17.束縛系女子
隣で黙って聞いていたとーかちゃんがニヤニヤ笑いながら割り込んでくる。
「え~。じゃあ約束守れなかったらどうするの~」
「先生がそれを言いますか……」
「やっぱ罰ゲームじゃない?」
「貴方もしれっと変な要求をしないで」
「ま~いいじゃん。あまりこういうのって真面目一辺倒になってもうまくいかないものだからね。ゲーム感覚でやろうよ」
「はぁ……いいですよ。では私の要求としては楽しいと感じたなら真面目に学校に通って勉学にも励んでもらいましょうか」
「だってさ。どう?」
「おっけー。楽勝」
「楽勝なら普段も真面目に通いなさいよ……」
「ならあとは樽見ちゃんが負けたときの罰ゲームだね」
「そうですね……もし高尾君が生徒会で過ごしてみてもまだ面白くないと思っているのなら、貴方の言うことをなんでも一つ聞いてあげるわ」
「わ~お。大胆だね~。どう考えてもえっちな要求されるのに」
「…………」
「しないよ。流石に」
こんなお遊びでやっていい罰じゃないでしょ。
会長さんもスッと身構えるように俺のこと睨んでるけど、俺もそこまで命知らずじゃない。
「だいじょーぶだって。わかってるから。俺もそういう負けた人の言うこと聞くみたいなやつは中学の部活の遊びでやってたから加減は知ってるつもり」
「そう。学生のノリというやつね」
「ちなみに男子中学生は何をしてたの~?」
「んー。ちょっと待ってね。思い出すから」
「定番どころならジュース買うとか授業中にふざけるだとか……あとは公開告白させるとかいう迷惑行為くらいかしらね」
「実感こもってるね~」
「だいじょーぶ。そういう人に迷惑かける系じゃなかったよ。軽いやつ」
「なら安心だね~」
「全裸で校庭一周させたくらい」
「重いわ!ハードな罰ゲーム以前に倫理的にもアウトよ」
「そんな激つよエピソードなら考える間もなく思い出すでしょ~……」
「流石に日が暮れてからだけどね」
「どこに安心する要素を見い出せばいいのかしら」
「アホな男子中学生のノリだね~」
「あとはランドセルで中学に来るやつとか」
「さっきのインパクトを考えると軽いものに思えてくるわね。いえそっちも結構な羞恥があるのだけれど」
「そんな感じの罰ゲームで良い感じ?」
「ごめんなさい。なんでもするって言ったけれど、もう少し軽いものでお願いするわ……」
普通に懇願された。
一応言っておくとそんなことをこの子にやらせるつもりはない。あくまでも何をしていたかと聞かれたから答えただけで冗談だ。
ちなみにさっきの罰ゲームは冗談じゃないよ。
「で、高尾君はどうする~?」
「いいんじゃない? この子も面白いし」
「でしょ~。堅物ぶってるけど意外とチョロくて面白い子だよ」
「私にとっては面白くないやりとりが目の前で繰り広げられているんですが」
「ま~そう言いいなさんな」
不満顔をしている会長さんにとーかちゃんが絡みに行く姿を見て、思わず口元が緩む。
なんだかほっこりする風景だ。
一通りうざ絡みを終え、とーかちゃんがさてと、仕切り直す。
「高尾君を生徒会に入れるお話はとりあえずこんなとこかな?」
「……そうですね。ここまで素直に呼び出しと加入に応じてくれるとは思っていなかったので、色々準備してきたのですけれど」
「あっさり終わって拍子抜けだった~?」
「いえ間に余計なやりとりがあったのであっさり感は全然ありませんでした」
「ちなみに俺の説得材料は他に何があったの?」
「まずは高尾君のここ半年の行動履歴の提出とそこから今後の行動指針の確認、それらをクリアしていくための更生プログラムについてね」
「こわ。彼氏の行動逐一チェックする系女子だ」
「彼女にすると束縛する重いタイプだ~」
「揃って私へ攻撃するのやめません? ものすごい風評被害ですし」
「でも、その話されてたら入るって言わなかったかもね」
「でしょうね。昨日の件から分析して方向転換したのが正解で安心したわ」
「安心するのは早いぞ~。ふらっとどこか行っちゃいそうな子だし油断しないように」
「ちっちゃい子供みたいだね」
「自分で言うのね……」
「さてと、下校時刻より少し早いけど今日は顔合わせできたし、もう解散でいいかな?」
「はい。後日加入の申請書だけ書いて提出してもらうくらいです」
「じゃあ明日高尾君のクラスの授業のときにでも渡そうかな~……っとそういえばプリントやった?」
「英語の? やったよ」
「感心感心。できれば普通に授業出てほしいけど~」
カバンの中をゴソゴソ漁る。角が少し折れたプリントを引っ張り出す。
「はい、受け取っ……もうちょっと頑張ろうよ~」
「えー。頑張ったよ、ちゃんと」
「半分くらいしか埋まってないけど」
「受け取ってよ。俺の努力をさ」
「課題の方を受け取りたいな~」
「十分じゃそれが限界だった」
「努力の方もないじゃない……」
隣からのぞき込んでいた沙月からも苦言を呈される。
こういうのは時間の問題じゃないと思うんだ。自分が頑張ったと思えば頑張ったのだ。
そうやって頑張ったことにして面倒くさいことを投げ捨ててしまう。
「だって字読めなかったし」
「カッコイイでしょ~、筆記体」
「確かに。でも日本語もカッコいいじゃん。漢字でやろうよ」
「英語の授業の意味わかってる?」
わかっていたらもう少しできている気がする。
学力というよりモチベーションの方が大事だと思うし、こういうの。
「一応受け取っておくけど、明日また追加ね~」
「えー」
「わからないところは隣の子にでも聞きながらやりなさい」
とーかちゃんはそう言って少し困ったように笑う。
「じゃあ今日はここまで。二人とも寄り道せずに帰りなさいよ~」
沙月はこくりと小さく頷き、静かに身支度を始めた。
その所作の一つ一つに気品すら感じるのだから、彼女がその他大勢とは一線を画していることを実感する。
三人で部屋から出て、沙月が部屋の鍵をしめる。あの鍵は生徒会長特権とかあるのかな。あったらちょっとカッコイイな。
「鍵、貰っておくよ~」
「ありがとうございます。では」
礼を言うと鍵をとーかちゃんに渡して、この場から去っていく。
とーかちゃんもその姿を微笑ましげに眺め、さてと呟き今度は俺に振り返る。
「じゃあ高尾君もよろしくね。他の生徒会の子に会ってもちゃんと挨拶するんだよ~」
「任せて」
「返事だけは調子いいんだから」
こつりと頭をはたかれる。理不尽。
「でもいいの? 俺、あの子のことは面白いと思ってるけど、生徒会のことはそこまで興味ないよ」
「ま〜そうだろうね。あたしも正直無理強いしたくはなかったかな。キミのことを想うと」
とーかちゃんが少し困ったように笑いかける。
生徒会みたいな地道にコツコツ頑張るみたいことははっきり言って俺には向いていない。
けど、やれるやれないで言うなら、やれてしまうだろう。
向いていないことはできないのなら、切り捨てることができたのかもしれない。
切り捨てられなかったから、生きることが下手でも死ねずにいる。
大勢の人が感じる誰かといると幸せだとかこれさえあれば生きていけるというものが、俺にはない。
生きることを退屈だと感じても、それを良くするために何をすればいいのかわからない。
探している大事なものからも見つけてもらえない、無色透明なままふらふらと生き続けている。
黙ってしまった俺の頭にとーかちゃんの手が優しく置かれる。
「あたしはね、諦めてほしくないの」
普段より力のこもった返答。
思わずとーかちゃんの顔を見ると、少し真面目な、先生の顔をした大人がそこにいた。
「お昼も言ったでしょ。まだまだ生きてれば色々な出会いがあるんだから、いつかキミに救いの手を向けてくれる子が現れるかもしれない」
「それが沙月ってこと?」
「個人的にはそうあったら良いなとは思うけどね。嫌な辞めて良い。だけど最初から全部切り捨てることはしてほしくないな」
「そっか」
「そう。頑張りなさい」
とーかちゃんの言うことの本当の意味を、たぶん俺は理解できていないと思う。
だけど、とーかちゃんが大事に思っていることは、俺も大事にしたい。
「高尾君も今日くらいは真っすぐ家へお帰り」
「おっけー。またね、とーかちゃん」
別れて、一人階段を降りていく。
今までとは違う、そんな気持ちを抱えて。
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