28.シューティング
腕を組んだままお目当ての台まで行くと、そこでようやく解放される。
結季ちゃんは迷いのない手つきで銃を二つ取って、にっこり笑いながら片方を俺に渡す。
その表情こそかわいらしいけど、反対の手で銃をクルクル回していて姿はイケメンだった。
少し重みのあるブツをしっかりと握り、二人で画面の前に並ぶ。
お金を投入すると画面が切り替わり、協力モードでステージが始まる。
最初のチュートリアル的なやつが始まり、敵が現れる。
さっそく照準を合わせようと──
「…………(ドン)…………(ドン)」
「え、はや」
敵キャラが登場した刹那、的確にヘッドショットで終わらせ、流れるようにリロードを済ませていた。
俺もこのゲームは一応経験者で、やり込みはしていないけど、初期ステージでもたつくほどではないはずなのに、何もできなかった。
隣の少女の動きが速すぎる。
初期武器でそこまで強くないはずなのに、的確にワンショットワンキルで進めていく。
そしてなによりもプレイする姿勢が全身が一切ブレない美しい。
そのフォームは思わず手を止めて見惚れてしまうほどだ。
そもそも俺の出る幕がないから動かす手がないけど。
やることがないので適当に無駄撃ちしてきるとあっさりとステージが終わっていく。
「おお。こんな早く次のステージに……」
「ふふんふ~ん♡」
俺の声に反応したのかはわからないけど、結季ちゃんも鼻歌交じりに敵を薙ぎ払っていく。
見ている画面は敵を倒したエフェクトでめちゃくちゃ血しぶきが上がってるんだけど。
ある程度進めるとこちらの操作を受け付けなくなった。どうやらボス前のストーリー進行場面のようだ。
その隙間時間を活用して隣の少女を改めて観察する。
服装も髪型も喫茶店で会った時と当然だけど変わっていない。
でもゲーセンに着いた時くらいからやや幼さを感じるというか……表情は少しとろんとし、声もいつもより甘えるような色をしている。
ただ目線だけは、画面から一切離れない。
他の何もその視界には入っていないように見える。
目つきこそいつもの穏やかなままだけど、視線の奥にはゲームにかける集中力を感じさせる。
結季ちゃんがゲーム好きと聞いて、俺のイメージではマリオとかポケモンとかファミリー向けのかわいい感じのゲーム好きなのかと思ってた。
けど、このあまりに慣れすぎているプレイから察するに普通にガチ勢だ。
だとしたらここに着いてからの様子もゲーマーとしてのハイテンションが出ているだけなのかもしれない。
久しぶりのゲームセンターのせいでちょっと同行者に距離が近くなることくらい違和感は……ないのかな?
そんなことをぼんやり思っていると、画面から迫力のある音が響いてくる。
長いムービーを終え、ようやく最初のボス戦が始まるようだ。
ステージとしては大量に向かってくる雑魚敵を薙ぎ払いながら、ボスと対峙するといったところか。
雑魚敵を何体か倒すとマシンガン的な武器が一時的に使用できるようになると画面に説明が出る。こういう爽快感のあるプレイは醍醐味。
「じゃ、協力プレイでいきますかー」
「そだねー」
いつかの流行語で返答が返ってくる。どちらかというとそういう返事の仕方は俺がよくやるんだけど。俺のお株を奪われている。
ステージが始まると思ったよりも二人プレイ用ということもあって敵の数が多い。
本来の攻略法としては協力し合いながら敵を倒していき、ダメージを食らわないように上手く立ち回りながら進めていくのだろう。本来はね。
だけど今回は結季ちゃんがワンショットワンキルで的確に画面から敵をお掃除していくので、俺にかかる負担が一人プレイの時より少ない。
これはこれで無双している気分になれるので楽しいけどね。
そのままプレイを続けていくと画面にアイテム表示が出る。さっきのチュートリアルにあった武器だ。
それを結季ちゃんはゲットしたものの、動きが一瞬止まる。
「結季ちゃん?」
俺も引き金を引くのをやめ、様子をうかがう。
もしかして体調でも悪いのかな。爆発のエフェクトなんかで目がチカチカすると、気分悪くなることもあるし。
と心配してみたが、どうやらそういうことではないらしい。
二つに結んだ髪が楽しそうに揺れ、その表情はうっとりと表現するのが正確なくらい緩んでいた。
そして結季ちゃんは口元を緩ませると、さきほどよりも数倍は甘い声で囁く。
「えへへ~♡ た~のしぃ~♡」
「ゆ、結季ちゃん?」
「あぁ~♡ きもちぃ~♡」
声だけは甘いが、画面にはマシンガンを乱射する爆音とそれによって薙ぎ払われる敵だけが映っている。
そのまま嬌声を上げながらボスを撃破する。
そしてスコアが出て止まっている間に頬を膨らませながら俺の方へ振り返る。
「も~。ひさとさんも手動かして、ぷんぷん」
「う、うん。あの、ほんとに結季ちゃん?」
「ゆきちゃんで~す♡ 他の誰に見えたのー?」
「他の誰かにしか見えない……」
ぷんぷんなんて口にする子じゃなかったでしょ。いやかわいいけどさ。
おかしいな。癒し系みたいな子と喫茶店から来たはずなんだけど、いつの間にこんなゆるふわ女子みたいな子と一緒にゲームやってんだろ。
この山吹色の髪で、華奢な体つきで、俺と同じ高校の女子制服に身を包んだ少女なんてどう見ても結季ちゃんしかいないし。
豹変? した結季ちゃんはその後も時折左右にゆらゆら楽しそうに揺れながらもプレイ内容自体は変わらずあっさりとクリアしてしまった。
というか俺の力ほとんど必要なかったレベル。二人プレイなのに。
結季ちゃんの方を見ると額の汗をぬぐって、ゆるゆるの顔でこちらに駆け寄ってくる。
「ふぅ~……たのしかったね!」
「近い近い」
「近いのは、いや?」
「嫌ではないけど」
「え~日郷さんのえっちぃ」
にやにやと目を細めて軽く俺の腕を小突く結季ちゃん。
なんだろう、かわいいというよりは理不尽さを感じる。はいといいえ、どちらを選んでも間違える進行みたいなのはゲームだけにしてほしい。
「てかどうしたの、なんかさっきと雰囲気違うけど」
「そんなことないよ~。しいて言うならちょっと酔っちゃったのかな~ゲームに」
ゲーム酔いって、3D画面をずっと見てると乗り物酔いと同じ症状が出るやつのことだろうか。
だけどその酔いとは意味が違う酔い方してるよ。
お酒が入ったガード緩めの女子大生みたいな酔い方してる。いやそんな女子大生に会ったことないからイメージでしかないけど。
とりあえず近くの自販機で二人分の水を買ってくる。
こちらの酔い方も水で覚めるのかは知らないけど、ないよりはマシだと信じて結季ちゃんへ渡す。
結季ちゃんは笑顔でそれを受け取ると、一口飲んで、またるんるん気分でリズムを取って揺れている。
その姿は酔っているとも見えるけど、大好きな場所に来た子供のようで微笑ましくもある。
しかしどうしたものか……と困惑していると、結季ちゃんはぽわぽわした雰囲気で俺の手を引く。
「ねえ。二人でここから抜けちゃおっか」
「最初から二人だけど」
「お前酔いすぎだぞ。ったくしょーがねえな……ちょっとコイツ休ませてくるわ」
「飲み会で酔いつぶれた子を介抱するやつじゃん。あと酔ってるのは結季ちゃんの方」
「久しぶりで疲れちゃったぁ。二人で静かになれるとこで休んでいかない?」
「なんでさっきからちょっとえっちな展開にしようとしてんの?」
「ひさとさんわたしでえっちなこと考えたの?やーらしぃ」
「はは」
めんどくせ。
酔っぱらいの相手めんどくせー。
面倒くさいことは回避するのを信条に生きている俺である。
女の子とゲーセンデートという魅力的なシチュエーションではあるが、それよりも身の安全を優先だ。さくっと適当な言い訳をしてお開きに、
「休憩はここまで。今日は遊ぶぞ~♡」
そう画策しているところを再び腕を取られ、良い匂いと共に緩い声が飛んでくる。
「結季ちゃん、今日は……って力つよ」
シンプルなパワーで引っ張られる。態勢も整えられないまま引きずられているため逆らうのも難しい。
「じゃあ次はあのレースゲーやろっか! ぼっこぼこにしてあげる♡」
「うぃ……」
楽しそうに俺の惨敗を予告し、二人で暗くて眩しい空間へ消えていった。
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