36.着ぐるみ一行
一年生の最後のクラスで紹介を終え、三人で廊下に出る。
どのクラスでも生徒にはスルーされることもないどころか、お喋りするのも、お昼を食べる手も止めてこちらに注目してくれた。
なんなら動画を回している子もいるくらい関心を集めることができた。反応は上々と言えるだろう。
やっぱりやるからには無関心よりはみんなの反応は集めたいよね。
沙月の話も短くわかりやすく伝えていたし、俺も一緒になって聞き入っていたほどだ。
やるべきことはやった。やりきった。
だから……、
「そんなに落ち込むなよ、沙月」
「どうしてこうなったのかしら……」
「昨日の日郷さんの『俺もなんか考えとくよ』の発言をスルーしない、がこのエンドの回避方法だったかもしれないね……」
「迂闊だった……私としたことが……」
なにやら二人で早速今日の反省会をしているようだ。終わったばかりだというのにすぐに原因究明とは向上心豊かなことである。
上を目指す姿勢はご立派なことだけど、先のことよりもまずは目の前のことを片付けなければならない。
二人にもそもそと割って入る。うごきづら。
「紹介の件はどうでもいいけどさ」
「今日のメインイベントよ……」
「これ、どうしよっか」
沙月が破壊したファスナーで下ろせなくなってしまったので頭はともかく胴体部分が脱げないのだ。
元から古くてぼろっちくて怪しかった。止めを刺したのは沙月でも、彼女のせいではない。
だけど流石にこの格好のまま授業を受けていては不審者になってしまう。
「現状で十分奇天烈な不審者よ」
「いくら高尾君とはいえその恰好のままにもいかないし、生徒会室へ行こっか」
「そうね。少し授業に遅れるかもしれないけれど、何かしらの道具で脱がしましょう」
弱っている沙月に免じてしれっと放たれた暴言はスルーしておこう。
「頭も取れないの?」
隣を歩く結季ちゃんが尋ねる。
俺の角度では見えないので音から隣にいるって判断している。
「とっくに外れているわ。脳みその音がしないもの」
「失礼な。ちゃんと振ったらカラコロ鳴ってるよ」
「音がしてたら中身入ってなくない? ってそうじゃなくて、階段とか危ないよって意味」
そう言いながらもさっきから着ぐるみのふさふさのところをさすさすして結季ちゃんは遊んでいる。
ぬいぐるみの感触ってなんか癖になるよね。俺としては遊園地のマスコット気分だけど。
「案外視界はどうにかなるんだけど、そろそろ暑いし脱いじゃおうか。よいしょっと」
「おぉ……ふざけた着ぐるみからイケメンが出てきた……なんか微妙に腹立つね」
「同感」
容姿は褒められていると思うのだけど、褒められている気がしない。いつものことだ。
「行きましょうか」
沙月が出発の声をかけ、先頭に立つ。
この後は生徒会室でファスナー部分を切り取ろうかという話になった。
生地はそこまで厚くはないので市販のハサミもカッターナイフなんかで十分いけるはずだ。
道具だけなら誰かに借りてもいいのだけど、落ち着いたところで刃物を扱わないと俺の身が危ない。
生きていくのが退屈だとはさんざん言っているけども、流石にうっかりで死にたくはない。
今から離れた生徒会室に行っていてはスムーズに作業が進んだとしても昼休み中に終わるかは微妙なところだ。
授業サボれてラッキー、とは思わない。普段からめんどいって思ったら適当な空き教室や校舎裏なんかでサボってるし。
それよりも彼女たち二人も巻き込んでしまうのは申し訳なく思う。
人の迷惑も考えず傍若無人に生きていける人間は生きにくさなんて感じないだろう。俺だってそれなりに気を遣ってはいる。
とはいえすぐにできる解決策も力づくで引きちぎるくらいしかない。そんなこと沙月や結季ちゃんにやらせても、俺がやっても無理だけど。
……まあパワーで解決できそうな人間に心当たりがないわけでもない。
だけど、学校で積極的に顔を合わせたくはない。
そういえばまだ学校では会ってないな。
学年が違えばなかなか生活ラインが合わないとはいえ、今のところ見かけたことすらない。
会わないのならそれでいい。俺も会いたいわけでもないし、向こうも同じ気持ちのはずだ。
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