6.退屈な人生
「…………」
生徒会長さんは一瞬息を飲んで、すぐに睨むような鋭さになる。
「どういうこと?」
「そのまんま」
「貴方はその……死にたいと思っているの?」
「死にたくはないかなあ。痛いのとか苦しいのは嫌だし」
ああ、でも。
「生きることがつまらなくて、暇で、退屈に感じているのを、死んでるっていうなら、俺は生きてはいないかもね」
人生は生きる楽しさのために使うべきであって、それも感じずに過ごすことを生きているとは言えないんじゃないか。
死んでいないことを、生きている言えるのか。
生き甲斐もなく生きていることは、死んでいるのと何が違うのか。
きっと、俺はずっと死んでいて、死んだまま生きながらえている。
その想いだけは、ずっと抱えている。
俺の言葉を聞いて何を思っているのかはわからないけど、少女は難しい顔をして、俺を見つめている。
「生きたくない、の?」
「どっちかというと生きていたいんだと思うけどねえ」
「とりあえず自殺志願ではないのであれば安心だけれど……だけれど尚更よくわからなくなった気もするわね」
「まあ俺にもよくわかんないしね」
自分の行動を自分でどこまで理解しているのかなんて自分ではわからない。
さっきの猫ちゃんのように狩りもせずにふらふらとしていることは確かだけど。
「……そう」
目の前の少女は数秒考え込む仕草をすると、大きく息を吐く。
「思っていたより……複雑なのね、貴方」
「そうでもないよ」
複雑かな。よくわかんないや。
生きるのがつまらないっていうのは、割とシンプルな話だと思うんだけど。
まあどっちにしろ俺はそんなに難しい問題をかかえられるような脳みそを持ち合わせていない。
いつだって一本道だ。
退屈なだけ。
「……まあいいわ。今日はこれくらいで」
「結局なんの用だったの」
「貴方と一度話しておきたかったのよ。ここで会えたのは偶然だけど」
「ふーん」
よくわからないけど、俺とお話したかったらしい。
モテ期到来、という雰囲気でないのだけはわかる。
彼女の簡潔な答えを聞いても何も理解できていないけど、これ以上初対面の子にズケズケ事情を聞き出すのも面倒……無神経だということでスルーしておく。
だから当たり障りのなさそうなことだけを言う。
「家、歩きなの?いいよね、近いと」
「…………? あぁ、通学の話ね。ずっと思っていたけれど、貴方もう少しくらい丁寧に喋りなさいよ」
「えー。でも、さっきも通じたじゃん。ツーカーだね」
「これがほぼ初対面よ……」
生徒会長さんは頭痛でもするように険しい顔をしている。
そういえばツーカーってなんだろ。阿吽の呼吸の阿吽くらい使いどころがない単語だ。
ふぅと一つ息を吐いて、一挙手一動が気品すら感じる所作で目の前の少女は歩き出す。
「それじゃあ」
「またねー」
その後ろ姿にひらひらと手を振る。
と、数歩進んだところでぴたりと足を止める。
「高尾君」
俺の名を呼び、ゆっくりと振り返る。
また強い風が吹き、桜の花びらが舞う。
この瞬間だけスローモーションのように、長い時間を感じた。
「貴方を、生き返らせてあげる」
距離はあるのに、はっきりとその声だけは聞こえてきた。
もう彼女の姿はない。
俺一人が、ここに残されたままだ。
世界はすっかり黒い世界が色濃く変わっている。
もう一度、星も見えない空を見る。
なんだったんだろうな。
ウチの高校は進学校だから、その生徒会長ともなると俺のような落ちこぼれにも目をかけなければいけないのだろうか。
そう思うと少しだけ申し訳ない気持ちにもなってくる。
綺麗な子ではあったけど、きっと普通な女の子なのに。
そういえば女の子を一人で帰しちゃったな。
もう暗いから送っていくよ、みたいなことをドラマとかでよく見るけど、現実でもやるんだろうか。
でもあれって合コン帰りかある程度親密になった間柄でやることな気がする。合コンでもないし、初対面ならいいか。
あ、ツーカーの仲なんだった。じゃー、次回があればってことで。
とりあえず俺もそろそろ帰ろうかとスマホの画面をつけると、妹から数件のLINEがきていた。
内容はご飯の時間だから早く帰ってこいとか、そんな感じ。
両親はまだこの時間じゃ帰ってきていないだろうし、妹を食卓で一人寂しいごはんにするわけにもいかない。
いやいいんだけど。お互いそこまで面倒見るほど幼くないし。
春の夜風を浴びながら、帰路についた。
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