38.力こそパワー

 それにしてもこの態勢だとそろそろ足がきついなあと自分の足元に視線を移し、あることに気づく。


 この寝転がっている態勢でいると女子陣二人のスカートの中がすげー見えそう。


 二人ともスカート丈は膝上くらいの長めだけど、この……こう首の角度をうまい具合にしたら……いけそうでいけない!


 いや大して見たいわけでもないんだけど、覗けるなら覗いておこうという好奇心だ。


 観光地の顔はめパネルを見たらとりあえず顔を出してみるのと気持ちは同じ。


 この体勢で不審な動きを見せると怪しまれるだろうし、陽花の下敷きという状況で動きが制限されてうまく動けない。


 でもあれだね。スカートの中身は見えなくても普段はなかなかお目見えすることのない腿の内側を見るっていうのも、なんだかえっちな気する。


 というかこんな地面の位置から女子の脚を眺める機会なんてそうそうないし。


 てか二人とも脚キレー。


 肝心の本体はお目見えしなくても、これはこれで十分眼福な光景だ。ありがたやー。


 そんな俺の無欲が生んだのか、強風、とまではいかなくてもスカートをゆらゆらと揺らす程度の風が廊下へ吹く。


「…………!」


「どったの兄ちゃん……って鼻血! えー、そんな強く打った?」


「陽花。ありがとう」


「わけわかんねー。あ、ティッシュとかあります?」


「えぇ。もちろん。どうぞ」


「あざっす……あの、どうして兄を足蹴に?」


「どうしてだと思う?」


「た、樽見さん……?」


 困惑する結季ちゃんと陽花とは対照的にすげー目で俺を上履きのまま踏みつけてくる沙月。


 ふふ。バレてた。でも気づいたのにその角度で踏んでくるのは甘いと言わざるを得ない。


 十分俺を踏みつけて気が晴れたのか、最後に軽く俺の頭を蹴って沙月が話す。いたい。


「貴方のお兄ちゃんがなぜかこの着ぐるみで来て、脱がせようと思ったらファスナーが壊れてしまったの。それで、そのまま」


「あー。なんていうか、すんません……ウチのバカが」


「今更どうしようもないからいいわ。それで、今から生徒会室に行ってこの生地部分を切ろうと思っていたのよ」


「なるほど。状況はわかりました。一度ファスナー見てもいいですか?」


「どうぞ」


「オラ! 裏向け!」


「ぐえー」


「あー、なるほど。生地噛んでるとかじゃなくてこういう感じですかー」


「陽花ちゃん。俺をうつ伏せにするのはいいけど、犯人確保みたいに組み伏せる必要はないんじゃないかな」


「おいバカ。このクマは大事なものか?」


「葵のとこの倉庫にあったやつ。処分に困ってるのを貰った」


「あー、木知原こちぼらさんのかあ。余計なことを……じゃあ壊れても問題ないね」


「いいよん」


「よんってなんだ。……ということです。このバカの不祥事。不肖妹のあたしが少しでもお手伝いさせていただきます」


「それは構わないけれど……では生徒会室へ行きましょうか?」


「いやいや。ここで十分です」


 陽花はそう言って呼吸を整える様子が背中越しで伝わってくる。


 傍にいた沙月や結季ちゃんもその気合に息を呑んで見守る。


「バカ兄。動くなよ」


「へいへい」


「ふぅ……しゃ!」


 短く声を上げる。


 背中が一瞬引っ張られる感覚に襲われるが、すぐにそれもなくなり背中で空気の流れを感じた。


 陽花が俺の背中から立ち上がって沙月ににっこり笑いかける。


「これでもう脱げるはず」


「おー、ほんとだ。てか着ぐるみ暑。外涼しー」


「夏ならマジで倒れてるよ」


「えっと、今のは……」


「あ、はい。引っかかってたところ引きちぎりました」


「……今の一瞬で?」


「引きちぎった、というのはファスナーを?」


「まあそうですね。その周辺の生地ごと」


「結構な厚みがあったと思うんですが……」


「よゆーっすよ!」


 誇らしげに手でブイを作って沙月と結季ちゃんに笑いかける。


 脱いだクマを改めてみると背中の部分が引き裂かれている。


 自分でも軽く生地を触ってみるけど、冬物の厚めの服以上の厚みがあると思う。どんな馬鹿力があるとこれを瞬間で破壊できるのだろう。


 そしてその力を惜しげもなく普段から兄へふるうのはどうかしている。いやちゃんとセーブしてるのかもしれないけどさ。


 先輩の前で役に立てたのが嬉しいのか、陽花はそのまま自分語りに入っていく。


「あたし柔道やってるんすよ。それ以外にも格闘技で鍛えてるんで、こういう力仕事の時は男子にも負けないぞ、みたいな感じなんすよね」


「へ、へえ」


「あ、もう昼休み終わっちゃいますね。じゃあ先輩方、失礼します。おい、バカ兄! 家帰ったらちゃんと生徒会のこと話せよ!」


「はいさっさはーい」


「はいは一回……ってなんだその返事……じゃあ、失礼します」


 俺ではなく、沙月と結季ちゃんに頭を律儀に下げて陽花は去っていった。


 この着ぐるみは……とりあえず生徒会室にでも突っ込んでおくか。


 沙月がめずらしく顔を引きつらせながら言葉を紡ぎ出す。


「貴方の妹も……個性的なのね」


「そう?」

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