」


 沙月も結季ちゃんも、俺のことをよく見ている。


 二人が見ている表情は、俺が周りに擬態するために付けた仮面だ。


 小学生くらいの頃ならもっと上手く笑えていたはずだけど、悩み始めたこの頃はぎこちなさが残る笑顔の仮面になっていた。


「というか、今の日郷先輩の方が誰? って感じですよ!」


「……私は今の彼しか知らないのよね」


「わたしもクラスは違ったし、選択授業でたまに会ったときの様子しかわかんないな……中学の頃はどんな感じだったの?」


「うーん……あくまで雰囲気だけの話で言うと、沙月先輩をもっと愛嬌良くした感じですかね」


「……そんな感じ悪く見えているのかしら」


「いやいや、沙月先輩はそのクールな感じにファンがいるんですよ!」


「ファンがいる、というのは聞き流していいのかわからないけれど、一旦保留しておいて……高尾君が私みたいって流石に思い出を盛っていないかしら」


「ホントなんだけどなー。成績も良くて、運動もできて、優等生って感じだけど誰とでも分け隔てなく接してて、少し抜けてるところもあって……それにこのビジュアルですし」


「今の高尾君と一致している箇所が容姿しかないのだけれど……」


「……そういえば」


「水鳥さん?」


「えっとね、去年友達から聞いた日郷さんって高科さんが言ったのと似てたなと思って。外部生の子にそんな人がいるよ、みたいな」


「本当に?」


「たぶんだけどね。わたしも他の男の子の話をそんなにするわけじゃなかったから、友達の噂程度でしか知らないんだ」


「……まあ水鳥さんが言うなら多少の信憑性はある、と思っていいのかしらね。それで、本人の口からも聞いてみたいのだけれど」


「さあ。どれが"俺"なんだろうね」


「どういうこと?」


 沙月のさらなる問いには答えず、お茶を口に運ぶ。


 去年まで良い子ちゃんをやっていたのは事実だ。だけどあれは無理をしていたのは自分でもわかっている。


 じゃあ今の俺が素なのかはわからない。


 良い子ちゃんの仮面を被り続けていたら、本当に自分が好きなことも嫌いなこともやりたいことも夢も何もかもどこかへ消えていた。


 そりゃ世界の色がないのも当然だ。みんなはそういうことで世界に色を付けていくのだから。


 とりあえず仮面は捨ててみたが、だからって何かが動き出したわけでもなく、生きているのがつまらないことを実感するだけだった。


 そんな日々を過ごしていたところに、沙月が来た。


 これから先どうなるかはわからないにしても、世界に色をつけてくれるかもしれない程の存在感がある。


 だからつまらないことを聞いていないで、早く俺に違う灯を見せて欲しい──なんて言ったら、流石にわかままかな。


「ねえ高尾君、今──」


「て、っていうか! 沙月先輩と結季先輩もあたしから見たらTHE・優等生って感じですけどね!」


「……わたしはともかく、樽見さんは確かに生徒会長って感じだよね」


「それは褒められているのかしら……」


「褒めてますよ!」


 少し重くなりかけた空気を空ちゃんと結季ちゃんで話題を変えて持ち直す。


 空ちゃんは空気を読み取るスキルが高いのでこういうことができる子で、昔も助かっていた。


 沙月も思うところはあった様子だけど、今はまだ聞く時ではないと判断したのか女子陣のお喋りに入っていく。


 ──まあ、この先も俺から話すことはないと思うけど。


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