43.自由

 そんなことよりもさー、と陽花は勧誘を適当にあしらい、身を乗り出しキラキラの目を向けてくる。


「沙月さんのどこに惹かれたわけ?」


「どこだと思う?」


「顔以外で?」


「顔以外で」


「それは形あるものですか?」


「ウミガメのスープやって答え辿り着くかなあ」


「ダメだ……もう兄ちゃんが沙月さんに弱み握られて私生活ともども下僕のように過ごすヘタレ受けの妄想しか思いつかない……」


「それは本当にダメだね」


 なんだこいつ。


 俺にツッコミ役をさせるな。俺の妹がこんなに腐っているわけがない。


「今の兄ちゃんが顔と体目当て以外で誰かに惹かれることなんて思いつかないしなあ」


「お前の中での兄ちゃんは一体どんなキャラクターなんだ」


 兄ちゃんそんな女の子を見ると飛びついちゃう冴羽獠みたいなキャラじゃないよ。今日日そんなキャラは様々な方面の配慮で綱紀粛正されちゃうよ。


「なら性格面……まあ、ああいう引っ張ってくれそうなタイプの方が相性は良さそうだよね。兄ちゃん目を離すとフラフラどっか行っちゃいそうだし」


「小さい子供みたいだね」


「そうだよ? 知らなかった?」


 うーん。

 

 流れは少し違うが、以前生徒会でしたような同じ返しをしても身内と生徒会ではツッコミがこちらの方が厳しい。というか冷たい。


 別に尊敬される兄になりたいとも思わないけど、ここまでなめられているのもそれはそれで悲しい。


「で、もういい加減このやりとり面倒くさくなってきただけど。理由言う気があるならさっさと言って」


 興味が尽きたようで、パリポリお菓子を食べてだいぶ意識をテレビに向けている。


 そっちが始めたのに随分な態度である。


 まあ別に今更その程度で腹を立てる程でもない。兄妹なんてそんなもんだ。


 隠すことでもないし、さらっと言ってしまう。


「沙月が生徒会で俺を生き返らせてくれるんだって」


「聞いたはいいけど結局意味わからん」


「それはそう」


 実際具体的な話はまだ何も聞いていない。沙月自身もどこまでプランニングをしているのか。


 彼女のことだから思い付きのその場しのぎで発言したわけでもないだろうけど、とりあえず二週間近く放課後過ごしても特に何かをしていない。


 というか活動も今日の勧誘が初めてだったし。


 陽花はテレビから視線を移し、呆れた視線をよこす。


「よくそれでついてったね。やっぱ顔なんじゃないの?」


「まあつまんなかったら辞めるだけだし」


「……そういうとこホント、ドライになったよね」


 俺から視線を外して、そう呟く。


 別にこの態度がドライだとは思っていない。


 まだまだ短い人生ではあるが、ダメだなと思ったものが後から良くなることはほとんどないというのは経験則としてある。


 本能が赤信号を点灯しているものをズルズルと続けていても、待っているのは心の交通事故だけだ。


 そうして大怪我するくらいなら、早めに回避しておくに越したことはない。


「まあ今のとこはそれなりに面白いものは見せてもらってるし、しばらくは続けると思うよ」


「……だったら生徒会としてもうちょっとしゃんとしてよね。そんなんじゃ人が集まって来ないよ」


「だいじょーぶ。これでも昔は友達多かったし、なんとかなるなる」


「あの人たちは友達じゃないでしょ」


 今日の会話で一番温度の低い声で遮られる。


 リビングにピリッとした空気が流れ、心なしか温度も下がったように感じる。


 忘れているかも知らないが、別に俺と陽花はなんでも笑っていられる仲良しこよしの兄妹ではない。


 優等生ルートから外れた俺と、しっかりしたい陽花とでは意見が合わないことの方が多いのだ。


 だから、俺が高校入って堕落してからは陽花とかなりの頻度で対立していた。


 殴り合いにはならないが、今のように氷点下の表情で向き合うことは多い。


 その視線の鋭さは、もしかすると沙月にも負けずとも劣らないかもしれないな。


 そんな妹に対して俺ができることは、何もない。


 みんなと同じように生きることを望めなかったのは俺で、そのことを糾弾されるのなら受け入れるしかない。


 それが俺の諦め方だ。


「まあ学校以外では全然遊ばなかったしね」


「そういうことじゃなくて……外面だけ取り繕った兄ちゃんを見てるだけで、わかろうともしないくせに縛り付ける人たちなんて、友達じゃないでしょ」


「コメントしにくいなあ」


「今の兄ちゃんは生活態度とか色々言いたいことはたくさんあるし、その生き方が正しい姿だとは思わない」


「そうだね」


「……でも、昔よりは自由に生きてる分まだマシだとも思う」


 そう言ってソファから立ち上がると、苦虫を噛み潰したような表情のままリビングから出ていく。


 すぐに風呂場の方から音がするので風呂の用意をしているようだ。


 TVに映る時計を見ると、そろそろ夕食の時間が近づいていた。


 そのままソファに深く腰掛けて見慣れた天井を眺める。


 自由、ね。


 前までは今より肩肘張ってというか、周りに合わせて生きていた。どこにでもいる普通の学生に紛れるように。


 だって、それを演じて生きていくことが、世界の共通の楽しさのはずだから。


 毎日学校へ行き、友達と喋り、それなりに勉強をして、放課後は部活動に興じ、休日は友達と遊びに行く。


 流行りの漫画やドラマの話、好きな芸能人やアイドルの話、教師の悪口、誰が誰を好きだとか付き合っているだとかのゴシップ。


 学校という閉鎖空間での娯楽。


 その輪にいることが、きっと楽しいものだと思っていた。無理にでも信じていた。


 だって、みんなはそれが楽しいのだから。


 それが楽しくなくて生きる活力にならないのなら、おかしいのは俺だ。


 きっとそれを認めるのが、それを知られるのが怖かったのだ。


 だからその他大勢に紛れた。


 幸いそういう才能はあったようで、上手く溶け込めるのには成功した。


 その頃から自分が自分でない感覚がついた。


 自分の肉体をその外側にいる俺が操作して、何かを得ても画面の中のゲームみたいで。


 いつからか自分事だとは思えなくなっていた。


 中学の知り合いが誰もいないところへ行けば、そういう重圧から解放されるかもと少し期待していたこともあった。


 けど染み付いたものはなかなか消えなくて、高校入っても結局同じようなことを続けていた。


 それがプツリと緊張の糸が切れて、頑張れなくなってしまったわけだが。


 今のこの状況が良いことなのか悪いことなのかはわからない。


 確かに前よりは自由ではあるだろうけど、自由というのは好き勝手やっていいという意味ではないのだ。


 自由とは、自分の行動を自分の裁量で決定できることであり、良い結果でも悪い結果でもその責任も自分が取ることだ。


 だから今の俺が生きることをつまらないと感じているのなら、やはりそれは俺の責任なのだろう。


 楽しいことは祈っているだけでは転がり込んでこないのだ。


 だからバイトや外をフラフラしてみたり色々経験してみたのだけど、未だ成果らしい成果はない。


 だけど、ようやく出会えたのかもしれないのだ。


 樽見沙月。


 生徒会長。才色兼備でまるでお伽話のような完璧さ。


 だけど年相応の少女らしさを兼ね備えている。


 そんな彼女が俺に関わってくれているのだ。


 今までの人と何かが違う気がしている。見た目だけでなく、色々なものが。


 知りたい。


 わからないものは、触れて、知ってみたい。


 その結果がどうなるのかは、まだ知る由はないのだけど。


 まあだから、それがわかるまでは生徒会はしばらく続けてみようと思った。

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