14.自己紹介
少し落ち着いたところでとーかちゃんがいつもの調子で話す。
「じゃあそんなわけで、お互い自己紹介くらいしようか~」
「イエーイ」
「唐突すぎるし、そのノリもついていけないです」
生徒会長さんは渋い顔で反応する。
自己紹介嫌いなのかな。まあ学生にとっては毎年学年が変わるたびにやらされるし、自己紹介で滑ると悲しい思いをするのはわかる。
そんな生徒会長さんを見て見ぬふりをして、謎のハイテンションのとーかちゃんが仕切っていく。
「じゃあ自己紹介タ~イム!」
「イエーイ」
「特にこちらの話を聞く気はないんですね」
「はい樽見ちゃん!」
「……二年B組樽見沙月。生徒会で会長職をやらせていただいています。よろしく」
俺ととーかちゃんのテンションには一切会わせず、無感情に告げる。
字面だけ見ても面白みも何もない、それでいて語り口からも介入を許さない簡潔な自己紹介。話を広げさせる気がなく、わかりやすく壁を感じる。
まあここで愉快で軽快なトークが聞けたらそれはそれでびっくりだ。ギャップとしてはそっちの方が面白そうだけど。
ちなみにとーかちゃんは「つまんねえ~」と言いながらお菓子を食べている。
怖いもの知らずだ。というかそのお菓子俺も貰っていいかな? おなかすいてきた。
さて、俺も名乗られたからには名乗り返さねばなるまい。それが騎士の礼だ。騎士じゃないけど。
「高尾日郷。たのしいこと探してまーす」
「二〇代にもなって定職にもつかずフラフラしているダメ人間みたいが言いそうなことね」
「自分探し~つってね」
「審査厳しいね」
まさか自己紹介にダメ出しされる日が来るとは思わなかった。
「というか会長さんのだって面白くなかったよ。もっと攻めなきゃ」
「自己紹介に攻めるという概念は存在するのかしら……」
「というか会長さんって、固いよ~。同級生なんだしもっとフランクにいきなよ」
「いえ私は特に気にしませんが」
「んー。ちゃん付けは嫌なんだよね」
「そうね」
「おっけー。じゃあ、沙月」
「…………(ゲホッ)」
「どしたの樽見ちゃん、紅茶吹いて」
「変なとこ入った?」
「ごほっ……いえ、大丈夫です。ティッシュありがとうございます」
口元とカップを綺麗に拭くと、何度か深呼吸をしてこちらの方へ体勢を向ける。
「普通名字呼びじゃないかしら?」
「あー、そういうのね。だいじょーぶ。すぐ慣れるよ」
「いえそういう問題ではなく……」
「樽見ちゃん」
ティッシュを戻しに行っていたとーかちゃんが沙月の隣にそっと腰掛け、優しく肩に手を置く。
その顔、その目は儚く、静かな声色も相まって今にも消えてしまいそうな美しさを出している。
「先生……」
「キミの言いたいことはよくわかる」
「なら」
「世の中にはどうしようもないことこともある。あたしはもう諦めた……」
「重いアドバイスですね……」
とても神妙な面持ちで話しているけど内容は大したことなかった。というかそういうことって本人(俺)に言うものじゃない?
まあ何を言われても俺は俺の呼びたい呼び方にするけど。
沙月は俺を見るとぐいっと身を乗り出して真っすぐな瞳を向ける。
「一応悪あがきをしてみたいのだけれど、いいかしら」
「かもーん」
「樽見の呼び捨てでお願い」
「俺は日郷でいいよ、沙月」
「会話が噛み合わない!」
「そんなに嫌?」
「嫌というかそういうの慣れていないし……恥ずかしいし」
「だいじょーぶ。はじめてはみんなそうだから。すぐ慣れて気にならなくなっていくよ」
「なんだか男が強引に迫る初えっちの会話みたいだね~」
「やめてくださいセクハラで訴えますよ」
「キミが言うと洒落にならないんだよな~」
「じゃー、よろしく沙月」
俺が手を差し出すと、沙月はそれをじっと見つめて、握り返してくる。
「…………はぁ。これ以上時間を使う方が無駄ね。私の負けでいいわ。よろしく、高尾君」
漫画見たいな設定盛り盛りの生徒会長で見た目が年相応に見えないものだとしても、握ったその手は小さくてふわっとした女の子のものだった。
握手が終わると、とーかちゃんがもう一度手を大きく叩いて仕切り直す。
「じゃあ二人仲良くね~」
「随分雑に締めますね……」
「だって他に言うことないし。あ、
「はい。私の方から連絡を入れておきます」
「りょ~」
そう言うと、三人自分の席へ座り直し、再びまったりとした時間が流れる。
美味しい紅茶を飲みながらスマホを眺めて過ごす。
放課後の時間の過ごし方としてはそんなにいつもと変わらないけれど、過ごす場所が変わっていると少しだけ落ち着かない気分になる。
だけどとーかちゃんと誰だか知らない芸能人が結婚したというニュースをあーだこーだ言い合っていたらすぐに気にならなくなった。そんな繊細な機微を持ち続けられるような人間には育っていない。
そんな様子を見ていた沙月がはっとした表情になり、カップを置く。
「……こうじゃないわ。貴方もどうしてくつろいでいるのよ」
「紅茶、美味しいから」
「それはありがとう。いえそうでなく」
「高尾君は手ごわいぞ~。頑張れ~」
「神海先生はどの立場から言っているんですか」
鋭い視線をとーかちゃんに向けるが、当の本人は全く意に介せず紅茶を口に運んでいる。ちなみにとーかちゃんのは生徒会長とは少しデザインが違うカップだ。
「まあそんなことを言われても、樽見ちゃんが何をしたいのかも聞いてないし。まずはその辺を説明するところからじゃないかな~」
「……そうですね」
「あとこれは対高尾君へのアドバイス。打っても響いてないように見えるけど、要点の理解は早い子だから。根気強くね~」
「参考にします」
二人で何やらお話しているので俺はすっかり蚊帳の外だ。
その様子をぼんやりと眺めながら飲みやすい温度になった紅茶を美味しくいただく。
コンビニとかの紙パックのものとは全然違うということは流石の俺でもわかるくらいには美味しい。
目の前の少女は自分のカップを中央に寄せ、改めて一つ咳払いして落ち着いた様子で俺と向き合う。
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