40.ひまんちゅ

 織部宝成おりべ ほうせい


 俺と陽花の幼稚園からの幼馴染だ。


 家も徒歩十分かからない距離にあり、親同士が旧知の仲ということで家族ぐるみでよく遊んでいた。


 思えば俺がサッカーを始めた理由は宝成に誘われたからだし、小中のクラスもほぼ同じだったので学校関連を振り返ると彼が側にいた記憶が蘇る。

 

 俺が他人に興味がないのに対して、宝成は正反対の根っからのお節介焼きというか、まとめ役だった。


 クラスや部活では頼られ役に自然となってしまうタイプだ。


 人望なら彼の方がある。というかサッカー部のキャプテンと委員長両方やってた。

 

 陽花もそんな宝成を本当の兄のように慕っていたし、俺とチェンジしてほしいとよく訴えていた。


 その時の顔はマジだったので、それくらい信頼しているのだろう。


 そういえば宝成とは卒業してから会ってない。


「一度も? 向こうも部活で忙しいかもしれないけど、とりあえず連絡取って予定合わせればいいじゃん。どうせ兄ちゃんは年がら年中暇人なんだし」


「ひまんちゅ。良い響きだね」


「いや全然」


「そのうち何かしらで会うことあるかなって思ってたんだよね」


「ん-。約束しなくてもってこと? ずっと一緒だったし気持ちはわかるけど」


「ね。なんか逆に用もないのにわざわざ連絡するのもなあって」


「けど向こうから連絡とかあるでしょ」


「まあね。でも学校違うしそんな頻繁にやり取りもしないから。高校上がる前の春休みに会ったのが最後じゃない?」


「別にケンカ別れしたわけでもないんだし、いつも暇だーって言ってんだから遊べばいいのに」


 陽花はつまんなそうにそう言ってぼんやりとテレビを眺める。


 ケンカ別れしたわけでもない。それは確かにそうだ。ケンカはしていない。


 だけど、後ろめたさのようなものは感じている。


 宝成はサッカーもそこそこ強くて、それなりの進学校に入った。


 その志望校を決める際には俺にも一緒に通おうと誘ってくれていた。


 けど、それを蹴って俺は今の高校を選んでいる。


 断った理由は自分でもよくわからない。ただ、なんとなくそちらを選んではいけない空気を感じていたのかもしれない。


 こんな他人事みたいに学校選びをしているのは、どこかで進路さえも自分事として捉えていなかったのだろう。


 もし、誘いを受けていたらどうなっていたのだろうか。


 宝成以外にも知り合いもそこそこの人数が進学したはずなので、また宝成と同じ高校へ通い、他にも同じような顔とつるんでいただろう。


 それなりに勉強もして、仲間と部活に励んで、また同じように当たり障りなく進路を選んで。


 そんな日常が待っていたんだろうな。


 そんなイフに想いを馳せて、心がなにも動かないことに向き合う。


 それまでと同じような日々に魅力は感じない。


 変わらないということは、ずっと感じている生きることへのつまらなさも変わらない。


 それは、嫌だな。


 今がとても楽しいとは言えないけど、それでもそのイフを選んで良い子ちゃんでいたらもっと苦しかったことは想像がつく。


 今の学校は中高一貫の県内有数の私立進学校で勉学に集中する空気が強いため俺の注目度が中学の時より薄い。


 それに中学からの知り合いがほとんどいないのもあって、それまでの普通の良い子ちゃんをやめられた一つの理由だ。


 受験のときはみんなが行かないところが良いなとぼんやり考えていたけど、こうなることを予感していたのだろうか。


 今が正解、ともあまり言えないけど。


 何が良くて何が悪いかなんて、今はわからないしきっと誰にもわからない。


 どちらにせよ、今、楽しくないのは変わらない。


 これをすると幸せだとか、将来何かになりたいだとか、そういう人間になれたら楽しく生きていけるのだろうか。


 何をしたら俺にとって幸せなのかはわからない。


 だけど、このまま何にもなれずに時間だけが過ぎていくことへの恐怖は常にある。


 それは光のない闇の中を、行き先もわからないまま歩き続けなければいけないようで。


 そんな旅を続けるくらいなら、いっそ今、このまま消えてしまった方が楽なんじゃないか。


 でも……まだ消えたくない。


 それが生にしがみついている理由だ。


 宝成は、そんな俺とは違って本当にただの良いやつだ。


 宝成の誘いを断ったときも、自分のことをないがしろにして、俺が心配だからと同じ高校を受験しようと言い出すようなやつだ。


 当時の学力的に宝成には難しい偏差値だったし、自分のやりたいことをやってほしかったので、なんとか説得したのを覚えている。


 最終的に、仕方ないなと困ったように笑いながら送り出してくれたし、その後も参考書選びに付き合ってくれた。


 自分の受験よりも俺のことばかり心配していて、本当にお節介焼きの良いやつなのだ。


 その宝成に心配を的中させるような堕落している今の姿を見せるというのは、なんというか、普通に気まずい。


 地元を散々ディスって都会へ出ていきながら、一年で逃げ帰ってくる。そんな感じのいたたまれなさがある。


 それが、俺が連絡は取っていても積極的に再会しようとしない理由だ。


 そんな気持ちを知ってか知らずな、向こうもあえて会わないでいる雰囲気をメッセージのやり取りから感じる。


 心配して会いたそうではあるのに、その一言を言わないのは、気を遣わせてしまっている。


 ただいつまでも逃げていても何も始まらない。


 こうして話題に上がったことだし、どこかで会ってもいいのかも。


 もしかしたら、何か俺の心境の変化もあるかもしれないし。

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