13.放課後紅茶タイム

「どうぞ」


 凛とした返事が返ってきた。


 つい最近聞いたばかりの声。


「失礼しまーす」


 周囲が静かなので大きな音にならない様に丁寧に扉を引く。


 視線を上げると、そこには一人の少女。


 俺がいる位置と正面の位置で、真っ直ぐな姿勢で静かに座していた。


 その姿に思わず息をのんだ。


 儚く、そして今にも壊れてしまいそうな脆そうとさえ感じてしまう。


 怖いとさえ思う、その姿を。


 美しいと思った。


 昨日も綺麗な子だとは思ったが、改めて向き合うと葵の言っていたように作り物みたいな繊細な美しさがある。


 葵の描く絵にも目を引かれて言葉がなかったが、それに劣らないほど絵になっている。


「待っていたわ」


 もう一度冷たい声色が部屋に響く。昨日のおもろトークしていた人とは声一つで別人のようだ。


 生徒会長は机の本にそっと触れたまま、変わらず問いかける視線が向けられている。


 というか怖いよ。怒られるようなことは、まあたくさんしてるけど、少なくともこの子に怒られるようなことはしていない。


 本当的な恐怖からふわりとしていた気持ちが引きしまる。ジェットコースターの上りの浮遊感からいきなり重力に引っ張られる感じに近い。


 冷静さを取り戻したところで改めて少女を見る。 


 決して睨んでいるわけではないのだろうが、視線の鋭さは睨んでいるように刺してくる。真の英雄は目で殺すとはこのことか。英雄なのかな。


 無意識に返事の正解を考えて、やめた。いつも通りでいこう。


 昨日はちゃんとお話しできたのだ。


 気楽にいきましょう。


「やっほー」


「…………」


「あれ。やっほー」


「……聞こえなかったわけではないわ」


「そっか。じゃー、来たよ」


「はぁ……昨日もだけど、貴方と話しているとなぜだか気力を持って行かれるわね」


 頭痛でもするようにこめかみを抑えている。そこまで変なことは言ってないのに。


「あ、ソファある。いいね」


「ちょっと勝手に……まあいいわ」


 生徒会室は普段の教室を長机で四角く囲んだスペースとソファとテーブルのあるスペースで、半分に区切られていた。


 そのソファへ腰かける。座り心地はすごくふかふかでもなく、まあ普通のソファだった。


 校長室のソファはもっとふかふかだったなあ。呼び出されたのがいつだったか忘れたけど。


 肝心の生徒会長はというと、先ほどまで座っていた席の近くで紅茶を注いでいた。いいにおい。


 お盆にコップを二つ持ってそれを俺の目の前と、反対側に一つずつ置く。


 俺のは紙コップだけど、もう一つはお店で出てくるようなカップだ。


「何か入れる?」


「ううん。そのままで」


「そう」


 そう短く答えると生徒会長さんは対面に腰掛ける。


 目の前のテーブルに注がれた紙コップの熱くない上の方を持って、息で冷ます。


 一口含んで、まだ熱いのでまた冷ますために一度机に置く。淹れ立ては熱く、猫舌には厳しい。


 優雅に紅茶を飲んでいた生徒会長もカップを机に置いて、こちらに視線を向ける。


 お茶飲んでるだけで絵になる子だ。


「それで、ここに呼ばれた理由はわかる?」


「んー。お茶会?」


「……あると思う?」


「たしかに。お菓子とかないもんね」


「否定の材料は絶対にそこではないと思うのだけれど……」


 お茶会って言ったらなんか……あの三段くらいのトレイに乗ってるケーキを食べる感じのやつじゃないの。


 イギリス的な。アフタヌーンティーだっけ。


 あれって下の段から食べるとかあった気がするけど完全にうろ覚えだ。


 まあいいか。違うらしいし。


 すると、長机で囲まれている側にあった扉が開く音がする。


 そして見慣れた姿と声がやってきた。


「お、高尾君やっほ~」


「とーかちゃん、やっほー」


「なんて間抜けな挨拶……」


 生徒会長さんは苦い顔をしてとーかちゃんと俺を見る。


 この挨拶、便利なんだけどな。


 今朝の葵と会った時間のような、おはようとこんにちはとか、今みたいなこんにちはとこんばんはでもない微妙な時間でも使うことができるし。


「樽見ちゃんもお疲れ」


「お疲れ様です。ちゃん付けはやめてください」


「教師の立場としてなんたらって? ま~言ってることはわかるんだけど、そこまでこっちが気にしなくてもね~……その子のせいで」


「……もう一度聞き直しましょうか。高尾君、この先生の名前、ちょっと言ってみてくれる?」


「え、とーかちゃんでしょ」


「ね~?」


「……それはそれとして、私へのちゃん付けはやめてください」


「考えておきましょ~」


 さっきまでの冷たい空気感が消え、とーかちゃんのいつもののほほんとした雰囲気になる。


 少しだけ生徒会長さんも昨日と同じ雰囲気に見えるし、もしかして緊張していたのだろうか。


 人と会うのは初対面のときより二度目のほうがやりにくい人もいるらしいし、さっきの空気は変な気を張っていだけなのかもしれない。


 どちらにせよこっちの方が俺にとってはいつも通りなので歓迎だ。


 先生のお茶淹れますね、と言って生徒会長が席を立つ。


 とーかちゃんはそれを見届けて、俺の下家側の一人掛けソファに座る。


 もう一人いたら麻雀ができる配置だ。


 そういえば、ととーかちゃんが話を振る。


「ここ来ること、忘れてたでしょ~」


「だいじょーぶだよ。委員長ちゃんに教えてもらったから」


「教えてもらわなきゃ忘れてたでしょ……まあ、鍋原なべらちゃんに伝言を残しておいたのは正解だったみたいだね~」


「明日お礼のお菓子あげなきゃね」


 会話から察するに委員長ちゃんは鍋原って名前だらしい。頭のどこかにメモ。


 生徒会長さんが追加の分の紅茶を持ってくる。


 とーかちゃんは短く礼を言って、口をつける。


 しばし三人で放課後ティータイムだ。


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