3.隣の委員長

 自分の教室の前まで辿り着く。まだ二回目の訪問なので自分の教室というほど馴染んではいないけど。


 教室の扉を開くと、教室を間違えたのかと思うほど一瞬スッと静かになる。


 しかし、すぐに教室の喧騒を取り戻していく。


 さっきの遠巻きに見られる視線もだけど、突然冷凍されたような空気は微妙に居心地が悪い。


 だからと言ってあの輪に入りたいとも思っていないので、下手に気を遣って交流しようと思われるよりはよっぽどいい。


 席に座って、時計を見る。


 次の授業まで2.3分程で、スマホ弄るにも何をするにしても微妙な時間だ。2分じゃカップ麺も作れない。昔バリカタってことにして早めに箸を伸ばしてみたけど、食感の悪い何かだった。


 ごはんに思いを馳せていると、隣に人の気配がした。


「お、おはよう。高尾君」


「おー、おはよう。……うん、おはよう」


「な、なんで二回も言ったの」


「まー、いいじゃん? 挨拶は何回してもさ」


「いいとは思うけど……」


 隣の席のちっこめの女の子はいまいち納得いかない様子で首をひねっている。


 真っ黒な髪を二つ結びにしてスカート丈もきっちりしていかにも真面目ちゃんなスタイルだが、本人からは小動物的な雰囲気が放たれており、その印象が上手く中和されている。

 

 彼女の名前は……まあわかんないんだけど。


 さっきの不自然な挨拶は名前を呼ぼうとして名前が出てこなかったリカバリーだ。昨日名乗ってた気もするけど覚えていない。


 この子とは始業式の後の教室で担任の先生が来るまでの、ささやかなクラスメイトとの交流時間に少しだけ話した。


 一生懸命話そうとしている姿が前に動画サイトで見た子犬が飼い主に懐いている姿みたいでほっこりしたことは覚えている。


 でも名前は忘れちゃった。人の名前を一発で覚えるのは面倒くさい。

 

 こういうとき小学校のとき付けていた名札って便利だったなと思う。見てすぐわかるというのは間違える心配を減らせる画期的なものだ。


 だけど帰るときは防犯で名札外さなきゃいけなかったり、名札付けたまま洗濯しておかーさんに怒られたりしたし、結構面倒くさかったかもしれない。


 名札一つとっても良いところと悪いところの二面性があるもんだと一人で感心する。


 俺に名前を忘れられ、名札に思いを馳せているとは露知らず、小さなクラスメイトは心配するように話を続ける。


「今日も遅刻してたけど、授業ついていけなくなっちゃうよ。二年生からもっと授業の進め方早くなるって先生も言ってたし」


「だいじょーぶ。去年からよくわかってないし」


「全然大丈夫じゃないよ! 一時間目のノート見せてあげるからちゃんと勉強してね」


「おっけー。ノートありがと。今度お菓子あげるね」


「い、いいよ。委員長として授業休んだ子のフォローは当たり前だから!」


「おー、カッコイイじゃん。委員長」


「えへへ」


 委員長だったんだ。そういえば昨日決まってた気もする。


 と、チャイムが鳴る。


 それを聞いて周囲のざわめきも落ち着き始め、クラスのみんなも授業の用意を始める。


 隣の委員長はすでに教科書もノートもばっちりだ。


 とりあえず俺も真っ白なノートだけ机に乗せておく。


 すぐに先生がやってきた。


 初回の授業なので簡単な先生の自己紹介をすると早速黒板を白く染めていく。


 どうやら今から古文が始まるようだ。

 

 学校の授業は好きじゃないけど、先生の声とノートを取る音しか聞こえない世界は嫌いじゃない。


 BGM代わりに聞き流している分には心地よいのだ。いとをかし。


 教科書を開いたら少しだけ授業を受けてみようかという気持ちが湧いたが、新学年初回の授業の内容が冒頭から理解できずにすぐ興味をなくした。


 大きなあくびを一つして、ノートも取らず、窓の外をぼんやりと見る。

 

 春の青い空が、なんだかとても眩しかった。


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