第5話 トーニの昔話
本当はもう、お姉ちゃんもお兄ちゃんも近くにいないことをわかっていた。それでもトーニは先に進まなきゃいけなかったんだ。なんでだかはわからない。けど、誰かが進んでって言っているような気がしたの。
ぽて、ぽて、トーニの足音だけしか聞こえなかったはずなのに……ポツ、ポツって雨の音が聞こえ出した。最初はゆっくりしか聞こえてこなかったその音も、気がついたら足音が聞こえなくなるくらい大きくなっちゃった。
「……トーニ、ひとりぼっち。本当は一人じゃなかったはずなのになぁ」
今のトーニには、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいる。それでも、たまに寂しくなる時があったんだ。何か大切なことを忘れているような、思い出さなきゃいけないことがあるような気がしていた。
「あれって……なんだろう?」
遠くに、何かゆらゆらと揺れている何かを見つけた。本当はもうお店に戻ったほうがいいのかもしれないけれど、どうしても戻る気にはなれなかったから……トーニは、その何かにむかって走って行ったの。
「湖? ……そうだっ、お兄ちゃんがさっき言ってたやつだ‼︎」
雨があまりにも酷くなってきたから、湖が見える木の下で雨宿りすることにした。ゆらゆら、ゆらゆらと水が揺れている……こうやって座っていると、何かを思い出せそうな気がしてくる。
そうだ、トーニはこうやってずっと座っていた。なんで? そう、誰かを待っていた気がする。雨に振られてどんなに寒くても、ずーっとずーっと待っていた。じゃあ、一体誰を?
『トーニ、今日は何して遊ぶ〜?』
突然頭の中に響いた女の子の声。そうだ、この声は……昔、トーニをいっぱい可愛がってくれた女の子の声だ。
『トーニねぇっ、一緒にいられたらなんだって嬉しいよ‼︎』
トーニの声は、その女の子には聞こえていなかった。それでも、僕はずっとその女の子の声に返事をし続けたんだ。トーニ達はずっと一緒にいた。けど、離れ離れになっちゃった。それはなんで?
『トーニっ、トーニッ‼︎ どこ行っちゃったのっ⁉︎』
『おねーちゃんっ!! こっちこっち、僕はこっちだよぉ』
そうだ、その女の子が……おねーちゃんが、僕を公園に忘れて帰っちゃったんだ。必死に僕のことを探してくれたけれど、おねーちゃんは僕のことを見つけられなかった。どんなに叫んだって、僕の声はおねーちゃんには届かなかったから。
「ねぇトーニっ‼︎ トーニ、どこなのっ⁉︎ お願いだから返事をして……」
僕を呼ぶ声が聞こえる。幻覚? いや、違う……これはきっと、お姉ちゃんの声だ!!
「僕は……僕はここにいるよっ‼︎」
トーニはもう一度、叫んだ。おねーちゃんには届かなかった、けれど届けたかった声を。もう二度とトーニのことを置いてかないで、トーニのことを見つけてって……そんな願いを込めて。
「トーニっ‼︎ ようやく見つけた」
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