41.忘れ人

 そんな昔話を思い出していると、陽花は嫌なものを思い出したような唸り声を上げる。


「そういや、高科たかしなさんも一緒に受かってたんだよね。クラスは違うけどこの前見かけたよ」


「………………?」


「いや誰? って顔されても。というか流石に覚えてないのはわたしでも可哀そうって思うよ……」


「まあ覚えてないってことは大したことじゃないよね」


「用事忘れた時みたいに人の名前忘れるな」


「いや陽花の中学の友達なんて知らないし」


 陽花が家に友達連れてくることもほとんどなかったし、休みは柔道で留守にしがちだ。


 俺も妹の交友関係にさほど興味もないし。


「いや、兄ちゃんの知り合いでしょ。ほら、サッカー部のマネの子」


「あー……そらちゃんのことか。名字そんなんだっけ?」


「どんだけ適当に人の名前覚えてんの。まあでもその高科空たかしな そらさんで合ってるよ」


 また懐かしい名を聞く。


 中学の部活での一学年下、つまり陽花と同級生のマネージャーの子だ。


 明るくて元気な子でよく話すことはあったけど、あくまで部活の先輩後輩の思い出しかない。


「……あっちはかなり懐いてたでしょ」


「そだっけ。というか陽花って空ちゃんと友達?」


「…………うーん。女子的に答えづらい」


「もうそれが答えみたいなものじゃない?」


 まあ知り合い程度の仲で友達かどうか聞かれたときの答えにくさはわからなくもない。俺はとりあえず友達ってくくりに入れておくけど。


 けど陽花がその子と友達じゃないのはともかく、あまり好いていないくらいのニュアンスが含まれる物言いなのが気になる。


 妹の交友関係まで明るくはないが、空ちゃんから陽花の話が出たこともないし、てっきり知り合いですらないと思っていたのに。


「まあ陽花は自分より弱いやつに興味ないもんね」


「いやそんな少年漫画の最強に拘る的なキャラではない」


「うい」


「高科さんはなんていうか……苦手なんだよ」


「こっちが苦手だと思っている時って大体向こうもこっちのこと苦手って思ってるよね」


「それは誰をフォローしたい発言なの?」


「でも珍しいね。陽花あんま人避けないのに」


「……兄ちゃんのこと本気で好きな訳じゃないんだろうけど、身内に好意寄せてる同級生ってどう接していいかわかんないんだよね。あと」


「あと?」


「めっちゃ光属性って感じなのが眩しくてやりづらい」


「なに? ゲームの話?」


 急に属性の話でてきたんだけど。ポケモンくらいしかお兄ちゃんわかんないよ。


「あれで性格悪かったらいっそ上手くやれるんだろうけどなぁ……」


「性格悪い方が良いってなかなか言われないよね」


「とりあえず同じクラスじゃないから保留って感じかな」


「ふーん。よくわからんけど色々あんだね」


「それ、どこまで本気で言ってんのか……」


 呆れたように陽花がため息をついて、まだ冷えたままのジュースに口をつける。


 本気さなんて、どこまでも俺にはない。


 陽花の話を聞いたところで、そんな子いたなくらいの感想しか俺は思っていない。


 それは空ちゃんだけではなく、これまでのほとんどの出会ってきた人に言えることだが。


 宝成や最近なら沙月なんかはもう少し鮮明に映っているが、その他大勢の人は灰色の映像をおぼろげに覚えている程度だ。


 小学校の頃の友達の顔も長い年月が経てば忘れていくように、会わなければ人の顔や思い出なんてものは簡単に消えていく。


「あたしから積極的に教えることはないと思うけど、どうせ兄ちゃんのとこに会いに行くと思う。変なことしないでよ」


 そう言って疲れたようにため息をつき、ジュースをちびちび飲む。なんだかその姿は小動物的で可愛らしくもある。


 陽花は格闘技をやっているといっても、まだ中学を卒業したばかりの十五歳の女の子だ。


 体つきは平均より大きいくらいなのだけど、同じ年代の女子と比較してどうしても幼く見えてしまう。


 それは体格的な話というより俺の妹の見方の問題だろう。


 幼い頃から過ごしてきたイメージを塗り替えるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

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