27.ゲーセン
そんなわけで、少し歩いた場所のゲームセンターにやってきた。
入口付近にはぬいぐるみやお菓子が景品のクレーンゲームやプリクラ、奥へ行けば音楽ゲームやレースゲームがある、よくあるタイプ。
その店の前に着くと、隣の結季ちゃんが目を輝かせる。
「わぁ……この騒がしい感じが懐かしいなぁ」
「そんな来てない感じ?」
「うん。中学生になったときくらいまでは来てたんだけど、その頃からなぜかお姉ちゃんに行くなって言われて……それきり」
「お姉ちゃんいるんだ」
「うん。日郷さんはひとりっ子?」
「一つ下に妹いるよ。よく揉めるけど」
「そうなんだ。わたしの姉は大学生で一人暮らししてるんだけど、今までケンカはほとんどないかも? 休みにお姉ちゃんが帰ってきた時に遊びに行くし」
「良いお姉ちゃんだね」
「けど、ゲーセンだけは『頼むから一人で行かないでくれ』って、すごい剣幕で説得されちゃって」
結季ちゃんは少し困ったような笑顔で言う。
まあ年頃の女の子が一人でふらふらしているには心配になる場所かもしれない。
我が家でも妹には口酸っぱく少しでも危なそうなところに単独で行くな、と両親が念押ししているのを見る。
ちなみに俺は何も言われない。見放されているというより好きに生きなさいって愛のメッセージだと勝手に受け取っている。
それと同じで結季ちゃんが止められていたのかはわからないけど、似たようなものか。
まあ遠い昔のイメージは確かに不良の溜まり場っていうのもわかるけど、この辺りにある店は家族連れや学生も多いのでそこまで心配することはない。
それに今日は俺もいるしね。
「友達もこういうとこあんまり興味ない子だったからしばらく足が遠のいてた。ふぅ……」
結季ちゃんはうっとりとした瞳で入口付近のゲームを見つめている。
普段の彼女をまだよくは知らないけど、隣の様子からは本当にゲームが好きなことが伝わってくる。
そうでもなければ知り合って日の浅い俺の誘いに二つ返事で付いてこなかったかもしれない。
最近はどこかへ誰かと行くのも葵くらいだったのであまり気を遣わなかったし、場所選びの感覚が怪しかったが、良いチョイスができたのかな。
「じゃあ、入ろっか」
「おー?」
結季ちゃんは無邪気な子供のような笑顔でそう言って、俺の手を取る。
握られたその手は、小さくて柔らかい女の子のもので、その感覚に少しだけドキッとしてしまった。
結季ちゃんの手に引かれて歩き出すのに、ちょっとだけ高揚感は覚える。けどそれですぐに惚れた腫れたと安易になるほど単純な思考もしていない。
触れただけで好きになるとか、それはもう呪いだよね。
これは仲良くしている人間とスキンシップを取ったら嬉しいと、脳にプログラムされていることを実行されているだけ。
そこに俺の意志はない。
そうやって底冷えするような目で己を窘める自分が囁く。
心が冷たくなるのを感じ、振り払うように視線だけで結季ちゃんを伺う。
当の本人はテンションが高く、はしゃいでいるので少しガードが緩くなっているだけに見えた。
であればわざわざその手を振りほどくような水を差すようなことは言うまい。そういうのに付き合ってあげるのもおにーちゃんだ。
二人並んで入口をくぐると、楽しそうに話しながら出ていくカップルや子供たちとすれ違う。
「土日の昼間だからやっぱ人は多いねー」
「そうだねぇ。でも奥の方はそうでもないかも。ほら、あっちのほうとか」
結季ちゃんはそう言って、山吹色の髪を楽しそうに揺らしてクレーンゲームコーナーを通り抜けていく。
オモチャを見つけた子どものようなワクワクした様子で体を揺らして……心なしか千鳥足にも見える。ゆらゆらってより、ふらふらって感じ。
なんだろう。結季ちゃんに心なしか違和感を覚える。
雰囲気というのか……口調もいつもより若干甘い気がするし、昨日の穏やかで大人しい正統派美少女感とは違う。
でも昨日が初対面で緊張していただけかもしれない。
こうして一緒に過ごしていれば、彼女の新しい一面くらい知ることだってあるか。
「じゃあ何やる? 日郷さん」
ぎゅっと腕を軽く掴まれる。
その勢いのままお互いの体も接近し、女の子の柔らかい感触とふわりと良い香りがした。
その至近距離のまま顔を見上げて俺と見つめ合う格好になって、穏やかに微笑んでいる。
え、どういう状況?
確かに結季ちゃんとはこれから仲良くしていければいいとは思っていたけど、この詰め方は流石に予想外というか、スピード早くない?
距離感近い女の子との関わりは経験あるけど、そういう子たちは派手目だったり喋り口が軽い。
だから結季ちゃんみたいな見た目大人しめ女子の雰囲気の子が来ると、脳みその処理が追いついていない。
というか結季ちゃんは異性に対してスキンシップを積極的にするイメージが全くなかった。
なのでこっちがどの距離感にいればいいのか普通に困惑している。
それはそれとしてかわいい女の子に引っ付かれているのはムラッと、もとい、ドキッとしています。
今俺がどれだけの自制心をもってこの状況で態度に一ミリも出さずに笑みを返しているのか、その根性を知ってほしい。
とりあえず話題変更、というか質問に答えて逃げる。
「俺あんまり音ゲーはやらないかなあ。あ、レース系かガンシューティングとかやる?」
「どっちもだいじょーぶ。でも今はガンシューティングの気分かも」
「じゃあちょうど空いてるし、あれやろっか」
態勢は全然変わらないまま会話を進める。
まあ俺から振りほどくのもなんか違うし……傍から見たらゲーセンでいちゃつくカップルだ。
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