20.すっからかんのワトソン役

「どうぞ」


「ありがと」


 アツアツの紅茶をふーふ冷ましながらいただく。美味しい。


「さて。今日から早速生徒会として活動してもらうわ……と言いたいところなのだけど、ちょうど今は仕事もないのよね」


「えー。テンションダウーン」


「貴方のどこにテンションが高い要素があったのよ……」


「内に秘めたる闘志があるかもしれないじゃん」


 ないんだけど。


 俺の戯言も気に留めず、澄ました表情で沙月が紅茶に口をつける。


「生徒会のことを忘れていた人がやる気に満ち溢れているようにも思えないわ」


 とーかちゃんと二人で来ただけでそこまで見抜くとは。名探偵だ。


 探偵役は沙月に譲って俺はワトソン枠にでも収まろうかな。


「今は生徒会としても人材確保の時期なのよ。貴方が加入して三人になったから、あとは一年生に呼びかけて一人は是非入って欲しいくらいかしらね」


「一人でいいの?」


「希望者が大勢いるのであればそれは歓迎するけれど、毎年一人二人入る程度よ」


「ふーん。文化祭とかそれだと大変じゃない?」


「学校行事の際は他の委員会が主導になるのよ。その管理やサポートで忙しくはなるけれど、生徒会の人数はそこまで多くなくても回っていくの」


 忙しい時は人手が足りなくなるくらい忙しいのだけどね、と言って優雅に紅茶を口に運んでいる。


 実際の作業や忙しさについて未経験の俺ではわかないし、ここは経験者の言葉をそのまま信じよう。


「それで、もう一人勧誘するんだ」


「そうね。毎年新入生が落ち着いた時期の昼休みに各教室で五分程度の生徒会の紹介をして回るのが通例なのだけれど……貴方を連れて行っていいものなのか悩みどころね」


教室フロアを沸かせればいいの? 任せて」


「学校の教室をなんだと思っているの? あと余計なことをしなくていい……その髪よ」


「もっと派手にしてこようか?」


「その逆よ。生徒会がそんな髪を染めていたら示しが付かないのよ。付いて来たいのなら色を戻してきなさい」


「じゃー、いいや。行ってらっしゃい」


「…………。校則違反だということ、お忘れなく」


 ジトっとした視線を向けられる。


 沙月はすごく綺麗で見惚れてしまうけど、こういう目線は背筋がゾクッと来る。


 とはいえ怒られようが色を戻す気は……まあいいんだけどね。


 すごくこだわりのある髪色というわけでもなく、なんとなくカッコイイからという理由だし。


 けどこの前カラー入れたタイミングなのでしばらくこのままでいたいのだ。


 それに勧誘活動にそこまで興味を惹かれるわけでもないし、そのためにわざわざ戻すというのは面倒だ。


「まあどうしても気になったら、教室の外で見てるよ」


「貴方が妥協案を示すのはおかしいのだけれど……まあいいわ。来週にでも水鳥みどりさんと打ちあわせもするし、時間はそこで伝えるわ」


「みどり? だれ」


「もう一人の生徒会役員よ。私たちと同じ二年生」


「そういや幻の三人目がいるって言ってたね」


「言っていないし貴方がただ知らなかっただけでしょう……あと順番では貴方が三人目よ」


 と、そんな言葉からさして時間も経たないうちに扉をノックする音がした。


「どうぞ」


「こんにちは」


 なんだかマナー本にでも載っていそうなやり取りだなあ、と思いながらノックの主に視線を向ける。


 ナチュラルな山吹色の髪を子供っぽいヘアゴムで二つ結びにして胸の前に下ろしている。


 黄金色に反射した瞳で微笑みながらカバンを持っている姿は、同年代として素直にかわいらしい印象を受ける。


 同じ美麗さでも生徒会長さんのような氷細工のようなものとはまた違うが、自然体でこれなら十分すぎるほどかわいい子だ。


 制服も着崩すこともなくきっちりとしており、生徒会に属するのだし真面目なんだなというか、育ちの良さが所作からにじみでている。


 それで、この人がもう一人の生徒会の子か。


 再びワトソン役の登場である。限られた情報から推測できることを探っていこう。


 まずは制服。


 リボンから同学年だ。


 同学年女子ということで全生徒の六分の一までは絞れた。


 あとはわかんない。


 当てずっぽうで言っても当たりそうな情報だし、実質何もわかってない。


「水鳥さん。こんにちは」


「お疲れさま、樽見さん。少し遅くなっちゃった……えっと、その人が?」


 沙月と挨拶を交わしたおさげ少女はちらりと俺を視界に入れてそう尋ねる。


 その目線が合う。


 目と目があったらバトル、ではないけど、この状況で黙りこくっているのは不審者だろう。 


 まずは挨拶かな。


「はろー」


「??? は、ハロー?」


「はあ……まぬけな挨拶はやめなさい。水鳥さんも付き合わなくていいわ」


「え。やっほーの方が良かった?」


「それが既にまぬけな挨拶だから謹んで欲しいのだけれど……というか何を思うとそんな気の抜けた英語になったのよ」


「初対面の異文化交流?」


「どういう思考回路なのよ……」


「去年の選択科目でわたしと高尾君一緒だったから久しぶり、の方かな?」


「しかも初対面ですらないじゃない……」


「まじ? じゃあ、やっほー」


「え、うん。やっほー」


「その挨拶、貴方には何かこだわりでもあるわけ……?」


 沙月は頭痛でもするように頭を押さえている。


 俺のせいかな。まあいいか。


 そんな姿におさげちゃんは苦笑いして、俺の方に向き直る。


「えっと、水鳥結季みどりゆきです。今年から副会長をやってます。さっきも言ったけど、去年高尾さんと一緒の授業受けていたから少しだけ知ってるよ」


「水鳥さん、残念だけれどこの男は絶対そんなこと忘れているわよ」


「正解。ナーイス推理力」


「もう少し悪びれなさいよ」


「ううん、大丈夫。わたし目立たないから」


「そんなことないよ。かわいいかわいい」


「あ、ありがとう……?」


「生徒会室で口説くのやめてくれないかしら」


 困惑顔のおさげちゃんとジト目の沙月の視線に挟まれる。


 いやでもこの子は沙月ほどではないけれど身体もスラっとしているし、クラスで一番かわいい子の称号を受け取れるくらいのレベルはある。


 沙月の方は高根の花過ぎて近寄りがたいが、おさげちゃんは言い方は悪いが、男子がワンチャンありそうと勘違いするくらいの手の届きそう感。


 実際そういうのって大体玉砕してるイメージだけど。


「高尾さん、途中から学校来てなかったし、生徒会に入るって樽見さんから聞いたときはびっくりしちゃった。でも元気そうで安心」


「元気元気。というか俺のこと詳しいね」


「有名だよ? 同じ学年の人なら知ってる子多いと思うけど。ね、樽見さん」


「まあ良くも悪くも、と言ったところかしらね」


「俺そんなに有名人なの? そのうち有名税とか貰えるかな」


「有名税は税金ではないし、この場合貴方が払うものよ」


 生徒会長さんは俺とそんなやりとりをし、俺の向かいのソファに座るおさげちゃんに紅茶を運んでから彼女の隣に腰を下ろす。


 三人で一息ついてから、再び話を始める。


「去年遠目で見てるときは高尾さんのこと壁がある人だなって思ってたんだけど……噂の感じとは違うね」


「噂とかあるんだ。喧嘩番長的な?」


「ううん、そういう不良エピソードはあまり。学校の外で女の子食べてそうみたいな方」


「めっちゃ風評被害じゃん」


 まだ穢れを知らない男の子として生きているのに。


 今まであまり気にしたことなかったのに、ちょっと学校でのイメージ戦略について検討しそうになる。


「でもこうやってお話してみると、こう……」


「はっきり言って良いのよ。思ってたよりもアホっぽいって」


「よく言われるー」


「よく言われるんだ……」


 中学の時、幼馴染に「お前は外面だけでめちゃくちゃモテてるけど、素はアホなんなんだよな」とまで言われた男である。


 部活の後輩女子にも「見た目によらず割とアホですよね。見てる分には目の保養ですけど」とも。


 そういえばその二人にも卒業してからほとんど会っていない。


 あれだけの時間を過ごしても学校が変わってしまえばそれきりというのが、俺の薄さなのだろう。


 世の中そんなものだと言ってしまえれば、それも寂しい話だと思う。


 おさげちゃんが紅茶を一口運び、改めて俺を正面に見据える。


「樽見さんとは知り合いだったの?」


「いや一昨日初めて会って…………。なんか色々あってこんな感じ」


「明らかに説明するのを面倒くさがった間があったけど……」


「まだ出会って三日目よ。大体の事情は話した通り」


 そう沙月がフォローしてくれる。


 話が早いのは助かる。ここ二日くらいはぐっと濃密な時間を過ごしていたから説明が難しかったんだよね。


「で、副会長ちゃん」


「高尾さんも副会長じゃなかった?」


 そうなんだ。そういえば役職とか全然聞いてなかった。


 こういうの人伝に先に教えられるの思わぬネタバレを喰らった感じがする。別に役職なんて存在を忘れてたからいいけど。


 確認を込めて、沙月の方へ話を振る。


「そうなの?」


「……ええ。誠に遺憾ながら水鳥さんと同じ副会長ということになっているわ」


「誠に遺憾なんだ。ウケるね。政治家じゃん」


「ウケるんだ……」


「ということで水鳥さん。誠に不愉快ながら副会長の高尾君よ」


「不愉快なの!?」


「ウケるね」


「たぶん怒るところだと思う!」


 まあ沙月が厳しいこと言うのはそういうキャラなんだろうなって流してるからそこまで気にしてもいない。


 沙月もおさげ副会長ちゃんのことを評価しているからこそ、ぽっと出の俺が同じ役職についていることが不愉快なんだろう。


 俺のことが不愉快ってわけじゃ……ないよね?


 まあいいか、どっちでも。


 俺も好きにやるし。


 微妙に困惑したままおさげちゃんは話を戻す。


「だから普通に呼んで大丈夫」


「副会長様かー」


「普通から離れたよ」


「私は会長様でも問題ないわよ」


「違う問題がある……様付けして呼ぶ関係は健全な組織じゃないよ」


「会長様に副会長様ね。りょ」


「聞いてた今の話! 取り入れて、民意を!」


 なんだか難しい言葉を使っているが、とりあえず呼び方に不満があるらしい。


 まあ嫌だと言っている相手にそれを言い続ける程非常識でもない。


「それで、おさげちゃん」


「お、おさげちゃん……また変わった呼び方だね……」


「というか水鳥さん以外にも二つ結びの子たくさんいるでしょう……」


「ダメ?」


「名前の方がうれしいな」


「じゃあ、結季ちゃん?」


「…………!」


「おー。だいじょうぶ?」


 突然鮮やかな髪を揺らして咳き込む。びっくりした。


 隣で沙月はうわ……という顔でこちらを見ていた。


 ジト目ばっかだなこの子。


 結季ちゃんはふー、と息を吐いて紅茶を飲んで、白い肌に赤みが残る顔で口を開く。


「びっくりした……男の子にいきなりファーストネームの方呼ばれるって思わなくて」


日郷ひさとでいいぜ」


「距離の詰め方がすごい……」


「よくわからないけど、よろしく、結季ちゃん」


「……うん。ひ、日郷さん」


 そう言って何やら恥ずかしそうに結季ちゃんは俯く。


 変なあだ名とかじゃなければ呼び方なんてなんでもいいじゃんと思ったけど、昨日は沙月も渋ってたし、案外みんな気恥ずかしいのだろうか。


 俺としては中学までやっていたサッカー部では基本的にチームメイトは下の名前で呼ぶのが通例だったから、という延長でしかない。


 小学生の地域のクラブとかだと親も来ているから名字だとわかりにくいのだ。


 そんな環境を小学生のときから五年以上やっていたのもあって、今でもこれから打ち解ける必要がある場合ならためらいなく名前呼びだ。


 流石に初対面の他のクラスの子や先生相手なら名字で呼ぶけどね。


 とーかちゃんは、流石に最初の方はちゃんと神海先生って呼んでたような気もする。


 けどいつの間にかこうなっていたし、きっとどこかで仲良くなったのだろう。


 あんま覚えていないけど。その頃は色々ぐるぐるしていて記憶が怪しい。


 結季ちゃんも今は恥ずかしがっているけど、これもその内慣れてくれるというのも経験則だ。


 男同士でも最初は名前呼びに気恥ずかしさを感じる子もいたけど、一か月と経たないうちに普通になってくる。


 名前というのは大事なものだけど、そこに意味を込めないなら大したことでもない。


 カチャリとカップを机に置いた沙月が冷たい視線のまま結季ちゃんに語り掛ける。


「諦めましょう。そのくだりは昨日もやったところだし」


「ということは樽見さんも……」


「ふぅ……」


 なんだか遠い目をして窓の外を見ている。なんだよぉ。


 このアウェー感に近いのは、小学校まで男子も女子も普通に名字や名前で呼び捨てていたのに、中学校から男子は君付け、女子はさん付けに急に変わったことにあまりついていけなかったやつだ。


 なんだか俺を置いてみんなが急に子供でなくなっていくような、そんな感覚。


 しかしこうも二名から不満が出ている以上、違う案も出しておこう。


「うーん。二人ともあだ名欲しい系の子かー。どうしよう」


「いえあだ名は要らないわ。普通に名字で呼びなさいよ」


「です」


「さっちゃんでいいか」


「良い点が何一つないわ」


「安直」


「あんまりあだ名とかつけてこんかったから難しいなあ」


「話を聞きなさいよ」


「タルちゃん。タルタル。タルサツ。ツキちゃん。樽見の二文字取ってルミちゃん。どれがいい?」


「樽見様」


「樽見さん、様付け願望とかあったの?」


「おっけー。タルルンね」


「全然違うところに着地した!」


 結季ちゃんは良いテンションでツッコんでくれる。


 おとなしめの雰囲気だと思ってたけど、思ったよりノリのいい子みたいだ。


「結季ちゃんは……まあユッキーってところか」


「定番だよね」


「あとはグリーンちゃんかな」


「初代ポケモン主人公みたいな名前の付け方だね。そっちの緑じゃないけど」


「緑には縁がないと」


「文字じゃないと伝わりにくい小ボケはいらない」


「で、ゆきりんはさ」


「もう普通の名前呼びでいいよ?」


 結季ちゃんは諦めたような困惑したような表情になっていた。かわいそうに。


 呼び方トークになってしまったせいで聞こうと思っていたことをすっかり忘れてしまった。


 まあ思い出せないというのならそんな大したことじゃないのだろう。


 こほん、と咳ばらいを結季ちゃんがして、穏やかな空気を纏う。


「とにかく、同じ副会長として頑張ろう。よろしくね」


「頑張ろうぜー」


「絶対頑張る気ないでしょう貴方……」


「そういや結季ちゃんクラスどこ?」


「わたし? A組だよ」


「あー。A組。なんだっけ、すごいとこだ」


「事実なのだけれど貴方が言うと適当感がすごいわね……」


「むしろ大物感ある」


 二人から呆れられてたり感心されたりの反応が返ってくる。二人とも反応が反対なのが少しだけ面白い。


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