32.今日の本題
「随分と遠回りしているけれど、今日の本題に入っていいかしら」
そう言って沙月が席を立ち、俺たちのすぐ横にあるホワイトボードの前へ行く。
「なんの話だっけ」
「新入生へ生徒会紹介の話。私も途中完全に見失っていたわ」
今回ばかりは俺の記憶力のなさが原因でないようだ。というかなんでデートの話になったんだっけ。
沙月は一つ咳払いをして仕切り直し、白板を慣れた手つきでキュッキュと綺麗に黒く染め上げていく。
「水鳥さんには説明不要でしょうけれど、そこにいる不良さんのために一から説明していきましょうか」
「手短にね」
「それ教えを請う側が言っていいセリフではないからね」
「前にも言った通りこの高校には生徒会役員になるための生徒会選挙はないの。基本的に生徒会長は先代から指名された人が受け継いでいくわ」
「他の役職は新たな生徒会長が指名して、先生の承認を得る形で続いてるの」
「それ生徒会長に指名された人が拒否ったらどうなるの?」
「辞退の場合は先代の生徒会役員の誰かにお願いするのが通例だね。樽見さんもそうだけど、最上級生がやるってルールもないから」
「引き継ぎの時期が3月頃だから時期的に新入生は不可能にはなるわね」
「へー」
「続けるわよ。生徒会主体のイベントもあるけれど、生徒会の仕事はイベント時の有志団体のサポートが中心ね」
「学校行事の時は文化祭実行委員とか別の団体のサポートをするのがメインだよ。それでも流石にこのまま3人だとちょっと厳しいかな?」
「そうね。少ないのは来年度以降の生徒会運営にも関わるから適切な人員確保は必要よ」
「ちなみに多すぎる分には特に何も問題ないみたい。十人くらい在籍した年もあったんだって」
「そう言った事情も考えて、現在三名の生徒会としては一年生に一人は加入してほしい状況ね」
「今の時期なら新学期から一週間経って高校最初のテストも終わって落ち着いてくるし、毎年このタイミングだ行っているの」
沙月と結季ちゃんのダブル解説が一区切りつく。
沙月が白板に書いた簡単なイラスト付きの説明に結季ちゃんからの補足事項で大体理解できた。
学年トップクラスの学力の二人の解説なんて、思えば贅沢なことかもしれない。
「ここまでは前回も話したと思うけれど、何かある?」
特に質問もないのだけど、こういう時はなんでもいいから質問やコメントを残すことが大事だとネットの就活特集で見た。別にこれ就活じゃないけど。
とりあえず思いついたことを口に出す。
「沙月の絵、なんか可愛いね」
「…………(ガッガッ)」
「樽見さんがかつてない勢いでホワイトボードを消してる!」
「そのタイプってひっくり返したら両面使えるやつじゃない?」
「……いいのよ、どうせ後で消すのだから」
「日郷さんはわざとやってるんじゃないかと思う時があるよね」
真っ赤になって肩で息をしている沙月。
純粋に可愛い絵だねってだけだったんだけど。
生徒会長なんか目立つことやってるのに意外と恥ずかしがり屋さんなのかな。まあいいや。
沙月はこほんと一つ息を整えて、再び整った字面が並んでいく。
「ここからが本題なのだけれど、勧誘のために昼休み各教室で毎回五分程度の生徒会の紹介をして回るのよ」
「去年もわたしたちのクラスに来たよね」
「あー来た来た。あの獅子舞が田中さんの頭を食いちぎっていったやつだよね。懐かしー」
「全然知らないイベント! 誰、田中さん!」
「一番前の席の子。元気かなあ今」
「食いちぎられたら死んでると思うし……あと生徒会のと絶対違う」
「あれ? そうだっけ」
「……変な部活動の紹介活動でもあったんじゃないかしら。この時期は一年生の教室で部活紹介の申請もあることだし」
「この学校に獅子舞姿で現れて生徒の頭を食べていくような奇妙な部活があるのなら、それに対しても驚きを隠せない……」
「変な子多いよね、この学校」
「「…………」」
美少女二人からじとっとした視線をいただく。
そんなおかしなことは言ってないと思うけど。葵とか内部進学組で筆頭だし。
とりあえずよくわからないが無言というのも居心地が悪いのでピースでお返ししておいた。イエーイ。カニ。
沙月がそれを見て小さく舌打ちして続ける。こわ。
「……まあそういうことだから、明日からの昼休みで一年生のそれぞれの教室を回りたいと思うわ。水鳥さんも大丈夫?」
「うん。前から話は聞いてたし、お昼に抜けることを友達にも伝えてあるよ」
「流石準備がいいわね。次は紹介内容だけど……」
「おーい。俺はいいの?」
ナチュラルに省かれていた。聞かなくてもお昼なんていつも予定はないんだけどさ。会話に参加させておいて一人だけハブるとかいじめじゃない?
「……貴方はまずお昼までに学校に来れるの?」
「心外。ちゃんと午前までには学校にいるよ」
「本当に心外だと思ってる?」
「来るなとは言うつもりもないわ。とはいえ、これに積極的に参加したいほど興味がありそうにも思えないのだけれど?」
「何事もやってみなきゃわからないじゃん? もしかしたら来日した俳優みたいにキャーキャー言われてスター気分を味わえるかもしれない訳だし」
「そんな生徒会があってたまるかって感じだね」
「その可能性がないことだけはすぐわかるわ……」
「それに、見せてくれるんでしょ?」
俺がそう言うと沙月はこれまでの凛とした姿から若干引きつった顔になって目を逸らす。あれ、そういう話をしてたと思ったんだけど。
その様子に疑問を浮かべた表情で結季ちゃんが尋ねる。
「見せる……って何かやるの?」
「沙月との約束。生徒会入ったら面白いもの見せてくれるんだって」
「は、はぁ……」
「そんで、生き返られせてくれるって」
「あ、あぁ……。樽見さんが言っていたのってそういう……この辺りに話が繋がってくるんだ」
「……いえ、確かに言ったわ。でも、違くない? ここでそれは」
いつになく訴えるような顔で身を乗り出している。
というかいつもの堅苦しい日本語すら崩れている。
こっちの方が年相応で喋ってて可愛らしいのだけど。普段が固すぎて取っつきにくいとも言える。
「と、とりあえず今回は準備不足もあるので普通にやらせて。まずは王道あっての邪道でしょう?」
「確かに。真っすぐあっての変化球。白米あってのカレーだもんね」
「その例え要る? というかどっちもピンとこない。カレーライスのメインはたぶんルーの方だと思うし」
「お米じゃない? カレーパンの主役はパンじゃん」
「納得できるようなできないような……」
「はいはい。無駄話しない」
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