19.鳥頭の探偵

 子守歌に教室の喧騒を聞いていたら、時計は放課後を指し示していた。


 今日の授業も板書すらしていないけど、あとで委員長ちゃんに頼んで見せてもらおう。


 どうせ今後も授業にまともに出るわけがないので、せっかくならテスト前にまとめて借りた方が一回で済む。


 テストは赤点回避さえすれば補習でどうにかなるが、教科書全部覚えるよりは授業のノートを覚えたほうが勉強する量が少なくなる。


 そもそも俺の教科書は机に突っ込んでから中身を全く見てないのでそれ以前の問題な気もする。


 今日久しぶりに引っ張り出したけど、きっと教科書を盗まれても気づかない。


 盗んだところでみんな同じ教科書だから需要はないだろうけど。


 でもメルカリで教科書売ってるの見たことあるし、俺もいざとなったら金策として売り払おう。


 大きく伸びをして、席を立つ。


 委員長ちゃんはこの後予備校に行くらしく、早々に別れの挨拶を済ませてしまったので一人でカバンを持って教室をいつものように出ていく。


 やることもやりたいことも特にないのだけど、とりあえず暇潰しに今日は街の方にでも行って適当にふらついていようかなあ。


「キミの頭は~、鳥頭~!」


 スパーン! と頭をはたく良い音が廊下に鳴り響く。叩かれているのは俺の頭だ。


 地味に痛い後頭部をさすりながら振り返る。


「とーかちゃん。不意打ちはずるくない?」


「音優先で痛くならないように叩いてるからいいでしょ」


 なんか叩くのにテクニックを使っている。お笑い芸人がツッコミで叩くやつかな。


 呆れたようにため息をつきながら、とーかちゃんが俺の背中を押す。


「生徒会。初日からサボりは感心しないぞ~」


「忘れてないよ。思い出せなかっただけ」


「その言い訳好きだな……まあいいや。思い出したなら、レッツゴ~」


 とーかちゃんにそのまま肩をぐいっとねじられ、第二校舎の方へ歩き出す。


 放課後になったらすっかり抜け落ちていたけど、朝は覚えていたのだ。


 言われたら思い出したので忘れてはいない。


 グラウンドの方から聞こえてくる運動部の声、楽器の音、春のあたたかい風……色んなものを感じながら目的地へ向かう。


 とーかちゃんと二人で他愛もない話をして、そういえばとーかちゃんはなぜ生徒会室に現れたのだろうと疑問が浮かぶ。


 しかも、俺が入ったドアからでなく、理科室と理科準備室のように内部から繋がっているだろう部屋から。


「とーかちゃんは、沙月と仲いいの?」


「ん~? 仲悪いわけじゃないはず。っていうか顧問だし」


「顧問?」


「そ。生徒会の顧問」


 なるほど。


 種を明かされてしまえば、面白味も何もない事実だった。


 ドラマなら何気なく登場した人物の複雑に入り混じる人間関係が後に判明したりするのだろうけど、現実はあっさりしていた。


「つまんないね」


「おっと~。質問に答えてまさか低評価されるとは思わなかったぞ~」


「ボケなきゃ。芸人なら」


「教師だわ」


「出るって言ってたじゃん、K-1」


「違う職業からまた違う職業に飛んだね~」


「最強の教師を決める、K-1」


「奇跡的に合ってるんかい。最強の教師は一体何を教えるのよ」


「人生の厳しさとか」


「それなら今すぐ教えてあげられるんだけどな~」


 そんな風にとーかちゃんと楽しくお喋りしながら歩いていると、昨日ぶりの生徒会室へ着く。


 扉に手を掛け、中に入っていくとーかちゃんに俺も続く。


「樽見ちゃん、おつ~」


「やっほー」


「挨拶が酷い……こんにちは」


 俺ととーかちゃんの顔を見るや頭を押さえて嘆息する生徒会長。


 でも夕方になる前の時間はこんにちはでもない気がする。個人的に。


 まあそれはさておき。


 とりあえず昨日と同じソファに腰かける。相変わらず微妙なクッション性だ。


 生徒会長さんも昨日と同じようにカチャカチャと食器の音をさせている。


 ほんのりと紅茶のいい香りがやってくる。


「あ、あたしの分は結構だよ~。この子連れてきただけだし」


「そうですか」


「うん。あ、高尾君。お昼に渡した届、忘れないでね~」


「おっけー」


「返事だけは毎回調子良いな~」


 そう言って苦笑しながら退出するとーかちゃんにひらひらと手を振る。


 ちなみに出ていった扉は部屋の方ではなく、廊下に通じている普通の方だ。隣の部屋ではなく今日は職員室に戻るのだろう。


 ちなみに届というのは午後の授業に来たとーかちゃんに貰った生徒会加入のやつ。


 さて。


 来たのはいいけど、何をしたら良いのか。


 とりあえず現状分析。


 生徒会室の状況を確認しよう。昨日はなんやかんや慌ただしかったし。


 この教室は随分と静かな場所にある。


 防音という訳ではないのだけど、この部屋は端の部屋ということもあって廊下を人が通る気配がない。


 遠くに部活動の音色がうっすら聞こえてくる程度。


 部屋の中も沙月と俺の二人しかいないので、文科系の部活動のようにワイワイもしていない。


 生徒会室と聞くと漫画などのイメージだと色々と揃っている部屋を想像するけど、給湯器があるくらいで他は事務室って感じだ。


 他の教室と同じ部屋のサイズで、ソファとテーブルのある反対側には口の字になっている長机にいつもの学校の椅子が並んでいる。


 その長机の誕生日席に沙月がいて、そこから見た両サイドに空席になっている。


 しかしよく見ると沙月から見た左側の机の一つだけ、使用されている跡がある。


 荷物、というか可愛らしい小物とか手のひらサイズのぬいぐるみが置いてあり、きっと他の生徒会の人が使っているんだろう。


 ミステリー並みの推理力で人物の特定できたらカッコイイところだけど、残念ながらさっぱり見当もつかないので、探偵ごっこはおしまいだ。


 あ、最後のセリフ、真犯人みたいだね。「探偵ごっこはおしまいにしてくれないか?」って感じのやつ。


 あとは「くだらない。ガキのお遊びになんて付き合っていられるか!」とか「バカバカしい。俺は部屋に戻って休ませてもらうぜ」とかがある。


 最後のはホラーの被害者じゃん。


 こういうセリフって実際に使用されているところを見たことがない人にも通じるテンプレートだと思うんだけど、今もまだ現役で使用されているんだろうか。


 話を戻して、今度は昨日もとーかちゃんを交えた三人でお話していたローテーブルをソファで囲った空間である。


 こちら側には本棚があり、ファイリングされたものや歴代の生徒会の人たちだと思われる写真が飾られている。


 その他の部屋の設備は特筆するものもあとは特になく、本当に普通の学校の教室って感じだ。


 各教室配備のエアコンも、この部屋だけ特別高性能というわけでもなさそうだ。


 壁側の机もぱっと見、落書き一つなく綺麗なものだし、隅々まで管理が行き届いている。


 あとは……先ほどのエアコンもだけど、全体的に清潔さを保っている部屋だ。いつも授業をやっている教室よりも綺麗かもしれない。


 ざっと部屋の具合を確認し終わったタイミングで沙月が紅茶を持ってこちらへやってくる。


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