11.鶏と卵
とーかちゃんとは去年もこうやって過ごすことがあった。
それは担任だったというのもあるし、遅刻したときの届け出とかの担当だったというのもある。
「そういえば、今年も遅刻の担当はとーかちゃんなの?」
「んー? まあ一応生徒指導の担当だからね」
面倒そうにそう呟く。
「なら、またとーかちゃんとこうして会えるね」
「いや普通に会ってあげるから遅刻しないでね~?」
その言葉に適当な返事をしてごまかす。
真面目に授業に出る気がないので、とーかちゃんなら気を使ったりしなくて済む。とーかちゃんには悪いけど俺としては助かるのだ。
呼び出される時点で助かってはない気もするな。
「というか三日連続で遅刻……懲りないねえ」
「二年になってからはまだ三回目だよ」
「まだ新学年始まって三日だからね」
「バレたか」
「バレるわ。ついこの前まで大変な目にあってたでしょ。特に体調悪いとかじゃないならちゃんと朝から来なさい」
「頑張ったよね、二月。懐かしい」
「懐かしくないよ。まだ四月だよ」
「まあいいじゃん。学年も新しくなって心機一転。今までの分はチャラで」
「チャラにはならないよ~」
神海先生は微妙な笑みを浮かべる。
確かに遅刻・欠席の累積は後から効いてくる遅効性の毒みたいなもので、気付いたときに手遅れになりかけるトラップだ。
とはいえ年度が変わってリセットされているので、またやばくなったらその時考えればいいや。
「でも今日は遅くなっても休まず学校来たんだし、むしろ褒めてよ」
「どこに褒める要素があるのさ」
「良いとこも同時に探してあげるのが子育ての基本なんだって。今朝テレビで見た」
「こんな大きな子供を持った覚えはありません~。そういうのは友達同士でやりなさい」
「とーかちゃんは友達だよ?」
「……まあそこを強く否定はしないけどさ~」
困ったように笑うととーかちゃんは姿勢を改め、なにやら神妙な口ぶりになる。
「高尾君はさ、他に仲の良い子とか欲しくないわけ?」
「んー。なんで?」
「無理に作りなさいってことじゃないの。以前のキミのことを考えるとね。それで苦しんでいるようでは本末転倒だから」
「……葵とは仲良くやってるよ」
「そうだね。正直あの子に関しては高尾君がいて良かったと思う。でも、キミ達の世界はあまりに閉じているように見えるから、かな」
わかるような、わからないようなことを言う。
閉じている、のかな。興味津々というわけではないのは確かだけど。
日々感じている退屈さ、つまらなさ。
それが閉じている、と評される在り方から生み出されるものなのだろうか。
世界への扉を閉じてしまったから退屈だと思っているのか、世界を退屈だと思っているから扉を閉じたのか。
順序はよくわからない。鶏と卵だ。
「友人の数を無理に増やせと言わない。ただ、ある程度は数を当たらないと本当にキミが求めているものにも行き当たらない」
「…………」
「それが嫌になったのも理解してる。だけど、望んで欲しいものが手に入るとも限らないとしても、それでも望まなければ手に入らないものだってあるからね」
口調こそいつもと変わらないが、込められた優しさを感じた。
欲しいものは欲しいと願わなければ手に入らない。
サンタさんですら、願ったものを届けてくれる。
望まなければ、たなぼたすら叶わない。
だけど、そもそも俺は何が欲しいのかもわからない。
その気持ちを誤魔化すように、会話を続ける。
「とーかちゃんもそういう人欲しいの?」
「あたし? あたしは大人だからね。都合の良い人なら欲しいけど、仲の良さはどうでもいいかな~」
「悪い大人だ」
「冗談だよ。あたしは大人だから他の先生方との付き合いがあるからね。もちろん仲の良いに越したことはないけど、仲良しこよしでなくてもそれなりに生きていけるから」
「……そうなんだ」
とーかちゃんが言っていることを、少し分かってしまうからこそ、苦しいと思う。
そういう当たり障りないのない人との繋がりは、学校を卒業してしまえば簡単に疎遠になる。
それは今、中学の頃の周囲にいた子たちと会っていないことで証明できてしまうようで。
無邪気な子供のようにいつまでも一緒と信じられないこと、そしてそんな関係のために必死に自分を押し殺すことは、あまり気持ちいいものではなかった。
「……でもね」
とーかちゃんが珍しく、少しだけ照れくさそうに笑って言う。
「あたしは会えたよ、あたしに手を差し伸べてくれる人に。大学生になってからだから、随分と時間はかかったけど」
「へ〜……それがとーかちゃんの彼氏?」
「か、彼氏じゃないし……あっちはたくさんいる友人の一人としか思ってないし……」
まるで同年代の女の子のようにゴニョゴニョ言う姿に笑ってしまう。
とーかちゃんの好きな人の話はまた今度じっくり聞こう。
こほんと一つとーかちゃんが息を吐く。
「とにかく嫌なことあっても諦めちゃダメだよってこと。高尾君はちょ~っと特殊だけど、頑張ってほしいなと、教師としては思っている訳ですよ~」
「先生だね」
「先生だよ」
二人で笑い合う。
俺がとーかちゃんに懐いているのが、こういうところにある。
俺自身はあまり深く考えて喋っていないが、その空気感に合わせてくれるし、無理強いをさせるわけでもない。
だからと言って放り出すわけでもなく、俺の適当さに大人として付き合ってくれる。
この距離感を、気に入っているのだ。
「そんなわけで、最近なんかあった~?」
「今朝、猫描いてる葵に会ったよ」
「……あの子はあの子で自由すぎるんだよね~」
「あ、あと」
今朝の葵との会話を思い出した。
俺が出会った、一人の少女のこと。
「生徒会長に会ったよ、昨日」
「樽見ちゃん? あ~、思い出した。キミ、樽見ちゃんとなんかあった?」
「樽見……って誰?」
「今まさにキミが話した生徒会長だよ~……」
「あー、確かに。そんな感じだった気がする、名前」
名前に使うメモリが少ないせいで、本名のところに生徒会長という肩書が上書き保存されてしまったのだろう。
「その記憶力でよく話題にしようとしたね。まあそれよりも、どうなの?」
「うん、昨日喋った」
「……それで?」
「それだけ」
「そっか~」
何やら天を見上げている。
全然関係ないけど虚空を見上げてる猫ちゃんにはなにが見えているのだろうか。
人には見えない、UFOみたいなものでも見えるのかな。動物のセンサー的なもので。
UFOでなくてもいいんだけど、天を見るってそれくらい日常動作じゃないよね。
室内なら宇宙人かな。昔見たアニメで部屋に宇宙人が隠れているのを見つけて物語が始まるやつがあったな。
「宇宙人、いた?」
「いきなりなんじゃい。いるわけないでしょ」
「いるかもしれないじゃん」
「いても見つからないように透明になったりするんじゃないの。漫画知識だけど」
「あるあるだね」
「この会話がないわ~」
こほんともう一度咳払いして、とーかちゃんは仕切り直す。
「昨日ね、樽見ちゃんが会いに来たのよ。で、キミのことを聞いてきた訳。知りたい理由はまだ聞いてないんだけど」
「へー」
「それで今朝また樽見ちゃんが来て、キミに会ったら放課後に生徒会室に来いって伝えてくれ、だってさ……というわけで~、昨日なんかあった?」
「さあ? 一度話したかったって言ってたけど」
「ふ~ん。まあいいか。あの子なりに何か感じるところがあったんでしょ。知らんけど~」
「てきとーだね」
「ま~そんな感じだから、今日の放課後にでも生徒会室に行ってみて~」
「おっけー。任せて」
「……場所、知らないでしょ」
「うん。知らない」
「どうやって行く気だったの。口頭で言っても……まあわからないよね~」
そう言うとサラサラっとメモを書く。綺麗な字。
「じゃあ樽見ちゃんにはあたしから行くことを伝えておくから……忘れないでよ~」
「だいじょうぶだって。任せて」
「頼むよ本当。そろそろお昼も終わるね。教室戻りなさい」
「うん。卵焼き、美味しかったよ。他の先生おかずありがとって言っておいて」
「はいはい~」
ひらひらと手を振るとーかちゃんにこっちも手を上げて応えて、職員室の扉を開いた。
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