16.Tomorrow is another day
とーかちゃんもソファに座り直すとにやにや笑いをやめ、真面目な顔つきへと直して足を組んで疑問点を投げかける。
「で、結局勧誘の理由はなんだったの?」
「その質問をするのにさっきまでの無駄なやり取り必要でした?」
「世の中に要らないことなんてないよ、沙月」
「このやりとりが不要なのよ」
「キミたち思ったより仲良いね~」
「そう?」
「そうそう。なんだか楽しそうだよ」
「……私との友好度はひとまず置いておくとして。確かに高尾君、普通に楽しんでいるじゃない。なんだったの昨日の発言は」
「んー。別に嘘を言ったつもりはないんだけどね」
生きることが退屈なのは嘘じゃない。この時間を楽しんでいるのも事実だ。
これまでだって当然、生きていて楽しい時間はあった。
だけどその時間は生きていて退屈な時間に比べたらずっと少ない。
結局トータルで振り返ると生きることはつまらないことだなと感じてしまう。
そもそもみんなが楽しいと思う時間が俺にとって違うのだから、同じ時間にいても退屈だと感じる割合が増えるのも必然だ。
こうやって誰かとお話していても、やはりどこかで心の奥に隙間があることを自覚すると嫌になってくる。
それでも沙月やとーかちゃんとの他愛のないやり取りは少しだけ色がついて見える。
ずっと嫌になることばかりだと死んでしまう。だからこうやって定期的に悪くないと思えるイベントを提供し、生き延びさせようとしてくる。
神様は人間育成シミュレーションゲームでもしているのかと言いたくなる。
「それはさておき。高尾君、生徒会の件よ」
「生徒会、ねえ」
ようやく話が戻ってきた。
明確に拒否というわけでもない。
でも二つ返事で解答するほど、気乗りもしていない。
というか当然のように生徒会加入の流れが出来上がっているけど、そんな部活動のように簡単なものなのだろうか。
「入りたいで入れるの? これって」
なんて、当然の疑問を口にする。
生徒会といえば選挙のイメージがある。
あのよくわからないうちに集められて、演説聞いて、紙書いて投票する、あれだ。
誰が出馬しているのかすらいつも知らないので、適当にどれにしようかなで人の名前のところに丸だけ付ける選挙。
選挙やるのかー、俺。
そうなると選挙活動とかやったり最後は俺が壇上とかでなんか喋ったりするのかな。清き一票をって。
清くない一票ってどんな票なんだろう。裏金?
「貴方、本当にこの高校の生徒会のこと何も知らないのね」
「要らないの? 選挙カー」
「それはこの高校でなくても必要ないわ……」
「えー、テンション下がるー」
「どこでテンション上げていたのよ」
沙月はやれやれと一つ息を吐いてから続ける。
「この高校には生徒会選挙はないの。基本的に生徒会長は先代から指名されて受け継ぐものよ。そして、その他の役職は新たに生徒会長になった人物が指名して、先生の承認を得ることで集まる仕組み」
「へー」
変わった、というほど他の制度を知っている訳じゃないので、なるほどという感想しかない。
知っているのは中学のときと創作物でのイメージだけだし。漫画だったら一巻分くらいは選挙でお話やりそうだ。
そもそも生徒会というのは面倒事なイメージもあり、募集定員の人数に達せず、予備選挙みたいなことをやった挙句、結局集まらずに適当な数合わせ要員が集められているのが俺の印象だ。
漫画なんかじゃものすごい権限を持っていたりするように描かれることが多いけど、現実の生徒会が何をしているか俺は知らない。
知らないということは仕事自体かなり地味で、誰の目にも止まらないということなのかもしれない。そもそもなんの仕事をやっているのかすらわからないし。
何かしているんだろうけど休みもなく、お金が出る訳でもなく、これといったゴールがないから、話題にも上がらないのかもしれない。
そんな無休で無給の無窮の仕事が待っている未来だとすると、面倒そうだなという感情は否定できない。
一人で黙々とやるのは嫌いではないけど、やっても終わりがないお仕事で、永遠に仕事の悪夢から逃れられない無限労働編が劇場公開されてしまってはよもやよもやだ。
去年試しにバイトで時間を潰していたことがあったが、似たようなものだろう。
やることは地味だし、誰にも気にかけてもらえないし、面倒なことも多いし、量も多い。そして対価は少ない。
バイトはまだお金が貰えたのでまだやった感はあったけど、それでも退屈で暇を潰すだけにしては面白くはなかったので長続きはしなかった。
働くのは大変なのである。
とーかちゃんがいつの間にかどこかから引っ張ってきた追加のお菓子を食べながら説明を代わる。
「ま~部活動みたいな感じで公示も選挙もないよ。所属したらどこかに高尾君の名前くらいは張り出すのかな?」
「そうですね。といっても職員室前に小さく張り出すだけですし、注目度はあまり高くないと思いますが。いくら彼とはいえ」
「頑張って目立つよ」
「目立たなくていいのよ。方向性が間違っている努力はやめなさい」
「はーい」
「入るのなら明日からここに来てもらうわ」
「マジ?」
明日? トゥモロー? Tomorrow is another dayだ。意味はよく知らないけど。響きだけで覚えている。
なんか、スピード感のある話だ。
ここで沙月ととーかちゃんがが承認したら明日から放課後の居残りが確定なのは、少し乗り気でなくなる。
元々ノリノリでもないけど、面倒くさいなという感情がもっとにょきにょき芽生えてくる。
そんな俺の様子に気づいたのか、とーかちゃんが苦笑いしている。
「ま~どうしてもキミが嫌って言うのなら、あたしはその意思を尊重するよ。個人的には良い機会だとは思うけど」
「うーん……じゃー、質問。生徒会長さんに」
「……なに?」
「なんで俺を生徒会に入れたいの?」
自分で言うのもなんだけれどこういうことに向いているとは思わない。
なんとなく生徒会っていうのは真面目な人がやるイメージだ。それこそ漫画のキャラでもない限り不良なんて呼ばれている生徒が参加する活動ではないと思う。
俺からやりたいと希望を出しているのならともかく、正直言ってやる気の方もあまりない。
この子が面白そうな子だなとは思っていても、生徒会そのものについて興味を惹かれている訳でもないのだ。
それに組織の立場上、ある程度指揮系統することになるだろう。学校の問題児に指示される他の生徒たちも決して愉快な気分にもならないだろうし、あまり双方にとって良好とは考えにくい。
そんな俺程度でも思いつくことを、彼女が思い至っていないはずがない。
だから、知りたい。
そんな想像がつかない行動になる理由を、聞いてみたい。
「それなら、昨日言ったはずよ」
彼女は何を今更と当然のことのように言う。
「貴方を生き返らせてあげる。それが理由」
綺麗な所作で髪をかき上げて、俺から視線を外さずにじっと見定めるように向かい合う。
昨日のあれは本気だった。
生徒会に入ると俺が生きていける、というのも疑問だけど。
少なくとも彼女はそう考えている。それを余計なおせっかいだと突き返すことは簡単なんだけど、それをしようとはあまり思わない。
それは俺自身がどこかで彼女自体に面白さを感じているからなのかもしれない。
そう感じているのなら、俺の心はもう決まっているのだろう。
「たのしいの? 生徒会」
「退屈はさせないわ」
「そっか。じゃー、期待してるよ」
「えぇ。期待していて」
真っすぐな目で俺を見る。
その瞳には静かに燃える青い炎が見えた気がした。
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