42.欠陥住宅
陽花はぐっと一つ大きく伸びて柔らかく微笑む。
「それで、話戻すけど生徒会は面白いの?」
「どうだろ。よくわかんない」
「逆になんならわかってるんだよ」
「わからないということをわかっているんだよ」
「やっすい無知の知だね。というか兄ちゃんはわからないことすらわかってないと思う」
「無知の無知……なんか飴と鞭みたいだね」
「語感だけだろ」
無知の無知って音だけならオノマトペっぽい。筋骨隆々のキャラの登場コマにムチノムチィ……って描いてありそう。
関係ないけどムチムチのムチってどこから来たんだろうか。
「まーそれはさておいて。てっきり兄ちゃんはなんか面白いことあるから入ったんだと思ってたのに」
「うーん。生徒会自体はおまけみたいなものだしね」
「なにそれ。狙ってる女がいたから入ったってこと?」
「誤解があるし表現も悪い」
広い意味で言うと合っているので否定もしにくいけど、そんな女目当てみたいな理由ではない。ないのかな?
沙月のために参加している点は間違いないのだけど、惚れた腫れたの経緯ではない。これは一体誰へ向けた言い訳なんだろう。
「沙月に興味があるからってのはその通りなんだけどね。言ってもまだ二週間くらいだしどんな感じか掴むのはもうちょい先じゃない?」
「……沙月さんって生徒会長だよね? 珍しいね、兄ちゃんが人に興味持つなんて」
そんな孤独主義で排他的な振る舞いをした覚えはないのだけど、どうして俺の対人関係の評価は似たようなものになるのだろうか。
意識していないが、そんなに壁を作っているように見えたのだろうか。
それは一旦スルーするが、確か沙月には興味がある。
一体どこに惹かれているのか、そして彼女が何を見せてくれるのかは俺にもわからない。
理由を言語化するにはまだまだ時間がかかりそうだ。今は隣で一緒に過ごしながらその景色を楽しみにしたい。
そんなことを思ってしまうくらいには気に入っている。
それは確かに珍しい。そこまで興味惹かれるものに出会えるのはある種の幸運だ。
運命の赤い糸、なんてロマンティックなものではないけど。
今のところ糸になっているかもわからない、いつ切れてもおかしくない奇縁でしかない。
「それで、沙月さんのいる生徒会にってこと?」
「むしろ来たって感じだよね。向こうから」
スカウトだし。
「あの人から逆ナンってこと? にわかには信じがたいね……」
そりゃ逆ナンではないからじゃないでしょうか。その表現を彼女の前でしたらすごく怒りそうだ。
「で、好きなの? 沙月さんのこと」
「べ、別にアイツのことなんか好きじゃねーし」
「あー、兄ちゃんのキャラでヘタレ攻めっぽいセリフは解釈違いなんでやめてもらえます?」
「発言を封じられてしまった」
「兄ちゃんはぜっったい右固定! 昼は主導権あるのに夜は逆転されてほしい! そんで沙月さん(♂)に昼間のお仕置きされるのとか捗るよね!」
「封じるべきはそっちの発言だったかあ……」
妹がどんな趣味を持っていても特に何も思わないけど、実の兄をカップリングするのは流石にどうかと思う。
しかも沙月も男体化されているし。男女じゃダメだったの?
その辺の素養は俺にはなかったのだけど、というか別に今もないけども、陽花のトークを聞き流しているうちに知識だけは無駄に溜まってきた。
まあ最近は漫画も百合とかBLだとかを扱った作品も目に入るし話やネタの理解に役には立っている。
他に役に立ちそうのない知識だ。
「でも確かに沙月さんと兄ちゃんが並ぶと絵面だけは強いよねー。片方中身スカスカの欠陥住宅だけど」
「おいおい。沙月はすごいんだぞ」
「いや欠陥だらけなのはお前じゃい」
「てへぺろりん」
「それ今のマイブーム? うざいから早く終わってくれないかな」
「みんなが使い始めたら飽きるよ」
「インディーズ時代応援してたバンドがメジャーデビューしたら冷める感じと同じなんだ」
自分が発祥の地にいたらその後はどうでもよくなる現象。古参面したくなるあの辺の現象はなんて言うんだろうね。
「だけど見た目もだけど雰囲気もカッコイイ人だったよねー。絶対あれは攻めだよ。いやあえてギャップで受けというのもアリか……」
「アリかナシかで言うとこの会話がナシ」
とてもじゃないけど沙月にこの会話は聞かせられない。自分が男体化されていると知った時点でお嬢様には刺激が強すぎて泡拭いて倒れそうだ。
一年生勧誘の際での一幕でしかまだ沙月とは会っていないはずなのに、我が妹ながらその相手にこの妄想力は恐ろしいものがある。
そういえば一年生が一人欲しいから勧誘に行ったんだっけ。
そして目の前にはちょうど入学したての女子がいる。
沙月や結季ちゃんも帰り際に本当に誰か入ってくれるか心配していた。
こんなんでも一応は生徒会の一員ということになっているし、一番陽花に近い、というか身内の俺が誘ってみるものだろう。
たまにはお仕事らしいものをしておこうか。
「陽花。生徒会一緒にやる?」
「生徒会? 私が?」
驚いたような顔をして、そこからしばらく腕を組んで考え込む。
そして俺へと向き直ると良い笑顔をしながらこう言った。
「絶対やだ」
「ええー」
「家の外でも兄ちゃんの子守りなんて御免だよ」
家だけでも勘弁なのに、と面倒くさそうに言う。
まあ誘っておいてなんだけど本当に加入されても俺もやりにくくなるのでこれはポーズだけだ。
やってみたけどダメでした、という儀式である。
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