45.高ポイント

 もう一度座り直して、とーかちゃんはため息交じりに言う。


「勉強とか進路関係で頼ってくれるのは問題ないんだけど、プライベートまでは踏み込みすぎるのは良くないんだよね~」


「あー。とーかちゃんの子供の頃は先生の家遊びに行った時代?」


「いやもうあたしの頃にはそういうのないよ~。今の二十代はそこまで昔じゃないし……ま~十代から見たら年上はみんな同じに見えるだろうけどさ」


「とーかちゃんって俺たちと十くらい離れてるんだよね。やば、年上じゃん。敬語使った方がいい?」


「今まであたしのことなんだと思ってたん?」


 割と強めにチョップを頭に喰らう。


 まあ流石にこれは冗談だ。俺だって他の先生たちには一応敬語らしき言葉使いで接している。とーかちゃんだけの特別仕様だ。


「いつからこんな子になってしまったのか……めそめそ」


「人は変わるものだよ。でも、例え変わっても俺は俺のままなんだ」


「人間ドラマの最終回みたいなセリフだね。こんなくだらない雑談で消費していいやつじゃないでしょ」


「大体それ言い出したらとーかちゃんだって前はもうちょい冷たかったじゃん」


 少なくともこんなふうにお喋りに興じてくれるような感じではなかった。


 冷たいとかそっけないとか、そういう雰囲気ではなかったけど、あくまでも担任として接する程度だった。


「ま~今よりはね~。というかキミ以外には今だっておんなじだけどね」


「俺だけ特別ってこと? いいね、そういうの。ポイント高いよ」


「なんのポイントだよ……だってあたしが素を出さないとキミは……」


「俺が?」


「……いいや。それよりも高尾君のことだよ~。去年の入学した時は言葉使いも普通だし、学校もサボらない優良児だったのに~」


「あぁ。俺の黒歴史時代ね」


「なんで真面目に通ってた頃の方が黒歴史なんだよ。むしろ今の不良の成り損ないみたいな状況を恥じろ」


「いつだって今が全盛期だから」


「アイドルかよ。高尾君は将来アイドルとかやったら顔だけは良いから売れそうだよね〜。その後女性トラブルですぐ炎上しそうだけど」


「ねえそういうのって教師が生徒にかけていい言葉なの?」


 俺への信用度が低すぎる。残念でもないし当然だけど。


 将来のことなんて何も決めていないので未来は未定だ。


 というか就職や進学どころか、下手をすると出席日数とかの問題で進級卒業すら黄色信号が灯っている。


 未来ではなく今を見るべきかもしれない。


「っと。そういえばこんなところで遊んでる場合じゃないんだった」


 とーかちゃんはそう言うとバインダー片手に立ち上がる。


「まったく、とんだ寄り道をさせられたもんだよ」


「そういえばなんで俺のクラスにいるの?」


「今頃それを言うのか……頼まれたんだよ、キミのクラスの担任に。クラスの不良生徒をどうにかしてくれ~って」


「頼りにされてるんだね、とーかちゃん」


「できれば違うことで頼りにされたいものだよ~」


 そう喋りながら俺のクラスの担任を思い出してみるが……あんまり記憶にない。


 朝のHRの出席率は低いし、担当の世界史の授業は意識を失っているし、帰りのHRも寝てるかサボってるかだし、印象が薄い。


 けどこんなことをしていれば担任からは悪印象がすごいだろうな。


 薄い記憶を辿ってみると、この高校の卒業生で確か最近なんとかって先生の後任として配属された若い女の人だった。


 確かとーかちゃんの高校だか大学だかの同級生だったか後輩だったかで、担任になるのは一回目だったか二回目らしい。


 自分の記憶が頼りなさ過ぎて何一つ正確なことが言えない。


 自分で思っていたよりも覚えていなかったな。正直顔すらもあやふやだし。


 気の強そうな人ではなさそうだったし、これを聞いたら泣き出しそうだ。


 そんな人だからとーかちゃんにヘルプを出したのだろう。別に俺も注意されて怒り出すタイプでもないのだからそこまで気を遣わなくてもいいのに。


 まあ怒られても反省するわけでもないのだけど。


 そういえば前も俺の担当がとーかちゃんみたいなこと言ってた気がする。


 学校で問題児扱いされているのは我ながらどうかと思うけど、そのおかげでとーかちゃんとこうしてお喋りできるのだとしたらプラマイで帳消しだ。


 とーかちゃんも口ではやれやれと言っているが、そこまで嫌そうでもないのはなんとなくわかる。


 だからしばらくはこの緩やかな関係を続けていたい。


「じゃああたしはもう行くけど、生徒会にも顔出しておくんだよ~。まだやってると思うし」


「やってるって、なにを?」


「あ~……キミはそういや部活とか委員会とか初めてだったね」


 沙月ちゃんも伝えてなかったのかな~と言いながら説明を続ける。


「隔週の金曜日はね、部活と委員会の掃除の日なんだよ。先週は実力テスト前でお休みだったけど、今日からまた始めてるってことさね」


 へー。


 委員会ってことは当然生徒会もか。


 沙月が普段から綺麗にしているので今更掃除するところがあるのかわからないけど。


 あの生徒会室をさらに磨き上げるのだろうか。


 というか昨日掃除のことを沙月が言っていたような気もする。適当に聞き流していたので言われる今の今まですっかり抜け落ちていた。


 ところでそれって何時からなんだろう。


 教室の時計を見ると帰りのHRも終わって三〇分くらい経っているのだけど。


 そう考えていると肩をぽんと叩かれて、優しい顔のとーかちゃんと目が合う。


「しっかり怒られてきなさい」

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