10.わらしべ長者
昼休み。
購買で買ったお昼を持って、職員室へ入る。
いつものとーかちゃんの席へ。
何度も来ているので場所もすっかりおなじみだ。
近くのおなじみの先生たちへ軽くあいさつしながら向かっていると、俺の姿に気づいてくれたようで手招きしている。
「やっほ~」
「やっほー。お昼食べよっか」
「……目的忘れてない~?」
「食べないの?」
「食べるけども」
何やら渋い顔をしている。お昼を食べる前だというのに考え事とは大人は大変だなあ。
適当な椅子に座って袋からご飯を取り出す。
おにぎり二つと天然水。
「いただきまーす」
「いやお説教……いただきま~す」
とーかちゃんは言いかけた言葉を飲み込んで、少し遅れてお昼に手をつける。
ちなみにとーかちゃんはお弁当だ。手作りらしい。
鮭のおにぎりをペリペリめくって口に運ぶ。もう一つはおかか。
「キミは相変わらず質素だね~。男の子がそんな量じゃお腹持たなくない?」
「んー。でもさっき朝ごはん食べたとこだし」
「遅刻なのに呑気にごはん食べてるんじゃないよ」
「大事らしいよ、朝ごはん。小学校のプリントとかに書いてあったじゃん」
「あったね小学校とか中学校でそういうの。保健便り~とかいって。懐かしい~……いや、そうでなく。しかし教師として朝ごはんを食べるなとは言えないし」
「でももうちょっとボリュームあっても良かったかも」
二つ目のおにぎりに手を伸ばしながらそう答える。
おにぎり二つじゃ少し物足りない。おかず欲しい。
「さっきからキミは食べることしか喋ってないんだよ……」
とーかちゃんは小さくため息をつきながら箸を進めている。
「とーかちゃん」
「神海先生と呼びなさい」
「卵焼きちょうだい」
「あたしのこと友達か何かと思ってる?」
「え、うん。友達じゃん、俺たち」
「教師と生徒じゃい」
軽く頭を突かれる。
別におかしなことを言ったつもりはないんだけどな。
教師と生徒だけど、友達。
年齢は多少離れているけど特に引っかかることでもない。
「年の差は関係ないよ、とーかちゃん。気持ちが大事」
「なに? あたし口説かれてる?」
「とーかちゃんを口説けば卵焼きも俺のものという完璧な策」
「あたしは卵焼きのおまけなんかい……いいよあげるよ」
観念したように苦笑いで返される。とーかちゃんの卵焼き好きなんだよね。甘くて。
我が家では卵焼きは出来合いのものを買ってきていて、それはもちろん美味しいんだけど、誰かが作った味というのはその人の色がついていて同じ味でも、違う味がする。
「というか高尾君お箸ないじゃん」
「あーん」
「いやマジでなんだと思ってんのあたしのこと」
なにやら慌てて机の中から割り箸を取り出している。
とーかちゃんの弁当箱の蓋に卵焼きとプチトマトを置かれて、箸と一緒に渡される。
「あ、トマト嫌い」
「……なんだろうね~。あたし、結婚もしてないのに子育てしている気分だよ」
「良い人いないの?」
「誰かさんに手を焼くのに忙しくてそんな暇ありませ~ん」
「じゃあ卒業したら貰ってあげるね、先生のこと」
「教師と生徒の年の差ラブコメみたいなことを言うな」
「この前読んだ漫画にあったんだ」
「軽口なのはわかるし『漫画で見たやつだ』ってちょっとドキドキもしたけど、うっかり外に漏れるとあたしの教師人生が終わりかねないから気を付けてね。マジで」
もそもそ咀嚼している俺の肩を真剣なトーンで掴みながらそう言った。
卵焼き美味しい。
「あら神海先生。生徒とご飯ですか……って高尾くんじゃない」
「あらホント、高尾くん学校ちゃんと来てる?」
「お、高尾か。ちゃんと飯は食べんといかんぞ」
「そうね。伸び盛りなんだから。わたしのお弁当分けてあげるわ」
いつの間にか数人の先生たちに囲まれて口々に話し出す。
そしてあっという間にとーかちゃんのお弁当の蓋が色とりどりに変貌する。
「あざーす」
箸と食べ物ととーかちゃんの机に一度置いて、去っていく先生たちに礼を言いながら手を振って見送る。
からあげとかスイートポテトとかがある。
わらしべ長者だ。
スタートで俺から何も渡してないけど。
後で何かあげたらいいか。後から交換に応じてもわらしべ長者なのかな。
まあ、いただいたものは美味しく食べましょう。
「高尾君はなんというか……ヒモの才能あるよね~」
「とーかちゃんも食べる?」
「いらね~」
そう言って楽しそうな笑顔を浮かべている。
よくわからないけど、楽しいことがあったなら俺も嬉しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます