46.お掃除

 というわけで生徒会室へ向かう。


 途中で他の部活動の生徒たちの様子を見ても今日は掃除の日という認識が生徒たちにあるようだ。


 とはいえそれとやる気は別問題のようで、大体が形ばかりになっていたけど。


 まあ普段の放課後もこれとは別に自分の教室の掃除もそれぞれ持ち回りでやっているのだ。


 そもそも学校の掃除の時間というのは誰しも精力的にはならないだろう。


 漫画のお約束になっている「ちょっと男子ー真面目にやってよー」ってやつも、みんながどこかに心当たりがあるからこそ共通認識成り得るのだろう。


 ローカルあるあるもだけど、それが全国規模であるあるになるっていうのもよく考えるとすごいことだ。


 服や食べ物みたいに雑誌やテレビの媒体を通していないのにみんな知っているという状況は、インターネットのない時代から起こっていたと聞く。


 人間というのは個性があるようで案外みんな同じように作られているのかもしれない。


 みんな同じという価値観こそが半年前まで俺を縛り付けていた要因であるので、あまりその推測というのは当たっていても嬉しくないのだけど。


 とはいえ出る杭は打たれるように、あまり集団の中で浮き上がりすぎると俺のように所在があやふやで宙に浮いた存在になってしまう。


 これはこれで俺にとっては前よりは楽なので今のところは現状維持以上のことをする気もないけど。


 掃除の話から随分と壮大な話にまで飛んでしまったけど、まあいいか。


 とーかちゃんは怒られてこい、なんて言うけど、掃除日だとしても軽く箒で掃いて机を拭くくらいして終わりの行事だろう。


 そこまで真剣になるようなことでもない。


 そんなことを思いながら生徒会室の扉に手を掛ける。


「やっほー……おぉ?」


 なんか昨日より部屋が綺麗になってる気がする。


 全体的にピカピカだ。


 元々物が散らばっていたわけでもないが、さらにすっきりしている。


 普段使っているポットやカップも洗浄したようで布巾の上に逆さまにして乾かしている。


「あ、日郷さん。こんにちは」


「あら、来たのね」


 そう言いながら生徒会顧問室に通じている扉から女子陣二人が現れる。


 二人ともマスク姿で制服の上から体育のジャージを羽織り、スカートの下にも長ジャージを履いている。


 沙月の方は長い髪を一つに束ねて普段は見られない動きやすそうな格好をしている。


 …………うん。


「二人ともその服装は?」


「服装? 普通の体育で使うジャージだけれど」


「金曜日だから汚れても問題ないしね」


「下校時はちゃんと着替えてから帰るから心配しなくても大丈夫よ」


 別にそんなことを心配はしていないのだけど、二人は気にせずに作業を進めていく。


「これは捨てるやつ?」


「ええ。そっちのはここに入れて」


「了解。プリンターの用紙あと一セットだけど補充する?」


「直近で使用する予定もないし、他の備品を補充する際にまとめてやりましょう」


「うん。じゃあ残ってる個数のメモだけ貼っておくね」


「今日大掃除かなんか?」


「ううん。普通の掃除の日」


「普通でそんなマジでやってんの?」


「どんな活動もまず5Sからよ」


「ごえす? ストレート・スライダー・スプリット・シュート・シンカー?」


「豊富な球種だね。緩急あるともっと厄介になるよ」


「整理・整頓・清掃・清潔・躾の頭文字を取って5Sよ。企業の改善活動なんかでよく使われるものよ」


「躾だけなんか異質じゃない?」


「躾は決められたことを守らせる、という人への教育的な意味合いがあるのだけれど、高尾君がいる以上最大の難関かもしれないわね……」


「ルールは破ってなんぼだしね」


「すごい世界観で生きてる」


「仮にも生徒会の役員なのだからその気概は今すぐ捨てなさい」


 沙月は呆れたようにため息をついてゴミ袋をまとめて、結季ちゃんも新たなゴミ袋を広げていく。


 そんな忙しなく動く二人を眺めて、俺はただただ感心していた。


 この長い学校生活で掃除をここまでやってる生徒を初めて見た。


 だって、学校の掃除じゃん。


 小学生の頃は真面目にやらなきゃ先生に怒られたりもしたかもしれないけど、高校生になってそこまで言われないのに。


 学校だってやらせてはいるけど服を汚してまでやらせる意図はないだろう。


 たぶん俺がここに来るまでに見た他の部活動の生徒たちのように、軽く床を掃いてゴミ捨てをするくらいで良いのだ。


 それをこんなに大掃除の時みたいに真剣に取り組んでいるのって。


「……やっぱ面白いね」


「何の話? それよりも貴方も本来参加するのよ」


「昨日伝えたのに」


「記憶にございません」


「そんな堂々と言われても……」


「容量の少ない脳みそね」


「てへぺろりん」


「来月は参加してもらうわよ」


「樽見さんもだいぶスルー力ついたね……」


 そんなやりとりをしながら沙月はマスクと上のジャージを脱ぐ。


 下に制服があるってわかっていても女子が上着を脱いでいく所作というのはドキドキする。


 あまり見すぎるとゴミを見るような目で睨まれるのでほどほどに。


 とりあえず中身の入っているゴミ袋を片手にしている結季ちゃんに手を伸ばす。


「あー。じゃあ、ゴミ捨てくらい行こうか」


「そうだね。お願い」


「場所は分かっているの?」


「うん。よくサボ……サボテン捨てに行くから」


「どんな状況?」


「よく野生のサボテンとエンカウントするんだよ」


「してたまるかって感じだけど」


「ゴミ捨て場ね。今後行方不明になった際の捜索場所として覚えておきましょう」


 沙月がメモメモしている。


 サボりを行方不明って言うのかな。というか今後マジで捜索に来そうで困る。


 まあ学校のサボりスポットなんてまだまだあるので大丈夫だ。


 ゴミ捨て場はサボり場所四天王の中でも最弱……たまにゴミの臭い強い時もあるから長居するのには安定感がないしね。


 しかしこれ以上余計なことを言って授業をエスケープしにくくなっても困るのでとりあえずは緊急回避だ。


「じゃー行ってくるね」


「余計なものを拾ってきてはダメよ」


「この世界に余計なものなんてないんだぜ」


「早く行ってきて」

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