44.お目覚め

「お~い。起きろ~」


 そんな声と後頭部を叩かれた痛みで意識を取り戻す。


 自分の腕を下敷きに突っ伏して深い眠りに就いていたせいで腕がじんわりとする。


 ゆっくり顔を上げて、腕に再び血が流れ出すとドクドクと巡っていく。


 四月も半分を過ぎた昼過ぎの空気はもう暑く、寝起きの喉をカラカラにしていた。


 寝ぼけ眼をこすって、まだ覚醒しきっていない体をゆっくりと起こすと、声の主が視界に入る。


「おは……むにゃ……」


「いや起きろ起きろ~。もうHRも終わったぞ~」


「いやこれはまだ始まりに過ぎない……」


「カッコいいだけのセリフを意味もなく言うな。とっくに放課後なんだよ~」


 ペチペチと日誌で頭をはたかれる。


「おはよー……ってとーかちゃんじゃん。暴力はんたーい」


「友達同士の暴力はイジリなのでセーフ」


「……そっか」


 両手を広げてジェスチャーしているとーかちゃんを見て、笑みがこぼれてくる。


 よっこいせと掛け声と一緒にとーかちゃんが隣の席に腰掛ける。


 教室の窓からふわりと風が舞い込んでくると、少し大人な柑橘系の匂いも一緒に流れてくる。


「でもその理屈って教師側が採用していいの?」


「しかし暴力って暴れる力って書くんだよ。普段はオドオドしてるけど追い込まれた時に能力を制御できない系の最強キャラみたいだよね~」


「俺発信だけどまさか暴力でそんな話が広がるとは思わなかったよ」


 教師がそんな小学生みたいな感性していて大丈夫なのだろうか。人のことは言えないけど。


 まあ普段の授業では空気は緩いけど、きっちりした綺麗な英語教師で好評を博しているらしいので俺が心配するようなことでもないか。


 俺の知っているとーかちゃんはこういう感じだけど、それは俺の前だけの特別だと思うと少し優越感に似た感情もなくはない。


 喋っていたらだいぶ頭にもエンジンがかかってきた。椅子に腰かけたまま大きく背伸びをすると、最後に一つ大きなあくびをする。


「まったく……学校で爆睡するんじゃないよ~」


「うん。おはよ、とーかちゃん」


「はいはい……なんか珍しく機嫌がいいね?」


「そうかな? そうかもね」


「楽しい夢でも見れたかい」


「夢は見るものじゃなくて叶えるものなんだぜ」


「急にスポ根になられても……だぜってそんなキャラでもないし」


「楽しいことじゃないけど、良いことはあったよ。これはホント」


「ふ~ん。なに?」


「友達って言ってくれた。とーかちゃんが」


「言ってないよ~」


「ノータイムで嘘ついた」


「……ま~強く否定するようなことでもないんだろうけどさ~。一応線は引いておきたいんだよね~」


「ついに認めてくれたんだね。俺たちの関係を」


「聞いてた? 今の話。線はどうした線は」


「もう俺ととーかちゃんの間には障害なんてないってことでしょ」


「あの、万が一外に漏れたらあたしの教師人生ぶっ飛びそうな発言は控えてほしいんだよね。マジで」


 真面目な顔で俺の肩をがっしりと掴んでゆっさゆっさと前後に揺れる。おぉ、世界が歪んで見える。


「別に隠すような関係でもなくない?」


「なぜかキミの発言は男女の関係を匂わせるものが多いんだよ」


「あ、とーかちゃん男女の友情は成立しない派?」


「そんな派閥に入った覚えはありません~」


 胸の前でばってんを作って抗議しているその姿は、なんだか年の近いおねーさんって感じで可愛いなと思う。


 言ったらまた怒られそうなので言わないけど。


 ちなみに俺は成立する派だよ。


 沙月も結季ちゃんもとーかちゃんも委員長ちゃんもみんな友達。


 会って日が短いだとか、休日に遊ぶ仲じゃないだとか、難しく考えないことにしている。


 関係性の深さでなく、会ったら話す程度もとりあえず友達ってことにしておけば誰も困らない。


 仲良いの? って質問されたら困ることはあるかもしれないけど、友達? って質問されたら肯定しておけばいいのだ。


 誰も言われて嫌な気はしないんだし。


 それくらい適当に人付き合いをしているといつの間にか周りから人がいなくなっていた気もするけど、まあいいや。

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