25.人生ゲーム
「そういや、結季ちゃんは医者になるの?」
考えても仕方のないことよりも今をとりあえず生きることに決めているので、たった今思いついた疑問をそのまま投げかける。
「どうしたの、突然」
「休みの日も勉強してるじゃん」
「学生なら休みの日でも勉強してる子は結構いると思うけど……」
そうかもしれないけど、残念ながら俺の働いていない脳みそでは勉強頑張ってすごいねってボキャブラリーがないのだ。
「まあそんな感じで、どうなのかなって」
「話の繋がりは全く分かんないけど……」
少し考えるようにして、そして少し照れたように笑う。
「わたしの家が代々医者なの。だからわたしも、とは思ってます。ちょっとだけね」
「マジで?」
「マジです」
「マジお嬢様だ」
「マジお嬢様ってなに?」
というか家が医者ならお嬢様という理屈もどうなの、とじとっとした視線を向けられる。
医者は稼ぎが良い=家がお金持ち=お嬢様、みたいな雑な等式なんだけど、まあそれはどうでもいいや。
そういえば沙月もなんかお嬢様なんだっけ。確か葵が言ってた気がする。
ということはこの生徒会、お嬢様が既に二人いるんだけど。俺が完全に場違いだ。
残念なのかは知らないけど我が家は有り余る財力もないが生活に困ってしまうような不自由らしいことも特にない、普通の一般家庭なのである。
しかし、だから二人とも勉強熱心なのだろうか。
やっぱり家柄の良い家に生まれると一生懸命勉強しないとってなるのかな。
だとすると、一般家庭に出身は勉強しなくていいということじゃないだろうか。違うかな。
「日郷さんは進路について考える?」
「今のところは卒業できるかが勝負だからね」
「そんなところで勝負しないで。とりあえず大学進学?」
「まー就職って感じもないよね」
「わたしたちの学校で就職する人なんて皆無だしね」
「予定は未定だ」
「だったら尚更勉強くらいはした方がいいと思うけど……」
「実力テストはどんなにできなくても補習とかないしだいじょーぶだよ」
「なんて頭の悪い発言……日郷さんって外部組だよね?」
「いえーす」
外部組というのは高校受験組のことだ。俺たちの高校は中高一貫で中学受験組が内部、高校受験組は外部と呼んでいる。
だからといって待遇に差があるなんてものは全くない。
だけど内部組からすると高校入学で新しい人が入ってきたと、少しそわそわするイベントではあるらしい。
ちなみに沙月と結季ちゃん、そして葵も内部組だ。俺が言うのもなんだけど、この進学校に葵は何しに来たんだろうな。
結季ちゃんが苦笑い混じりに俺を見る。
「内部組の間では外部組は変わった人が多い、なんて噂話があったんだけど……なんか日郷さんは想像以上だった」
「ご期待に添えて何より」
「そんな期待はしてなかったけど。わたしたちの高校入るの難しいはずなのにね」
「よく俺合格したよね」
「自分で言うんだ……」
中学の頃だって別に勉強熱心ではなかったのだけど、周囲がやってるからやるくらいのモチベでしかなかった。
それでも部活終わってから本腰入れて受験勉強に勤しんだところ、なんか受かってしまった。
勉強する気ないならなんでここを選んだのかと言われればまあ一応理由はあるんだけど、それは今となっては面白くもない理由なので割愛。
こほんと一つ結季ちゃんは咳ばらいをする。
「まずはやる気にならないと何も始まらないね……日郷さんはゲームやる?」
「やるかやらないかで言うと」
「この問答にやるかやらないか以外の答えはなくない?」
「やーりーまー?」
「急に小学生のテンション感」
「今もやってるよ」
「よかった。ちなみにどんなゲーム?」
「生き物をリアルタイム操作するやつかなあ。ご飯食べたり他のプレイヤーと交流したり学生から社会人までやれたりして、一生を過ごすゲーム」
「リアル路線の育成ゲーム。面白そうだけど話題になったの聞いたことないかも。マイナーなゲームの予感」
「難易度が鬼畜でさー。セーブもないし、ワンプレイのみなんだよね。そのくせ運ゲーだし平均八〇年くらいプレイ時間かかるんだよね」
「人生のことゲームだと思っている人? だとしたらめちゃくちゃメジャーなゲームだし、自分の人生神視点で操作してるの怖い」
「あ、結季ちゃんもやってる? 人生ゲーム」
「違うゲームになった!」
「それで、何の話だっけ?」
「軽い前振りのつもりだったのに、どんどん変な方向へ向かっていったので着地点を完全に見失っちゃった……」
うんざりしたようにそう言った後、先ほどまでのやり取りがなかったように語り始める。
「いいですか。勉強はゲームみたいなものです」
「ほう。つまり無駄であると」
「謝って! 今すぐゲームの制作者さんたちに!」
ごめんなさい。
でも勉強を無駄と言ったことよりもゲームの方に謝るんだね。
「こほん。つまりね、レベル一で魔王に挑む勇者はいないよね。強い敵を倒すためにはレベルを上げるためにはコツコツ努力するが一番。そしてその過程であるモンスターにはAの行動をしてからBの行動をすると最短で倒せるって発見、要は戦闘を重ねているうちにより行動の最適化ができるの。勉強だって同じで、例えば数学でいえば本当の始まりは小学生の足し算掛け算、レベル一相当の相手から始まって、そこから自分のレベルをコツコツ積み上げていくことで微分や三角関数といったツールも理解できるようになる。これってゲームのレベル上げみたいで面白いと思わない? 何度も経験することで似たような問題には素早く対応できて、より複雑な問題はこれまでの戦闘経験を使うことで渡り合うことができるんですから」
「zzz」
「寝るほどつまんなかったかな……」
「俺、レベル上げはメタルスライム狩るタイプだったから」
「結構噛み砕いて話したのに……もうちょっと他に感想とか」
「結季ちゃんってゲーム好きなの?」
「そ、それなりには……」
なんだか目を逸らされてしまった。
あそこまでゲームと絡めて熱弁されたのにそれなりってことはないと思うけどな。
「まーこの前もポケモン知ってるツッコミもあったし、そうなのかなとは思ってたけど」
「そんな伏線あるんだ……」
「今度教えてよ、結季ちゃんのオススメ」
「それはいいけど。日郷さんは……」
「俺が?」
「ううん。わたしがゲームやるって言うとイメージと違うってみんなめんど……意外そうな反応が返ってくるから」
面倒くさいんだね。
まあ俺も毎日遅刻の理由を聞かれると面倒な気分になるし、似たようなものだろう。一緒にされたら怒るかな。
「意外って思うほど、まだ結季ちゃんのこと知らないし」
「それもそうかも」
「それに、いいことじゃん」
「良いこと?」
「好きなことがあるって。好きって気持ちが持てるの、悪いことじゃないよね」
俺はもう何が好きだとか、よくわからなくなってきたけど。少なくとも人に言うほど好きなものはない。
だからちゃんと好きと言えるものがあると言えるのは少し羨ましくも思う。
「……そっか。うん、そうかもね」
なにやら神妙に頷いている。そんな真面目なこと言ったかな。
適当に言っていることをそこまで深く捉えられても困るので聞き流してほしい。
普段から大したものを背負わずに過ごしているのに、俺の思い付きの発言が誰かの人生に入り込むほど責任負えないのだ。
「なんだか樽見さんが君を気にかけるのが少し分かった気がする。飄々としていて何を考えているかよくわからなくて、絶妙にイラっとするけど」
「イラっとするんだ」
「わたしたちとは何か違うものを見ていそうで、上手く言えないけどちょっと怖くて……そういうの全部含めてちゃんとさせてあげたい、って気になる」
「えー。ちゃんとしてるでしょ、俺」
「してると思う?」
「部分的にそう」
「アキネーターにならないで。部分的にもかすってもないよ」
「うーん。厳しいね」
「でも、とりあえずはもう少し日郷さんのことを知りたい……もっと仲良くなってみたい。せっかく生徒会で一緒だしね」
「好きなもの教えてくれたし、もう友達じゃん」
「幼稚園児並の仲良し判定……」
そう言われるとそうだけど。
俺にしてみれば友達になりたいとか言う方が野暮だと思う。
仲良くなりたいと思っていて、こうやって一緒に喋ったり遊んだりしていれば、それはもう友達でいいんじゃないでしょうか。
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